再会の日『壊滅的な弟の料理と私と妹』
私は驚きを隠せなかった。予想していなかったわけではない。むしろ、来ることは確信していた。だから、来たことに驚いたわけではなくて、一緒に居る人物が予想外で驚いたのだ。……否、もしかしたら私が鈍感だっただけかもしれない。今までの話の流れから、可能性が全くないわけではないのだ。しかし、それでも私は予想外だった。
客が着ていると妹から聞いて、誰かと思ってドアを開けると、立っていたのは内気な友達と、細身の誰かだった。
「お……お邪魔、します」
「お邪魔しますよ」
二人はそう言って家に上がってきた。
座布団を敷いて、座る。三人分のお茶を出して、私は少し身構えた。
「あ……あの、心配、かけちゃった……よね?」
内気な友達は、本当に申し訳なさそうに言った。
「いや、人が減るのも当然の事だから、別に心配などしてなかったさ」
なんていうわけもなく、
「気にしなくてもいい」
とだけ言った。
「しかし、私から会いに行こうと思っていただけに少し残念だがね」
私がそういうと、内気な友達は少し笑った。
「ところで、気になっていたんだが、何故貴女が居るのかな?」
私が聞くと、細身の誰かはなんともなさそうに、言った。
「ん? あぁ、気にしなくても結構ですよ。この子とは古い友人です。そして、貴方の友人でもあるのですよ」
私の友人というものの、友達の定義は曖昧だが、この人にとって私は既に友人らしい。私は、それについて一切、言葉を返さなかった。私は細身の誰かを、友達として認識していなかった。
「キミ……ぜんぜん変わって、ない、ね。……安心、したよ」
内気な友達は、内気なだけでなく、マイペースだ。話の腰を折ることも、話の流れを変えることも、普通にやってのける。
「はは、そんな数週間で人はそんなに変わらないさ」
内気な友達の意図が読めず、茶化すような言い方になってしまった。
「でもね、饒舌な彼は……少し変わってたよ。……だって、野鳥を焼いてから食べてたもの」
……確かに、それは常人では普通だが、彼に関していえばそれは異常だった。内気な友達は野鳥を生で食べる。
内気な友達は、今にも泣き出しそうな顔で私を見た。
「そうか。まぁ、一時の気の迷いだろうさ。きっと」
どう言ったら良いのか分からず、あまり慰めには向いていない言葉を言ってしまった。私はこういう時、どのような対応をしたら良いのか分からないのだ。弟も、妹も、全く私に心配されることを善しとせず、自分で解決してしまうから。そしてなにより、私も内心少し動揺していた。だが、内気な友達には悟られてはいけなかった。内気な友達はとても、心配性なのだ。内気な友達は「そう、だね」と言って、微かに笑った。細身の誰かは、よくわからないという風に首を傾げたが、私は特に説明をしなかった。する必要も無かった。
「よく分かりませんが、まぁいいでしょう。私が関係する話でもなさそうですしね」
細身の誰かはそう言って、お茶を啜った。内気な友達も、それに習う。皆が黙り込み、静かになった。しかし、それは歓迎すべきことではない。空気が重くなってきたのだ。気まずくなったといってもいい。私は会話が途切れたりするのが正直、苦手なのだ。唯一、長身の友達と話すのであれば気にはならないのだが、それ以外の人だと駄目なのだ。
私はどうしていいのか分からず、沈黙を守ることにした。じっと、外を見つめ、たまに気付いたように茶を啜る。
その沈黙を破ったのは、以外にも内気な友達だった。
「あ……あの、わたし、そろそろ帰らなくちゃ……ごめんね。突然押しかけて」
内気な友達は、そう言って立ち上がった。細身の誰かもそれに続いて立ち上がる。私も立ちあがり、玄関まで送っていった。
「いや、こちらこそ何も気が利いたこと出来なくて悪いね。今度は私から君の家にお邪魔させてもらうよ」
長身の友達とは違って、内気な友達は帰り際に一言、言って帰っていった。細身の誰かは、何も言わなかった。
「ああ、そうだ。思い出は既に飽和状態だ。いつでも収穫に来てくれ。勿論、私も誘うように」
細身の誰かは言った。彼女なりの気遣いなのか何なのかは不明だが、私は素直に頷いた。最後だけタメ口だったが気にしない。内気な友達の前では敬語キャラで通す気なのだろう。というか、「私を誘え」と言われても、私は細身の誰かの住所も、電話番号も知らない。どうやって誘えと言うのだろう。
二人を玄関先まで送って、彼女たちが角を曲がったところでドアを閉めた。地面はぬかるんでいた。元通りに戻るには、もう少しかかりそうだ。リビングに戻って横になる。おっさんみたいだな、と思ったが私の年齢はともかく、精神はおっさんなのだから仕方ない。諦めてそのままの体勢でいることにした。何気なくテレビを点けると、天気予報をしていた。予報士の真っ青な男とも女ともつかない人の話によると、今日の天気は降硝確率五十パーセントらしい。つまり、五十パーセントの確率で硝子が降るのだ。無事に帰れるか心配だが、大丈夫だろうと自己完結させた。ここで硝子が降ってきて、彼女たちが死んでしまっても、それが世界のあるべき姿であって、無事に帰れたのなら、それがあるべき姿なのだ。無論、私が後者を願っていることは言うまでもないことなのだが。というか、そうであってもらわないと、困る。数少ない友達が減ってしまうし、何より、私が友達と呼ぶ人間は私にとって例外なく、私が好きな人なのだ。
天気予報が月間の天気を伝えているとき、内気な友達の言った言葉を、もう一度考え直してみた。饒舌な友達が、野鳥を焼いてから食べるというアレだ。一般的に野鳥は焼いて食べるのだが、饒舌な友達は生で食べる。(何処かの惑星では野鳥は食べないらしいが……)これは饒舌な友達が、山の中で動物的に育ったことが原因なのだが、町に下りてきた今でもそれを貫いていたはずだ。曰く、『焼いて食うのは野鳥に失礼だ』とか何とか。私にはよく分からない。だが、そんなことを言っていた彼が、野鳥を焼いて食べる、というのだ。気にしないほうが難しいのではないだろうか。会いに行く必要を感じたが、結局行かないことにした。彼の行動が、極端に変動しているのだ。もしかしたら、饒舌だった彼が、寡黙になっているかもしれない。しかし、私はそんな彼を見たくはなかった。なってないかもしれないけれど、今回に限って私は、やって後悔するより、やらずに後悔することを選んだ。
そんなことを考えていると、後ろから妹が言った。
「兄さん。硝子が降ってくる前に、服をしまったほうが良いですよ。まだ、干したままになってます」
そういえば、今朝干したままになっていた。私は妹に礼を言って、服を取り込みにかかった。
空は硝子が張っているようにぼけて見えて、いつ硝子が降ってきてもおかしくはない状態だった。急いで取り込み、家の中に避難した。彼女達は、無事に帰れただろうか。内気な友達は近所だが、細身の誰かはどうなのだろう。まさか、あの山に住んでいるわけではないのだろうが、どうなのだろう。私には、知る由もないことだ。
「兄さん。今日はぼくがご飯、作るよ」
今度は弟が私の前に立って言った。何かいいことがあったのかもしれない。彼の顔は誰が見ても明らかなほど、緩んでいた。
「……。あぁ、そうしてくれると助かるよ。では、頼んだよ」
弟が料理を作るのは、恐らく初めてだ。十三歳にして初めての料理だった。弟のかすかな成長が嬉しく思えた。
弟はトトトト、と台所へと向かった。
「彼、良いことがあったのですか?」
後ろから声がして振り返ると、其処には妹が立っていた。全く気付かなかった。私が知らない間に気配を消す訓練でも受けていたのだろうか。
「分からないよ。まぁ作るといっているのだから、任せておけば良いんじゃないかな」
「それはそうですが……。彼、何か作れるのですか? 私には作れる気がしません」
妹は壁の向こうの台所を見つめて言った。確かに彼は料理を作ったことはないが、多分見真似で作るのだろう。
「見真似で作れれば苦労しないです。私はとても不安です。さらに言ってしまえば、彼、一度でも私たちが料理をしている姿を見ていますか?」
妹はそう言って嘆息した。とても憂鬱そうだ。そして、その言葉は、正に正鵠を射ていたが私たちがそれを知るのは、もう少し後の話である。
「確かに、無いね。でもまあ、温かい目で見守ってあげよう」
私も不安ではあるが、まぁ大丈夫だろうという気持ちもある。妹には全くないようだが。
不安と希望に満ちた弟の料理が完成したのは、それから五十分後だった。
品目、フォークの照り焼き、雑草サラダ、硝子(以前空から降ってきた)入りご飯(マツタケ風味)。
一見美味しそうだったので、私も妹も安心して食べたのだが――ある種の兵器のような味であった。何というべきか……酸っぱいような、辛いような苦いような、全ての味覚が入り混じり、混沌としていて、その全ての味が強い。しかし、折角作ってくれた料理を不味いとも言えず、私と妹は懸命に残さず食べた。当の弟は、とても美味しそうに食べている。自分が始めて作った料理だから、もしかしたら特別な気持ちで食べて味覚が麻痺……否、人の嗜好は十人十色なのだからケチはつけないでおこう。
私と妹は、弟の料理を完食した。完食できたのは奇跡なのではないだろうか、などと思ってしまう。そんな料理だった。
「……ご馳走様」
私は悟られないように、少し歩調を速めてトイレに急いだ。後ろからの妹の視線が痛いが気にしてられない。妹には、もう少しだけ我慢してもらおう。
私は、もう、限界なのだ。結局、一日中家で居た。外に出て行く必要がありそうだ。