さあ、晩餐へ
「……これで行くの?」
「ええ、ここ最近じゃあ一番自信がありますよ。
アタシの腕のご披露ってことねぇ」
嫌な笑みを浮かべたジルットに、早々に湯船に連れて行かれ、侍女としての仕事までソツなくこなすらしいジルットに手早く、しかし散々弄ばれながら飾り立てられ、サイネリアの顔はまだ晩餐に参加してもいないと言うのに心なしか疲れている。
「髪、よーし。
顔、よーし。
服、よーし。
靴、よーし。
ほぉらやっぱり完璧でしょ」
鏡台の前にサイネリアを座らせて、背後から鏡越しに散々吟味した後、自分の仕事ぶりに満足したのかジルットは満面の笑みでうんうんと頷いている。
「ここまで変わるのね」
鏡の中に映る品の良い女性を見ては、信じられない心地で呟く。
白く柔らかく輝く白金の髪はカールを掛けて後ろに纏められ、露になった耳には金の細工にダイヤがふんだんに使われたイヤリング、細っそりした首には品の良い細いチェーンに小さなピンクサファイアが控えめに提がり、柔らかいクリーム色のシンプルなドレスに身を包み、足元には美しく履き慣れないヒールを履いて、サイネリアは無感動である。
「……何か、あんまし嬉しくないって?」
鋭くそう指摘してきたジルットに、サイネリアは少し慌てて弁明する。
「い、いや、嬉しくないわけじゃ……」
「自分に興味がないと見たっ」
ギクリと肩を竦ませる。
「そう言うんじゃ……」
「ふむ、じゃあ実感湧かないってぇな感じ?」
実感云々の前に、自分が飾り立てられてもあまり感動がないのだ。と、言うよりも、サイネリアは余り自分に対して執着がない。それは昔からで、なんとなくそのままズルズルとその性分が続いている。
「実感、持たせて進ぜよう。」
「え?」
「きゃあ!
サイネリア様素敵ですわ!!
何てエロティックな項っ殿方皆ノックアウトですわ!!皆鼻の下伸ばして待て、で待機の犬状態で舌なめずりものですわ!!そぉの後れ毛!!まあまあ何てミステイク!!」
「い、いや、ミステイクは違……」
「それにこの御髪の輝き!月の女神様に嫉妬してブチ殺されますわね!!
まぁまぁお肌も雪のようですわ!!これがほんのり赤付いた頃にゃあ涎どころか鼻血垂らしますよ!!」
褒められているのにこんなにげっそりとしたのは初めてである。
「……ジルット、お前には文才が皆無だ」
呆れたように疲れたように、部屋の入り口から声が聞こえた。
「ちょっとカーネル、淑女の部屋にノックもなしに無礼極まりないんじゃない?」
ドアに凭れ掛かるようにして腕を組んでいたカーネルは、その腕を解いてゆっくりと此方へ歩を進めた。
「お前の下劣な賛辞の所為で聞こえなかったんだろう」
呆れたように溜息を零すカーネルに、むっとしていたジルットは途端にあの例の嫌な笑みを浮かべた。
「とかなんとか言って、自分だって褒められなかったじゃない」
サイネリアの隣に立って呆れたようにジルットを見るカーネル。
「褒めるも何も、今から言うんだぞ」
「さっきから部屋の中に居たのに動かなかったってことは、このお嬢さんに見惚れて動けなかったってことでしょぉ?」
「っ!」
目を瞠って一瞬硬直するカーネルに、ジルットは追い討ちを掛ける。
「ほーら図星」
始まった言い争いを死んだ魚の様な目で生気無く見守っていると、カーネルが咳払いをする。
「ノース補佐官とゴッカル将軍がお待ちだ。それに皇后陛下もな」
その一言はカリスマ性に溢れていて、サイネリアもジルットも、気を引き締めて立ち上がった。
これがサイネリアの王宮での第一幕となる訳だが、本人はそんなことを知る由も無いわけだ。