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朝のティータイム

「(あー、今何時かしら?

 身体だるー。起きたくなーい。めんどくさー)」


 再び目を閉じて、ゴロリと寝転がる。が、何やらスムーズにいかない。


「あッ」


 唐突に昨日の記憶が甦ってきて、サイネリアは思い切り上体を起こす。


「いっつ」


 疲労からくる頭痛と、昨日ボルマットに捻り上げられた腕が痛んだ。

 痛みの酷くない方の左腕で右腕を擦る。

 恐る恐る隣を見下ろせば、サイネリアの腹に手を回して安らかに寝息を立てる姿があった。


「(あー、最悪……。

 いや、あらぬ誤解を招かない内に、とっとと這い出そう)」


 起こさないようにそっと腕を除けて、シーツの上に下ろす。が、抱くものを探しているのか、動く腕を見て素早く枕を潜り込ませると、一瞬寄っていた眉間の皺も晴れてまた安らかな寝息を発てる。

 隣の部屋からは、相変わらず唸り声かと思うゴッカル将軍の(いびき)と、ギリギリと耳障りなひ弱の歯軋りが聞こえてくる。まだ外は薄ぼんやりと紫がかった空が広がり始めた時間帯で、昨日色々あった皆は疲れているだろう。まだ一、二時間は起き出して来ないはずだ。

 そっとベッドを軋ませて降りると、思っていたより疲労が残っていたのだろう。ふらついてしまった。なんとか踏み止まると、サイネリアは階下を目指して階段へのドアを開ける。音が鳴らないようにそっと開け、そっと閉めて階段を下りていく。


「(あー、厄介ごとに首突っ込んだなぁ……。

 めんどくさっ)」


 内心で吐き捨てて、サイネリアは机の前で止まる。

 二階の内装とは打って変わって、ゴチャゴチャと意味不明なものが散乱している。ホルマリン漬けの異常にでかい目玉だとか、何かの生き物の頭蓋骨だとか、不自然な色をした液体だとか、とにかく所狭しと散乱しているのだ。


「うーん、汚い」


 小さくそう呟くも、片そうという気配は微塵も無い。

 おもむろに目盛の書かれたガラス瓶を手に取ると、素早くその中に色々なものを混入していく。


「(シルフの涙、カラスの歌声、唐辛子のヘタ、澄んだ水、蝙蝠の耳の欠片)」


 完全に口には入れられないようなものを次々と混入していく様は、人々に伝えられる、魔女そのものだろう。背中まで伸びるプラチナブロンドと、澄んだ瞳、通った鼻に、綺麗な形の瓜実顔(うりざねがお)、唇には紅などひいていないのに不思議と赤いと言う、魔女らしからぬ外見を除けば、だが。

 その美貌は、最早神の創造物と見紛う程で、サイネリアを畏怖と尊敬の対象に仕立て上げた要因の一つでもある。


「よし、これでいいか」


 最後に薫り高い紅茶の茶葉を入れて、ポットに移す。それを火に掛けて温めると、とても美味なる紅茶が出来上がるのは、魔女の知恵と言ったところだ。作る工程を見ている人間が口にできるとは思えないようなグロテスクなものが数多く入っていようと、とても美味なのだ。そして疲労回復作用に、強壮作用もあり、疲れたときにはこれを飲むのが一番である。

 空腹感も感じなくなるので、料理が面倒なときにはうってつけ。


「(四人分の朝食作るなんて面倒だしねー)」


 この紅茶もどきは、魔女の作るレシピが秘密の薬、つまり魔女の秘薬な訳である。魔女の秘薬とは、魔女にしか作り方の分からない薬の総称で、多くの薬がある。その一つ一つに一応の名前があるが、魔女以外の人間の前では「魔女の秘薬」としか言わない。それ故に、人間たちは魔女の秘薬とは、魔女の作る万能薬で何にでも効くと思っているはずだ。そんな奇跡の薬となれば、人間達は手出しをしようとしない。だが、一つ一つにレシピがあればどうだろう。欲深な人間達は、必死になってレシピを集めるだろう。それは要らぬ争いを招く。それ故に、魔女の作る薬は全て「魔女の秘薬」とされ、神秘性を増しているのだ。


「いい香りだ」


 背後に聞こえた声に、驚いて振り返る。


「おはよう」


 カーネルが柱に寄りかかって声を掛けてきた。

 シルフの恵み、と呼ばれるこの薬を作り始めてから、まだ三十分も経っていない。

 少し動揺したが、なんとかそれを押し隠して素っ気無く頭を下げる。


「おはようございます、殿下」


 そして向きをまたポットに戻して、火を止める。蓋を開けて中を見れば、有り得ない色をしていた紅茶もどきはとても綺麗な琥珀色へと変わっている。顔を近づけて香りを嗅ぐと、上手くできているようだ。


「それは、紅茶か?」


「ええ、そのようなものです」


 背後から顔のすぐ隣ににゅっと伸びてきたカーネルの顔は見ないようにして、冷静になろうと自分に言い聞かせる。


「違うのか?」


 背中にはカーネルの身体が当たっている。己の顔のすぐ横にはカーネルの整った顔が見える。


「(綺麗な顔)」


 特に人の顔の良し悪しになど興味のないサイネリアだが、カーネルの顔が非常に整っていることは分かる。

 これが世に言う見惚れる、と言うことなのだろうと察したが、どうにかそれを押さえ込み、カーネルを避けて踵を返す。ポットも忘れずに持つと、不自然なほどの足の速さで歩いて二階への階段を上り始める。

 後ろから響く足音に意識が向くのを悔しく思いながら、私室へのドアを開ける。


「それは、魔女の秘薬か?」


 好奇心に輝く目で以ってそう聞かれても、はいとは答え辛い。


「ただの疲労回復に効く紅茶ですよ」


 ポットをテーブルに置いて、腰掛けようとするが、カーネルの隣は是非とも遠慮したいので、カーネルが座ってから腰掛けようと思い、口実にティーカップとソーサーを棚から出しに行く。

 相変わらずの酷い(いびき)と歯軋りに、まだ寝ている人間二人は無視して、自分とカーネルの分だけ棚から取り出す。そしてテーブルの方を向けば、カーネルは此方を見たまま立っている。居心地の悪さを感じながらも、


「どうぞ、お掛けください」


 とソファーを勧める。そもそも、王族よりも先に座ろうとするなど無礼にあたるというのもあってそう声を掛けたのだが、返って来た返事はありがたくないものだった。


「紅茶は俺が淹れよう。

 座ってるといい」


 好意を無碍に断ることも出来ずに、渋々サイネリアは腰を下ろした。ティーカップに紅茶を注いで渡してくれたのは有難いが、当然の様に隣に腰を降ろされて、サイネリアは溜息を飲み込んだ。

 その後一時間、ゴッカル将軍たちが起き出すまで、サイネリアは心臓に悪いカーネルとの会話を続ける羽目になったのだった。

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