立ち話
今回も長くなってしまいました……
「マーサ、お客人は不自由ないと?」
女官に湯を持っていくよう指示していたマーサは、皇后への面会の為正装をしたカーネルに声を掛けられた。
「あら殿下
ええ、ただ今より湯浴みをなさると仰っておりましたので、湯をお持ちするところです」
後ろを振り返ったマーサの言葉に、カーネルは思案顔になる。
「……湯浴み」
「? ええ、どうかなさいましたか?」
「いや、彼女の入浴に付き人はいらないだろうから、侍女たちにそう伝えてくれ」
カーネルのその言葉を聞いて、マーサは感激の言葉を漏らす。
「ええ、ええ!そのように!!
全く殿下、あのような方がいらっしゃるのでしたら、このマーサにもっとお早く伝えてくださればよろしいですのに!!
ああ、あんなにお小さかった殿下が、こんなに大きくなられて……
浮名を流し、華のある生活をされていても、本当に愛する方が出来るのとは訳が違いますわぁッッ
ああ、私は感動でございます」
「い、いや、マーサ、彼女は」
「魔女だ」と言おうとして、辛うじて思いとどまる。
先々代(カーネルが王位に就けば三代前となる)の魔女追放の件もあり、貴族の中にはまだ魔女に対する嫌悪や悪意を持っているものが多く、下手なタイミングで暴露すれば危険と言うことも有り、カーネルは自分が王位に就き且つそれが認められるまでサイネリアのことは明かさないつもりでいる。
女官長まで務め上げるマーサもまた、貴族の出だ。王宮に勤める者の多くは、何らかの爵位や資産家であることが多く、その者達にその情報が漏れればサイネリアは悪意に晒されることになる。だが、身の回りの世話をする者に、一人でも事情を知るものが居ると居ないとでは大違いだ。マーサにぐらいは事情を知っておいてもらい、信頼の置ける人間にサイネリアの身の回りの世話をさせたかった。
「はい?何でしょう?」
熱くなり過ぎてカーネルの言葉が聞こえていなかったらしい。好都合だ。
「マーサ、少しいいか」
カーネルの真剣な様子に、ただならぬことだと、長年王宮で勤めてきた勘が囁いたようだ。周りの侍女や宮女は忙しく動き回っている。下手に部屋などに入っていかにも「秘密の話、大事な話をしてますよ」と言うよりも、様子に注意さえすればここの方が話しやすい。
声量を落として、周囲に聞き取りにくくする。だが、普通に話している、と錯覚させる程度の絶妙な加減だ。何か話していて、注意を向ければ聞き取れるかもしれないが、普通に話しているように見えるので注目されない、と言うのがポイントだ。
「彼女は貴族ではない。
ちなみに言えば、俺の寵愛も受けてはいないぞ」
「……そのような方でしたか。あのお美しさでしたから、てっきり坊ちゃまのお相手かと
私も王宮にお勤めしてもう長くなりますが、あれ程にお美しい方は、滅多にお目には掛かれません。女の身ではありますが、不躾にも見惚れてしまいましたわ。
それで、一体どのようなご身分の?」
サイネリアの美しさを褒めちぎって、やっと正体を問う。
褒められたのはサイネリアであるのに、カーネルは何故か誇らしくなって、俄かに気分が浮き立つ。
「ああ、国をも動かすご身分の方だ。
下手をすれば、国王よりも影響力のある」
ここまで言われれば、マーサにはピンときた。
「……まさか」
「そう、そのまさかだ。
兄上を探し出せたのも彼女の力が大きい。
それに、俺は一度彼女に命を救われている」
最後の一言に思いを馳せる。
一応確認しておくが、サイネリアとカーネルが知り合ったのは、つい昨日のことである。
一、カーネルを助ける。
二、ボルマットの話を聞く。
三、夜中にボルマットに襲われる。
四、翌日の早朝にカーネルに主従の誓いを立てる。
五、午前のうちに出発し、昼過ぎに王城へ帰還。
六、で現在にいたる。
というわけで、まだ出会ってから一日とは経っていないのが不思議である。
「先々代……百二十五代目のバライスク王の寵愛を拒んだ魔女とは既に代替わりしてる。
今は彼女が『善き魔女』だ。」
「まあ、そうでございましたか
あの様なお嬢様が……」
「ああ、もう百年以上も前のことになる上に、バライスク王が魔女の文献なんかは燃やしてしまったからな。何百年も生きると言われて、勝手に老婆を想像してた」
複雑そうな顔をするマーサに、カーネルは釘を刺す。
「くれぐれも、他言は無用だ
……もう既に一人には知らせてあるが
あとはノースとゴッカル将軍だけだ」
「承知いたしました。
このマーサ、ご命令とあらば秘密は墓まで持って参りますっ」
裾を持って優雅にお辞儀をしたかと思えば、次の瞬間にはガッツポーズを取るマーサを見て、カーネルは少し不安に思うのだった。
「にしても坊ちゃま」
「その坊ちゃまと言うのは止めてくれと何度も――
ああ!いや、もういいっだからそんな顔をしないでくれ!!」
幼い頃からカーネルの面倒を見てきてくれたマーサである。言わば二人目の母とも言える人間が薄っすらと涙を浮かべるのを見れば、カーネルとてもうそれ以上は何も言えない。
「お許しいただけてようございました。
私、魔女と言うのは、もっとこう……
黒いと言いますか、邪悪な印象を持っておりましたのですが、お嬢様はそれとは掛け離れておいでですね
とても優しい方かと存じます。あれ程の美貌ですのに、驕ったところも無ければ、その己の振る舞いに優越感を感じて居られる様子もございません
正体云々以前に、私はあの方にとても好感をいだいております」
マーサの言葉に、カーネルはふっと笑う。サイネリアが褒められるのは、気分がいい。
俗世間とは離れた生活をしていた所為か、はたまたサイネリアの言っていたように魔女故の欲の薄さからなのかは分からないが、サイネリアには驕りや、媚びと言ったカーネルの最も嫌う感情が窺えない。
だが、その割に何も考えていない訳でもなく、計算高い一面もある。ただ美しい感情だけの人形ではなく、今を生きる命の一つなのだと、カーネルに強く意識させたのは彼女が初めてだった。
「ああ、そうだな」
「よいお顔でございますよ坊ちゃま」
母の顔で笑うマーサに、よい顔と言われれば、自分にもこんな風な人間味が溢れているのかと思うと少し不思議だ。
「話は仕舞いにしよう、マーサの指示が欲しいようだ」
カーネルにそう言われてマーサが後ろを振り返ると、まだ王城に上がったばかりなのかおろおろとした若い娘が何やら白い布の塊を持ってしきりにこちらを見ていた。
新人らしいその宮女は、身分のある二人の会話に遠慮していたようだ。
「あら、それはバスローブね。持ってお行きなさい」
「あ、でも、私まだあのお部屋には入れないんです……
先輩方の忘れ物で……」
女中や宮女にも階級という物はある。数えだしたらきりがないが、大まかに下から、洗濯女、宮女、女中、女中頭、女官、女官長となっている。女性は細かく分けられているが、男性は使用人か、執事のふたつだけだ。
これは昔からのしきたりだが、階級分けをすることで劣等感や闘争心を刺激することになってしまっていることに、カーネルはふと気付いた。
賓客や王族の部屋に入れるようになるのは女中頭以上でないと入れないから、宮女は困っているらしい。
「(改正の余地有りだな)」
「困ったわね……私も手が空かないし、他の子たちは皆出払ってるのに」
その言葉を聞いて、カーネルはほぼ無意識の内に言葉を発してしまった。
「それなら俺……私が行こう」
「えッッ」
「まあ、ですがぼっちゃ――
殿下は皇后陛下へ帰還とボルマット殿下のご報告をされに行かれるのでは」
無意識に発してしまった言葉だったが、悪くないように思えて、カーネルは宮女からバスローブを口八丁で貰い受けた。
「どうかそれを私に渡してくれるか?」
「あ……はい」
少し顔を近づければ、宮女はぽーっとした顔になり、言われるがままにそれを渡してしまう。
「無理を言ってすまないな」
最後にふっと宮女に笑いかけて、マーサに「時間なら大丈夫だ」と言い残して去っていった。
その背中は心なしかうきうきとしているように見えたと、その時の宮女はぽーっとした頭で思ったらしい。
解説を少々……
使用人には色々と混ぜてみました。宮女と言うのは日本などで使われる女性の使用人のことです。別に階級的にメイドに劣っているということはありません。
皇后⇒国王、または皇帝の正妃(第一夫人)。作中ではボルマットとカーネルのお母さんです。
王太后⇒前国王、またはそれ以前の国王も含む、皇后のことです。
作中ではまだカーネルは王位に就いていないので、現国王は既亡くなってはいますがカーネルとボルマットのお父さんのことです。
ですので、その奥さんもまだ皇后ですね。
いつもカーネルとボルマットの名前を間違えます。
だって何だかボルマットの名前の方が主役級の気がするんです((じゃあ何でそっちにした
……なんとなくですね(´・ω・`)