兄弟の再会
スローモーションの様に迫る刃の煌めきは、突然、何故かいきなり横にずれた。
「あん?」
「チンピラの様な声を出すな」
ぼうっとしていたサイネリアは後方の、明かりに佇む人物に声を掛けられて、ハッと正気に戻る。
「バレン!!」
先ほどまで死の影を背負ってこちらに向いていたナイフは、横に吹っ飛ばされたバレン、基ボルマット王子と共に、横に吹っ飛んでいた。
「……あら?」
吹っ飛んでいるボルマット王子は、潰れたカエルのような不恰好さで床に転がり、ピクリとも動かない。
「大事はないか?」
バルコニーに向かって立ち、横に吹っ飛んでいるボルマット王子を見下ろしていたサイネリアは、誰かに肩を掴まれて、反射的に振り払い、それが誰か分かると肩の力を抜いた。
「……カーネル殿下…。
あ、大変、失礼いたしました」
サイネリアの見た先には、向こう側の部屋の明かりを背景に、佇むカーネルがいた。逆行で顔もよく分からないが、声とシルエットでそうだと判断すると、手を振り払った非礼を詫びる。
「どうやら、大事はなさそうだ」
片手をそっとサイネリアの肩に置いたカーネルのもう片方の手は、関節が白くなるほどに、ドアノブを握り締めていた。
……そう言えば、思い切りドアを開けた、凄まじい音がしたような気がする。
冷静に思い返してみると、しかも壁とドアが接触する前、つまりドアが開ききる前に、ゴツッと言う鈍い音がしたのを思い出す。
思い切り開けたドアに、ボルマットは頭を強打して気絶したらしい。……死んだ人間に気絶があるのかどうかは知らないが。
暴れた拍子に、正面にあった私室へのドアは背後に、背後にあったバルコニーは正面になり、サイネリアとボルマットの位置も逆転した。そのお陰で、具合良くボルマットへとドアが激突した訳だが、もし体勢がそのままだったなら、間違いなく潰れたカエルとなっていたのはサイネリアの方である。
「……どうも、お助けいただいて、ありがとうございました」
些か腑に落ちないところはあるが、サイネリアは再び頭を下げた。
「いや、例には及ばない。
だが、出来ればその女神の如く美しいから「魔女殿っ大事ないか!!」
部屋の奥から顔を出したゴッカル将軍に遮られたカーネルの台詞の先は考えないことにして、
「大丈夫です。
素早い判断、お礼申し上げます」
「いや、魔女殿のタイミングの良さに助けられた。
殿下も飛び出す寸前だったからな」
そう言われたカーネルに反応は無く、サイネリアが訝しく思ってその視線を追えば、潰れたカエル……いや、ボルマット殿下、つまり、彼らの捜し人にだけ強く注がれるカーネルの視線。
「ああ、忘れて……
いえ、私が言っておりましたのは、この男です」
「……あのー、亡くなったと仰って…」
ゴッカル将軍の後ろから聞こえる声に、声の主は確認できなかった。おそらくひ弱の声だろうが、何せ小さい。ゴッカル将軍の影になって、全く見えない。
「ええ、先ほどまで、確かに死んでいましたよ。
今も死んでいます。
動いていると言う意味では、確かに活動していましたが、心臓の鼓動はありませんでした」
そう淡々と説明するサイネリアの横で、呆然として、痛々しい響きを持った一言が呟かれた。
「……兄上」
確かに、死に損ないに良く似た顔の美貌の王子の口からは、そう呟きが漏れた。