主従関係の謎
「ああ、棺は然るべき場所へ頼んだ。
ゴッカル将軍とノース補佐官を送り届けて差し上げてくれ。
こちらのご令嬢は私の客人だ、失礼の無いように」
「承知いたしました」
素早く命令を飛ばすカーネルに、ふくよかな女性は恭しく頭を下げる。女官長だと紹介された女性は、おっとりと優しい雰囲気を醸していて、母性というものを思い起こさせた。
女官長の後ろに控える女官たちもカーネルの帰還に喜びを伝え、与えられた仕事に不満どころか笑顔さえ見せて仕事を始めた。
「私、ですか……」
見下ろせば胡散臭そうな薄茶の瞳に出会って、カーネルは苦笑する。
「女官長には幼い頃から世話になっているからいいものの、他の女官の前ではそうもいかない」
「いつでも礼節を重んじなければいけませんものね。
王族も難儀なものです」
女官に呼ばれた衛士が黒い棺を運ぶ様子を眺めながらそう言えば、カーネルはまた違うことを口にした。
「ここに呼んであるのは、口の堅い者ばかりだ。
俺が病気でないことは、端から知ってる。女官長なんかは羽交い絞めにするほど止めてくれたな」
それはそうだ。大事な大事な跡取りが単身兄を捜しに行くなど、なんと危険なことか。
それに、心配でもあったことだろう。先程やっと帰城を果たした時など、息を切らして駆け寄ってきたかと思えば涙ぐんで「おかえりなさいませ」と言ったのだから。幼い頃より成長を見てきたと言うのだから、息子のようにも思っているのかもしれない。
「よい人たちに、恵まれましたね」
棺を見送っていた薄茶の瞳が優しい色を湛えて、カーネルを見上げる。
優しく琥珀に輝いて、カーネルの視線を逃がしてはくれない。
華の様に微笑む正体不明の美女と、それを見つめる美しい王子。周囲が不思議に盗み見をするのに、カーネルはサイネリアを見つめすぎて気付かず、羨望の類の視線にはその美貌ゆえに慣れてしまっているサイネリアも気付かないので、周囲は「二人の世界を作るほどに仲睦まじい」と更に思い込みを深めることになった。
「カーネル様
お客人のお部屋の準備、整いましてございます」
その一言でやっとこちらの世界に戻ってきたカーネルが、ニヤリと笑った。
「ああ、全て不自由のない様に取り計らってくれ。
随分とお疲れのようだからな」
ニヤニヤとしながら呟かれた一言は、サイネリアにとっては爆弾である。
「王子、間も無く帰城いたしますぞ」
「……」
「王子?」
「……ああ、すまない。
眠っていた。ゴッカル将軍、今は休憩中か?」
「そうです。
そろそろ骸骨君とやらに頼らねばなりませんので、魔女殿のご指示をいただこうかと」
「そうか。
可哀想だが、起こすしかなさそうだな……」
「ん……」
「魔女殿、そんなに俺は寝心地がいいか?」
「……んー」
「ふむ、どうしたものかな」
「王子、どうかなさいましたか」
「いや、なんでもない。
すぐ行くから、棺の傍で待っていてくれ」
「承知」
「ん……?」
「ああ、惜しいな。目が覚めてしまったか
いや、その瞳を見られるなら構わない」
「……殿下」
「何だ?」
「……ん?
…………殿下っ」
「ああ、そうだが」
「申し訳ありませんッッ」
「顔が赤いぞ」
「ええ、ええそうですかっ
そんなこともないかと存じ上げますが!!」
「(かなり動揺しているようだな)
ゴッカル将軍が呼んでいたぞ」
「しょ、承知いたします!!」
「………。
そんなに慌てて出て行かずとも」
その時の自分の挙動不審ぶりと、ただ単に羞恥とが入り交ざって、もう忘れたい記憶である。お陰でそっぽを向いてしまったサイネリアの額に、不意打ちでキスを落として、益々動揺させる。
「顔色が妙だな
女官長、良きに計らってくれ」
「承知いたしました」
ニヤニヤと笑うカーネルに、頬を僅かに赤く染めて眉根を寄せるサイネリアを見て何か察したのか、女官長は気の毒そうにサイネリアを助け出してくれる。
「カーネル様、あまりお戯れなさいますな。
お嬢様、どうぞこちらへ」
お嬢様、には擽ったい心地がしたが、願ってもない助け舟に、サイネリアは即座に飛び乗った。
背を向けて去っていくサイネリアに向かって、ぽつりと一言呟かれた。
「……ちょっと遊びすぎたか」
遣り残したことも山積みで、いつまでもそこににはたっていられない。踵を返したその背中は、主人に無碍にされた犬のようだったと、衛士は語った。