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護衛と侍女

――うっ……うぅ……


――しくしくしく……


「な、何だ?」


 サイネリアの居る筈の部屋へと近付くにつれて聞こえてきだした啜り泣く声に、カーネルは思い切り焦ってドアを開け放った。


「うっうっうっ」


「しくしくしくくすん」


「……」


 何なんだ、一体……

 きっとその光景を目にすれば誰もが抱くであろう感想を心中で呆然と呟いて、カーネルは現実を逃避するようにふっと口元には笑みを浮かべて、ゆっくりと目を瞑った。


「どうしたんだ」


 異常な状況に頭を抱えそうになりながら、目を瞑ったままそう声を掛ける。


「うっう……

 どうして、こんな濃い経験をしなければ……」


「舌噛んだー……

 いひゃい――ってあ、カーネルあんたちょっとこの部屋に通すなんてどうゆーつもりィ?」


「……一体何なんだ」


 チンピラのように絡んで来る女は、言葉もそのまま、チンピラのようだ。

 疲れたようにそう零して、カーネルは壁にしな垂れかかるサイネリアに白い布の塊を差し出す。


「??

 何です?」


 演技だったのか、それともすぐに乾いたのかは分からないが、サイネリアの涙はすっかり引っ込んで、カーネルに渡された物を広げる。

 すぐに、先ほど湯浴みをすると告げた事に思い至り、手で広げたバスローブを再び簡単に畳みなおした。


「ちょっと無視ってそりゃないでしょ」


「あー、分かった分かった説明する」


 先程から執拗に説明を求めてくる侍女らしき女に、カーネルは面倒臭そうにそう返す。随分と砕けた口調だった。普段から言葉使いやマナーなどに気を使っていることは、この2日でよくわかる。洗練されているのは幼い頃から徹底的に仕込まれたという事もあるのだろうが、その他大勢が居る時でも、マーサのように母代りの身内のような人間が居る時でも、言葉遣いは違えど丁寧な所作やマナーにほとんど変化は見られない。

 それ程に己の振る舞いに気を付けるのは、やはり自分の置かれる地位とそれに伴う責任によるものなのだろう。そのカーネルの態度が今はどうだろう。所作の洗練された動きこそ変わらないものの、シッシと手を振ったり、詰め寄ってくる彼女の額を掴んで追い遣ったりもしている。

 余程親しいらしい。普段のカーネルなら有り得ない仕草だった。


「もうノースから説明は受けてるな?」


 女を面倒臭そうに追いやってから、眉間に皺など寄せて、おもむろに説明を始めた。女もそれに答える。


「あー、何だっけ??

 ……あッそうそう、どちらさんかの護衛云々かんぬん。」


 カーネルは呆れたように溜息を吐く。


「はぁ……また聞いてなかったな。

 いいか、よく聞けよ。

 ここに居る、サイネリア嬢の護衛をしてもらう」


「ふんふんおっけーおっけー」


「はぁい!?」


 女の安請け合いのような返事も殆ど言い終わらぬ内に、サイネリアは思い切り顔を顰めて動揺の声を上げた。


「私ですかッ?」


「彼女の正体はもう知ってるな、侍女としてサイネリアに付ける。」


「あー、んーっと??何だっけか……」


 頭を捻って考え始めて、思い出したのかすぐに顔を上げた。


「ああ!魔女ねッッ

 ……て、魔女??」


 ぽんっと掌を叩いてから、またすぐに首を捻る。

 どうやらこの国では、文献不足によって魔女の正体が殆ど謎のようだ。


「若くない??」


「歳は俺も知らないな」


「……18になりますけど

 そもそも、魔女の外見は死ぬ迄、人生で一番美しい姿です。」


 サイネリアの発言に、二人は驚いたように顔を見合わせた。


「魔女はどれくらい生きるんだ」


「それは魔女それぞれですが……

 そうですね、平均600年ぐらいかと」


「じゃあ、お嬢さんはまだヒヨッ子な訳か」


「……ええ、まあ」


 魔力の安定を図る「星の導き」。

 生命が芽吹く時、それぞれに生まれた時の星は決まっていると言う。人間で言うならば星占い、植物で言うならば月の周期。そして魔女は、十八の時がそうだと言われている。

 十八で、やっと生まれた時の星が一周目を迎える。その一周目の星から、魔力を引き出すのだ。体中に霧散し、纏まり無く荒れ狂っていた魔力を一点に集中し、心臓を押し出すかのように、左胸へと魔力の“核”を作るのだ。それと同時に、星から引き出せる膨大な魔力で心臓に半停止の魔法を掛ける。この魔法こそが、魔女の神の領域に踏み込みえたる長寿の理由である。

 だが、心臓があった場所に“核”を作っている為、自分では集中力を要する半停止の魔法は掛けられない。それ故に、立会いの魔女がいるのだ。

 この立会いの魔女の腕の良し悪しで、魔女の寿命は長くもなるし、短くもなる。


「で、話を戻す。

 サイネリア、これは」


「これとか言わないでよっ」


 が、カーネルは華麗に無視した。


「ジルットだ。女官長マーサの一人娘にあたる。」


「ジルット・レシュベルト

 よろしく、えーっと??」


「サイネリア・パルケット・ヴィヴィッドと申します」


 そう言って笑った侍女兼、護衛のジルットは、お辞儀ではなく、握手を求めてきた。

 女性の作法としては先ず有り得ないことで、だが、ジルットは妙に晴れやかに笑うので、サイネリアも釣られて漏れた笑いと共に、ジルットの手を握り返した。

 護衛を付けると言うカーネルの選択がいかに正しいか、これから暮らすこの王宮で、サイネリアは身をもって知ることとなる。



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