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私が見たもの  作者: 人鳥
私が見たもの
7/13

感激の日『映画は好きですか?』

 翌日、弟の作った料理という名の兵器の影響を大きく受けた私の元に、細身の誰かがやってきた。

「収穫するぞ」

 昨日からため口に変わっているが、私は気にしない。一つ、私が推測するにこれが細身の誰かの素の口調だということだ。口調はどうあれ、外での活動の必要性を考えていた矢先、都合のいい来訪だった。

「分かりました。少し待っていてください」

 私は部屋に戻って、汚れてもいいような適当な服を選んで着替えた。前回でよく分かったのだが、かなり汚れる。汗もかく。あの時はたまたま家にそのまま帰ってこられたけれど、今回もそうとは限らない。お金もきちんと持っていく。

 準備を整えて、細身の誰かの待つ玄関へ向かう。

「前回よりはマシな格好だな」

 前回はアンタが勝手に私を連れ出したのだろう、とは勿論言わない。私は平和主義者なのだ。無駄な波風を立てないようにするのが主義だ。

「それはどうも」

 我ながら、どうしてこんなに素気ないのか分からないほどに、素気なく返事をした。しかし、細身の誰かは気分を害した様子も無く、そのまま続けた。

「行くぞ」

 私は、細身の誰かの後をついていった。

 今回もバスに乗って行くようだ。バス停までの道のりを、会話を交えて歩く。

「昨日の洋画見たか?」

 私の家にテレビは一応あるのだが、チャンネルが一つしか映らない。しかもニュース中心のチャンネルなのだ。

「いや、見てませんね」

 より正確を期すなら、「見えていない」「見えない」なのだけれども、どちらでも同じことだろう。が、今回に限っていうなら、きちんと区別するべきだった。

「洋画を……見ていない? 冗談は休み休みにしてくれ」

 どうして、こんなに不機嫌になるのだろう? あと、口調が男っぽいのが少し気になるのだが、触れないほうがいいだろう。

「いや、洋画を放送するチャンネルが映らないのです」

 正直に話すことにした。さっきまで不機嫌な顔をしていた細身の誰かは、どんどん哀れみを含んだ表情になっていく。

「洋画が見えないのは哀れだ。人生の幸福の四分の一を失っているぞ」

 どうしてそこまで言われるのか不明だが、細身の誰かは本気のようだ。……この人の人生の幸福の四分の一は、洋画鑑賞なのだろうか。……きっとそうなのだろう。

「いや、私は別にそこまで見たいとは思ってないので……」

 ……彼女の表情がみるみる強張っていく。

「見たいと思わない? 洋画を侮辱するのか? そんなことだから…………いや、いい。熱くなりすぎた。洋画のことになると直ぐこれだ。治さないといかんな」

 どうやら、今の言葉は細身の誰かの地雷らしい。今後は気をつける必要がありそうだ。私は話題を転換する、逃避策を講じてみた。

「ところで、一昨日収穫したばかりなのに、もう思い出が飽和状態なのですか?」

「あぁ。最近、量が多くてな。そろそろ草の量を増やさないといけないかもしれん」

「今まではこんなことは無かったのですか?」

 よし、いい感じに話題が転換できた。しかし、なにやら苦労話が出てきそうな感じである。

「あぁ。今までは一ヶ月に一度の収穫で大丈夫だったのだが、最近では一週間に数回収穫をしなければならなくなってしまった」

 私が何を言うべきか考えていると、細身の誰かは軽く息をついて言った。

「まぁ、貴方が気に病むことじゃない。気にせずに収穫だけを手伝ってくれ」

「えぇ、勿論ですよ」

 勢いで了解してしまったが、どうだろう。この状況が続けば、週に最低二回は収穫に参加しなければならない。更に、草を増やすとなれば、より抜くのが大変になる。前回は初めてで、夢中になって抜いていたが、回数を重ねればそうもいかないだろう。

「気にするな。草を増やして、私も抜く」

 私はほっと息をついた。

 そこでやっとバス停について、それと同時にバスがやってきた。

 バスに乗り込むと、今度は真っ赤でウサギの形。しかし、やはり男か女かは判然としなかった。

 私たちはバスの一番後ろに腰掛けた。他に乗客は居なかった。



 四つ目の太陽が頭を出して、黄色い光を放ち始めたとき、私たちは例の場所についた。

 何の変哲も無い畑。その奥に見える山道。なんとなく後ろを振り返ると、道の向かい側は完全に張りぼての町だった。住居は大きな板の裏に、小さな家。人間すらも、紙のように薄い。というより、その町に存在する全てのものが薄い。

初めて見る町だった。見栄っ張りが集まった町なのだろうか。

 私が正面に向き直ると、細身の誰かは既に山道に突入していた。私は慌てて、彼女を追いかけた。

 今回は二回目だからだろうか、前回よりは楽に登ることが出来た。一回目に感じることの出来なかった神々しさを、私は感じることが出来た。ここの光景を見ている間は、全てのものが小さく見える。不安も悩みも自分自身でさえ、矮小な存在に感じてくる。

 細身の誰かは、私の顔を覗きこんで微笑んだ。それは、私が知る中で二番目に、綺麗な微笑だった。一番は誰かなど、そんなこと言うまでもないことだ。

「貴方にも感じてもらえて嬉しいよ」

 心からね、と細身の誰かは続けた。

「まさか、ここまでとは思いもしませんでしたよ」

 私は暫くそのまま立っていた。細身の誰かも、何も言わずに立っていた。やがて十分が経とうとしたとき、私はやっと行動に移した。

「では、収穫します」

 私はゆっくりと草に近づいて、その内の一本をゆっくり抜いた。

 抜いた草には根は無く、茎の部分から光のようなものが流れ落ちていく。葉はゆっくりと変色している。光が消えると、茎の部分から一つ黒い玉が落ちて、地面と同化していく。

 二度目の収穫となるのに、私の感動は全く色あせることなく、否々、むしろ鮮やかさを増しているようにも感じる。回数を重ねて感動が無くなっていくことはなさそうだ。

 しかし、残念なことにあまり丁寧にやりすぎると、時間が掛かってしまう。私は惜しく思いながらも、仕事のスピードを上げた。

 結構な広さの畑の草を、一人で抜くのは普通なら嫌で嫌で仕方がないだろう。しかし、今の私は抜く度に感動していた。つまり、全く苦にならなかったのだ。

「貴方は本当に楽しそうに草を抜くのだな」

 細身の誰かは、感心したように言った。

「ええ。抜くたびに感動できますから」

 私は本心からそう言った。

「ならば、これを全て抜き終わったら、『とっておき』をみせてやる」

「『とっておき』?」

「見ての楽しみだ」

 ものに釣られたわけでは勿論ないが、私は一層抜くことに力を入れた。恐らく『とっておき』とは、それは素晴らしいものなのだろう。細身の誰かが言った表情も、口調も、それを裏付けている。

 一つ目の月が顔を出しかけた頃、私は全ての草を抜き終えた。

「よし、終わったな。ついて来い。約束のものをみせてやる」

 私は黙って彼女についていった。

到着するまでの間、彼女は全く口を開かなかった。



 木々の間を抜け、坂道を登り、木々を抜け、坂道を登ったそのまた少し前方。私の目の前にあるのは、想像を絶するものだった。樹である。

 草に対して樹というのは、連想することは簡単だろう。しかし、この場合私が驚いたのは別のことである。

 その樹は、先ほど私が抜いた草のように、葉が変色している。しかし、速度はこちらの方が速い。誰が見ても直ぐに分かるだろう。幹は太く、枝は噴水から溢れ出す水のように広がっている。そしてなにより、その葉から雫のように光が流れているのだ。葉の先から流れる光の雫は、地面に落ちるまで、その光を失わない。さらに、植物の生態活動である蒸散によって、葉から出された水蒸気も、やはり光っていた。これは、ダイアモンドダストという、空気中の水蒸気が凍り光って見えるという、自然現象を想像してもらうと分かるだろう。樹は光のローブを纏っているかのように、輝いている。

「これは……」

 私は続きの言葉を、紡ぐことが出来なかった。

 饒舌な友達なら、この樹をどのように評するだろう。

 もしかしたら、私のように言葉を失うかもしれないし、もしかしたら、あの独特の言い回しでこの樹を評価し、私たちを頷かせるのかもしれない。

「美しいだろう。この樹はな、思い出を集めるのだ。集められた思い出はやがて樹から溢れ出す。溢れた思い出は、先ほどの草に吸収される。勿論草も思い出を集めるのだが、それは微々たるものだ。九割近くをこの樹の思い出に頼っている」

 細身の誰かは、とても優しい静かな声でそう言った。その声は、愛する我が子を見守る母親のような慈愛に満ちた声音だった。

 私はその声に心が洗われた気がした。

 恐らく細身の誰かは、ずっと前からこの樹の様子を見ていたのだろう。私が無為に人生を過ごしているとき、この人は私などおよびもしないほど有意義な人生を過ごしていたのだろう。

 私は悟った。

 この人は私の――――。



 あの後、暫く樹を眺めながら話をし、それから別れた。

 家の外にまで聞こえる妹と弟の声。

 不審に思いながら玄関の戸を開け、中の様子を伺う。開けた瞬間に、外とは比べ物にならないほどの大音量が私を襲い、その音が戸の形を少しばかり変形させた。聞えてくるのは、弟の笑い声と妹の悲鳴のような声。空気が激しく振動する。

 しばらくそのまま固まっていると、声が止んだ。これ幸いと二人がいるのであろうリビングへ向かう。

「おかえり!」

「……おかえりなさい」

 弟は会心の出来だ!と言わんばかりに異臭を漂わせている鍋を持ち、妹は絶望の表情を浮かべて床に伏し、負のオーラを放っていた。

 ああ、憂鬱な夕食になりそうだ。


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