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侍女

「この部屋でございますよ。

 後で湯をもってこさせますから、どうぞそれまでお寛ぎくださいな」


 そう言って、マーサは優雅に扉を閉めて出て行ってしまった。


「そう言われても……」


 部屋を見回す。


「このだだっ広い空間で?」


 落ち着いた柔らかい木の色が多目に使われている部屋は、流石王宮と言うだけあって広かった。そりゃもう、広かった。

 二つも三つもあるチェストには、それぞれ一流の職人が意を凝らして作ったのだろう細かい木彫りの細工だとか、飴色に輝く背の低い机、コーヒーテーブルは台にガラスが嵌められていて、その隣には座り心地の良さそうなベージュのソファが二つ置かれ、広い部屋の中心には大きなサロンテーブルに、やはり飴色の椅子が四脚。壁一面にガラス窓が嵌められ、日当たりもよく、そこからはベランダに繋がっているらしい。

 ガラス戸のカップボードや、美しく幻想的な風景を緻密に表現したタペストリーや、小さく飾られた花の絵画、落ち着いた色の上質な絨毯に、サイネリアは重い溜息を吐きそうになった。


「日当たり良好。リラックス効果のある植物もあるし、華美過ぎないいい部屋だけど……

 ちょっと贅沢すぎ……」


 お金が好きといっても、使うことが好きなのではなく、蓄えることが好きなサイネリアからすれば、何もかもが高級品で固められたこの部屋は贅沢に過ぎた。

 だが、落ち着いた色合いや、無駄に何かを飾り立てているでもないこの部屋に、確かにサイネリアの気持ちは和む。

 こんな部屋が王宮に他に存在しているとも思えず、また与えられた部屋に文句を言うつもりもないサイネリアは、ひとり納得して頷いた。

 ガタンッ


「なに?」


 小さく響いた物音は、部屋にあるドアの奥から聞こえてきたようだった。

 ベッドなんかが見当たらないところからして、隣は寝室か、浴室になっているはずだ。

 サイネリアと女官長よりも先に誰かが居る筈もなく、まさか客人を案内したにも拘らず、まだ掃除をしていると言うこともないだろう。


「もう、ふふふ……」


 媚びる様な女の声と、衣擦れの音に、サイネリアは状況を察して眉根を寄せる。


「(場所を選びなさいよ……)」


 呆れ気分で、わざと大きな音を立ててドアを開ける。


「……貴女、何してるの?」


「いえ、それは私の台詞ですが……」


 驚きに固まった衛士の制服を着た男と、侍女のお仕着せを身に付けた女は、お互いの服に手を掛けていて、今から何をしようとしているのかがありありと分かる状況だった。

 その女に、逆に聞かれてサイネリアは思わず呟きを零した。

 もう一言サイネリアが呟こうと口を開く頃には、衛士の男は顔面を蒼白にして、キョロキョロと辺りを窺っている。


「……え、もしかしてもしかしなくても、新しくご滞在するお客様?」


「さあ、それが私のことかどうかは定かじゃないけど、少なくとも私もそれと似たような状況にはいるわよ」


「……あちゃー」


 困ったなあとか言いつつ、特に困ったようにも見えない侍女(らしき女)は密着していた男の身体を叩いて解かせると、しっしと追い払う様な仕草をする。それを天の助けと言わんばかりの目で見て、物凄い速さでサイネリアの脇をすり抜けていった男を、残った女二人は呆れの眼差しで見送った。


「逃げたわよ」


「逃げたねー。

 全く、女一人残してこの場逃げ出すだなんて、とんでもない腰抜けだなこりゃ」


「……」


 全くその通りではあるのだが、普通当の本人がそれを言うか。しかも、もっと悪びれるだとか反省するだとか許しを請うだとか、他に一般的な反応があるだろう。


「と、言うか、今日着いたんでしょ?

 カーネルと…様と、おっさ……将軍と、ヘタレ……ノース補佐官と、ボルマット殿下と一緒に着いた噂の人物??」


 所々不自然な程に修正を入れて喋る侍女(らしき女)は、ただの侍女ではなさそうだ。

 なんせカーネルを呼び捨てで、ゴッカル将軍をおっさんと呼び、仮にも王子の補佐官をヘタレと最後まで言い切るのだから、なんとなく奴らの関係者の気がしてならない。


「部屋でも間違えたわけ?

 ここには人も来ない筈なんだけど……」


「女官長のマーサ殿に案内されたのが私の記憶違いなら、貴女の言う通りかもしれないわね」


「え、母さんに?

 こりゃあ間違いじゃなさそうだ。あちゃー、大目玉だわこりゃ」


「私の滞在期間中にこういった事を、この部屋でしないでいてもらえるなら、別に誰に言うつもりもないわよ?」


 首を傾げたサイネリアに、女は突然笑い出した。


「あはははははははッ

 ひーひー、あはははアフェ!!!」


 何故母音が「あ」の発音で舌を噛むのかは謎だが、この不審人物にはなるべく関わりあいになりたくないので、深く考えないことにする。

 「おおう!!」と言いながら口元を押さえて、おまけに笑いによじれた腹まで押さえている女に、サイネリアは帰りたくなった。


――ああ……何でこんな濃い人間に囲まれてこんな濃い目に会うの


 絶望にも似た気持ちで、サイネリアは目を覆った。

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