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眠りへの誘い

「では魔女殿、我々はこれで失礼するがくれぐれも殿下を……」


「重々承知いたしました」





 ドサッと音を発ててソファーに沈み込む。捻り上げられた腕はまともに機能しない。力の使いすぎで頭もズキズキと痛んだ。全身の倦怠感はどうしようもない程で、一度弛緩して柔らかい布地に沈んだ体は、最早言うことを利かなかった。

 ゴッカル将軍たちが客室へ消えてから一時間、ようやく寝息らしきものが聞こえてきた。

 ……いや、あれは凄いいびきだ。寝息と言うには、あまりにも凶悪な音がしている。


「スー……」


 それに比べて、カーネルのなんと静かなことか。その寝息は静か過ぎて、ゴッカル将軍のいびきに掻き消えている。時々聞こえてくる歯軋りは、ゴッカルのいびきと重なっている。ひ弱のものかと思うと、あの男も実は図太い神経をしているのだなとなんとなく思った。

 階段を上がってきてすぐに広がる部屋、階段を上がって正面の部屋の奥に客室への扉がある。右手の壁には浴室とトイレ、そのドアに並んで食器や茶葉を仕舞っている棚。左手の壁の隅にはベッドが置かれ、足が向く方には大きな窓がある。あとは所々にタンスや小物、それと部屋の中央にテーブルに一人掛けのソファーが四つ。これがサイネリアの私室の大まかな間取りだ。


「ふぅ……」


 今寝てしまっては、カーネルに何かあった時起きられる自信が無い。整理しなければならない事柄も数多く、今日一日で起こった出来事は、今後のサイネリアの身の振り方にも関わってくるようなことだ。


「うっ」


 小さく上がった呻き声にハッとして、言うことを聞かない身体に鞭打って、ソファーの背に預け切っていた頭を持ち上げる。

 眉根を寄せてシーツを強く握り締めるカーネルの姿が見えて、どうかしたのかとソファーから様子を見る。ベッドまでは到底届くような長い腕も伸びる体も持ち合わせてはいないので、よろよろとソファーから立ち上がる。

 サイネリアがこんなにも疲れているのは、治癒の術でカーネルの身体を治したからだ。ただ治癒の術を行うだけではこんなに疲弊しないのだが、相手が王族であったことが災いした。神の末裔であるノルン国の王家の血は、魔女の力を捩じ伏せようとする。どんな影響も与えまいと、拒否するのだ。だが、それを上回る力で以って影響を与えれば、なんとか効く。思った以上にカーネルの血は濃く、王家の人間に初めて術を施したサイネリアは、どっと疲れてしまったのだ。


「殿下?」


 なんとかベッドの側に立って、そっとカーネルに呼びかける。

 思った以上に疲れているらしい。声を絞り出すのにも気力が要る。しかも、そうやって苦労して出した声も、掠れていて居た堪れないほどだ。


「……っ」


 なおも眉根を寄せて苦しそうな表情をしているカーネルに、サイネリアは溜息を吐きながら、リラックスさせる魔法を掛けようと手を翳した。


「きゃっ」


 突然体重が傾ぎ、ベッドの上に転がってしまう。上がった悲鳴はか細く、疲れ果てている身体では、ベッドに寝ているカーネルを下敷きにしないよう、倒れる身体を捩ることで精一杯だ。

 ベッドの上とは言えど、今のサイネリアにその衝撃は温くなく、頭が鈍痛で支配される。


「っっ」


 ぎゅっと目を瞑って、その痛みの一瞬が過ぎるのをじっと待った。


「はぁー……」


 細く長い溜息を漏らして薄っすらと目を開けると、不思議に煌めく黒い瞳に出会う。


「あっ

 殿下、これは!」


 今の状況をいきなり認識して焦るサイネリアだが、「ん?」と声を上げる。

 先程いきなりサイネリアがベッドに倒れたのは、何かに引っ張られたからだ。そして、ベッドの上に居る人物は一人。


「殿下、悪ふざけは……「寝てしまえ。疲れてるんだろ?」


 サイネリアの言葉を遮って静かに呟かれた言葉は、サイネリアにとても優しい言葉だった。

 暗い所為で黒く輝くカーネルの瞳は、本来は深いバイオレットだ。その瞳が細く、柔らかに薄められる。


「寝てしまえ。このまま」


 横向きになってお互いの顔も至近距離で、サイネリアはどうすればいいのか分からない。正直なところ、研究に浸りきりの魔女に言い寄ってくる物好きなど碌に居らず、畏怖と尊敬に値するサイネリアを口説こうとする男など、本当に皆無だったので、サイネリアには男に対する免疫がゼロだ。


「俺も、この方が安心する」


 ふっと笑って、いつの間にか脇腹に乗せられていた腕に、あやす様に優しく叩かれてしまっては、疲れも極限に達していたサイネリアには、どうすることも出来なかった。


「おやすみ、美しい魔女殿」


 そう言って優しく額にキスを落とされても、サイネリアは意識を手放す寸前で、おぼろげな意識の中ただその温かい感触にふっと微笑んだ。

 カーネルもそれを見て甘く微笑んで、腕の中にある暖かな感触に、もう冷たい暗闇の夢に追われることも無いだろうと、その身体をぐっと抱き締めて眠りに落ちた。

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