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私が見たもの  作者: 人鳥
私が見たもの
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無為の日『何がしたいの?』

 目が覚めたのは、四つ目の黒い太陽が今、まさに沈もうとしているときだった。

「おはよ、兄さん。姉さんがご飯を作って待ってるよ」

 何故か私の部屋に居た弟はそう言って、部屋の窓(2階)から外へ飛び降りた。程なくして、ボスンという音が聞えた。下に到着したらしい。怪我は多分、していないだろう。うまく着地し、その辺を歩いているのに違いない。必ずきっと絶対にそうに違いない。

「妹の料理をこうも高頻度で食べられるとは……」

 弟が窓から飛び降りたことなど気にも留めず、一階のリビングへと向かう。妹の料理は貴重だが、弟が飛び降りるのは今では普通で、当然のことなのだ。とはいえ、飛び降りる意図は理解不能なのだが。それは弟の意図を聞いていないからだが、聞いたとしても恐らく理解不能なのだろう。

 リビングに着いて、一番に目に留まったのは、私の椅子に座っている長身の友達だった。

 予想外ではあったが、驚きで取り乱すような無様は晒さなかった。長身の友達は神出鬼没なのだ。彼の出没を正確に予測するのは、至難の業であり、恐らく誰にも出来ないだろう。仮に出来る人が居るとするなら、私は迷わずその人の弟子となるだろう。しかしなにより、予測不可能を普通として接することが、私には求められている。

「やぁ、キミに会いたくてわざわざ来てしまったよ」

 長身の友達は、微笑んで手を振りながら言った。正面に妹が座っている。どうやら、妹と話していたらしい。

「君は暇なんだね」

 今まで寝ていた私に言われたくないだろうが、長身の友達は苦笑しただけで、特に何も言わなかった。もしかしたら、少なからず機嫌を損ねてしまったのかもしれない。

「兄さん。今日は、目覚まし時計のステーキです」

 妹はステーキの乗った皿を、私の前に置いた。私はその寝起きには厳しい料理を見つめて、やや引きつった声で言った。

「朝からこれを食べろと?」

「今はもう、夕方に近いですよ。それに、そのモノの言い方は作った人に失礼です」

 それもそうかと、私は目覚まし時計のステーキを食べ始めた。主に私は妹の意見に対して、批判しないことにしている。妹の言うことはほぼ全て正しいからだ。(ちなみに私が妹からの皮肉に気付いたのは、この日の深夜だった)長身の友達はそれを見て「おいしそう」と言って手を伸ばしてきたが、私はその手を払った。

「キミはケチなんだね」

 そうだろう、私は今それを感じたところだ。しかし、妹の料理を他人に分けるなど、私には到底できないことだったのも確かだった。妹はそれを見て、長身の友達にコーヒーを出した。よく気の付く妹だ。

「昨日ね、内気な友達が増えたよ」

 長身の友達は、少し喜びが混じった声で言った。私は驚くことはなかったが、心の中で大いに喜んだ。

「そうか……増えたのか。今度会いに行かなくてはならないな」

 私はその喜びを外に出さないように、意図的に声を低めていった。

「そうだね」

 長身の友達には、私の喜びが伝わったらしく、微笑している。妹は既に話には参加しておらず、椅子に座ってコーヒーを味わっている。

 どうやら私が手を出さずとも、自然に戻ってくるのは十分早い時期だったようだ。私としてはあと数年、内気な友達が減った状態で過ごすと思っていたのだが、それは杞憂だったようで、内気な友達はこうして増えた。やはり世界はなるようになって、ならないようには絶対ならないものらしい。私は目覚まし時計のベルを口に入れた。

「そういえばね、饒舌な彼がキミの家に行きたいって言ってたよ」

 長身の友達は、コーヒーを一口飲んだ。

「そうか。しかし……本当に来るのかな」

「どうだろうね」

 長身の友達はどうでもよさそうに言った。

 私は饒舌な友達が来るとは――思っていない。多分それは、正しいことだと思う。

 内気な友達も、饒舌な友達も、長身の友達も皆変わり者であって、言ってしまえば行動が全く読めないのだった。特に饒舌な友達は、頭がかゆいからと腹を掻き、腹が減ったからと水を飲み、のどが渇いたからと唐辛子を食べることもある。他にも色々あるのだが、それはまたの機会にとっておこう。

 私は、目覚まし時計のステーキを食べ終わり、口元を拭いた。

「兄さん、どうでしたか」

 妹はそう言って、私の回答を待っている。私は料理のことを言っていると分かると、迷わずに言った。

「なかなか、美味しかったよ。敢えて私が意見するなら、もう少し焼いたほうが私は好みだね」

「そうですか。それでは次回から、そうすることにします」

 はて、次回とはいつになるのだろう。最近は妹もよく調理をするが、これは一年半ぶりである。もしかしたら、今度は二年くらい待たなくてはならないかもしれない。

 長身の友達は、私たちが話しているうちに帰ってしまったようで、私が話しかけようとしたのだが長身の友達はいなかった。一言言ってくれればいいのだが、無言で帰るのも長身の友達に限って言えば、まぁ当然といえば当然で、普通といえば普通なのだった。他人に対する礼儀としては悪いが、私と彼の仲なのだ。それは妥協し譲歩しても、まだあまりある。

 私は特に何かすることがあるわけでもないので、階段を上って部屋に戻った。部屋では弟が(相部屋ではない)寝ていた。全く迷惑極まりない。仕方なく弟の部屋に移る。其処は、私の部屋であって弟が寝ていた。どうやら、知らないうちに間違えて戻ってきてしまったようだ。今度こそはと弟の部屋に入り、ごろりと横になる。

 いつも思うのだが、弟の部屋はどこか変わっている。壁一面に筆でなにやら変な文字を書いているし、ポスターとかカレンダーの代わりに御札が貼ってある。兄の私でも、弟は何かの変なものに憑かれているのか、またそれそのものなのかもしれないと疑ってしまう。違うと思うのだが、自信はない。もしかすると、いきなり飛び降りる性癖は、これと何か関係あるのかもしれない。が、やはり私には分からない。別に兄妹といっても、血が繋がっているわけでもなければ、親戚であるわけでもない。しかし、彼が私の弟であることは確かである。

 唯一文字が書かれていない窓を開け、外を見てみた。外には、茶色い五つ目の太陽と、美しい女性が微笑む一つ目の月があった。どうやら月の女性は写真のようで、本人は月には居ないようだ。空から町に視線を落とす。家の明かりがぽつぽつ点きだしている。アスファルトは、溶けて泥に変わりつつあった。元に戻るには一日かかってしまうが、それは仕方のないことだ。よく見ると、家の周りを囲う塀も少し溶けかかっている。今日の黒い太陽からの影響は、今まで見た中で今日は強い部類に入るだろう。しかし、アスファルトが溶けるのは数年に数回起こりうる現象なので、特に驚くこともなかった。どうせ夜のうちに、虫たちがアスファルトを固めるべく、動き出すだろう。生物が溶けてなければ良い、と思う程度だ。

 以前、一度私は黒い太陽の影響で体が溶けてしまい、半年後にここに戻ってきた事があった。その時、私は昔誰かから聞いた言葉を思い出した。無論、消えていた時期の記憶など、全く無い。浦島太郎だったかな? ……よく覚えていないがそんな気分だ。


 太陽は、恵みと災いの象徴。

 月は、絆と美の象徴。

 月と太陽の乱れは、生命の乱れ。

 全てを映し、全てを包む、世界の象徴。


 私は、というよりも、この世界に住む生命は、この言葉を皆知っている。知らないことは許されない、昔から伝わる言葉だ。そして、月と太陽は私たちにとって、尊ぶべき存在として崇められている。ついでに言うなら、他にも『憎悪と憧れの象徴』とか『慈愛と愛護の象徴』など、色々ある。そして、それらは常に二つのものを象徴している。それは類似したものだったり、対になるものだったりするが、月のようにあまり関連が無いように思えるものも存在する。何かが事象や感情があれば、必ずそれに対応する、象徴となるものが存在するわけだ。例外として、月と太陽は、『世界』と『生命』とも対応している。更に、『世界』と『生命』が対応するのが月と太陽だ。

 そして私は、太陽の災いを受けたわけだ。決して災いを受けるほどの悪いことはしていないのだが、運が悪かったのだ。それ以外の見解はないし、あるとしたらそれは、ありきたりな言葉で『試練』なのだろう。



 始まりは三年前だった。

あの日のことは、今でもはっきりと思い出せる。

 私は縁側に腰掛け、庭の風景を楽しんでいた。とはいえ、狭い庭で特に見て楽しむようなものはない。私は木にとまっている鳥を見つけた。雀だろうか。それにしては毛が赤い。私の知らない種類の鳥だ。鳥は慌ただしく辺りを見渡し、外敵の接近を警戒している。

 何をするでもなく見ていたら、何かを察知したのだろうか、鳥は何処かへ飛んでいった。

「退屈だ」

 私は呟いて、欠伸をした。間抜けな声が静かな縁側の、落ち着いた雰囲気を、間抜けな雰囲気へと変えた。

 饒舌な友達がここに居れば、どんなに楽しいだろう。この退屈な時間を、きっと煌びやかな時間へと変換してくれるに違いない。しかし、饒舌な友達は隣町に住んでいる。会いに行くのは手間がかかる。きっとそんなことを饒舌な友達に話せば、「キミは怠け過ぎなのだよ。人間何かを極めるべきだとボクは思うけれど、怠惰を極めるのはどうかと思うね。そりゃあ、何を極めたところでそれはキミの自由だがね。それとも、ボクに会うためにわざわざ手間をかけるのが、それほど嫌かな? ボクはそんなにキミに嫌われているのかな? いや、分かるよ。そうじゃないのだろう。手間とか面倒が嫌いなのだろう。分かるよ。ボクも嫌いだ。しかし、たまにはその手間とか面倒もこなす必要があるのではないかな? 少なくとも、ボクはそう思うよ。たとえキミが思っていないとしても、それは確固たる事実として存在するんだ。それを忘れちゃいけない。だから、キミは一度ボクの家に着てみてはどうかと思う。きっと考え方が変わり、世界が変わるだろう」などと、やたらに長く、説教くさいことを私に言うのだろう。私はそんな饒舌な友達が好きだ。彼が女なら、間違いなく惚れているだろう。ある日突然、女性に代わることを祈ろう。勿論、根本的な変化だ。否、こんな不謹慎なことを考えてはいけない。

 私はもう一度欠伸をして立ち上がった。散歩に出かけるのである。一つ目の太陽が南の方角に来たとき、それが私の散歩の開始時刻なのだ。

 アスファルトで固められた道路が、昨日の大雨でぬかるんでいる。湿度が高く、どろりとした空気が気持ち悪い。蒼い太陽を見上げれば、少しは気が紛れるのだが、どうやら本日第一号の太陽は黒のようだ。二つ目に蒼い太陽が出ることを祈りながら、いつもの歩き慣れた道をいつものように歩く。途中、木がいきなり無数の鳥になって羽ばたいて飛んでいったが、別段驚くことも、興味を持つことも、感想を持つことも無く、散歩道を歩いた。

 無為に人生を過ごしているように見える、と昔誰かに言われたような記憶があるが、多分それは合っているだろう。感動をしない人生など、人生とは言わない。死んでいるのと、同義である。香辛料の入っていないカレーと言ってもいい。もしかしたら私は、生きていると勘違いしているだけなのかもしれない。今ここで、仮に死んでしまったとして、私は後悔するのだろうか。しないのかもしれない。しかし、もしかしたら、私と誰かが気付いていないだけで、本当は充実した毎日を送り幸せいっぱいで、死ぬことを恐れているのかもしれない。私たちが無為だと思っているこの時間が、本当は大切な時間なのかもしれない。

 どろりとした空気が嫌で、私は少し早歩きになった。家に帰りたかったのである。ぬかるんだアスファルトも手伝って、それは我慢するには厳しいものだった。とにかく家に戻って、のんびりと過ごしたい。

 少し不機嫌になってきたところで、嬉しいものを発見した。道の端に置かれていたそれは、自動販売機であった。ポケットには千円玉が一枚入っていた。これ幸いと自動販売機に駆け寄り、商品を選ぶ。私が選んだのは、葡萄とキウイとココナッツのミックスジュースだ。飲むのは初めてだが、きっと美味しいものに違いない。美味しい果物が、三つも入っているのだ。間違いないだろう。一口、ぐいっと飲み込む。買ったことと、飲んだことを、激しく後悔した。甘いのは言うまでもないのだが、飲み心地が何故かドロッとしているし、味が不安定なのだ。会社はきちんと味見をしているのだろうか。もしかしたら、しているのかもしれないし、していないのかもしれない。どちらにしても、不味いことには変わりはないし、会社の人間にしてみればこのジュースは美味しかったのだろう。しかし、如何にこのジュースが不味かったとしても、捨てるのは何が何でも勿体無い。私はある種の決意を胸に、そのジュースを飲み干した。

 ジュースを飲みきった達成感が冷めぬうちに、私は家に着いた。黒い太陽はまだ南南西にある。思ったよりも、早く帰ってきたようだ。

 玄関を開け、家に入る。妹と弟はまだ寝ているだろうと思っていたのだが、妹は起きていた。「お帰りなさい」と、私を迎えてくれる。「ただいま」と、私もそれに応えた。

 靴を脱いだとき、妹の変な視線に気付いた。私は何故か分からず、妹を見つめた。そして、何でもないという風に言った。

「兄さん。足が腐り落ちようとしています」

 私は自分の足を見た。さっきまでは気付かなかったが、なるほど。確かに腐り落ちつつある。どうして自分がこれほど落ち着いているのかが不思議だが、気にしない。

 妹は私を心配する様な目で見つめて――いない。何故なら、このようなことは数年に一度、誰でも起こりうることだからだ。痛みはあるが、これも四回目。さすがに慣れている。

「本当だね。朝食を食べたら、病院に出かけるから留守番を頼むよ」

「分かりました」

 私と妹はリビングへ行って、食事を開始した。弟を待つ、ということはしない。

 料理を作ったのは私だ。不味くない、美味くもない。それが私の料理だ。

「君の料理を久しぶりに食べたいのだが」

 私の妹は料理が上手い。絶品である。妹の夫は幸せ者だ。

 嫁には出さないでおこう。

「分かりました。そうですね。三、四年後位に作ります」

 ……それって作る気がないということではないのだろうか。思えば夫になる男は、殆ど自分で料理を作らなければならないのではないか。ご愁傷様である。しかし、だからといって、私は妹を嫁には出さないだろう。

「兄さん。顔から下が、腐り落ちています。顔しか原型を留めていませんよ」

 妹は、別段驚くこともなく、焦ることもなく、日常の範囲内のように言った。腐敗の速度が、上がってしまったようだ。これは歓迎することじゃない。何故なら、これ以上腐るとどうなってしまうのか、私には判断できないからだ。

 妹は、私を特に心配していない。

 しかし、その顔は少し、暗いように感じた。

 私の意識は、記憶はそこで途切れた。

 きっと、顔まで腐り落ちたのだろう。

 皿には、まだ料理が残っていた。



 意識が戻ったとき、半年が経過していた。そして、妹と弟の話から、完全に腐ってしまった私の体は一回、適当な場所に捨てていたらしい。そして、今、此処にいきなり現れたそうだ。原因は分からない。原因なんて無くて、ただそうなっただけかもしれない。



 なんとなく昔を思い出していたら、四つ目のつきが沈もうとしていた。いけない。そろそろ眠る時間だ。今日は本当に何も活動をしていない気がする。それは決して気のせいではないだろう。しかし、たまにはいいだろう、という気持ちもある。明日は活動してみようと思う。


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