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私が見たもの  作者: 人鳥
私が見たもの
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独りの日『世界の声』

 目覚めたとき、其処には妹も弟も居なかった。まだ、三つ目の太陽で彼らが起きるには、まだ早い時間であるのだが……。

 とりあえず考えても始まらない。服を着替え、リビングまで降りていった。テーブルの真ん中に紙切れが置いてある。その紙には、達筆な文字でこう書いてあった。

 『兄さん、弟と共に一日このあたりを散策してきます。理由? 退屈だからです。心配する必要はありません。一つ目の月が出るころには戻ります。朝食は既に食べておりますので、出費は昼食代とその他生活雑貨代くらいだと思います。兄さんの朝食は、冷蔵庫の一番上の段の一番奥の左端の容器に入っているスイッチを押すことで開く、別の冷蔵庫の一番下の段の一番奥の右端のお皿に盛っています。残さず食べてください。困ったことがあれば、兄さんはお友達がいらっしゃるのですから、お友達に頼ってください。それから、私たちが居ないからといって、家でごろごろだらだら過ごしてはいけませんよ。外での活動も大切です。昨日は外で活動した? そうですが、一日で飽きられてしまわれるとなると、恐縮ながら私が兄さんに指導することになってしまいます。どうか外で活動してください。絶対ですよ。では、弟がうるさいので出発しますが、兄さん、火の元と施錠の確認はきちんとしておいてください』

 ……母上みたいだ。……母上がどんな人か覚えていないが。いつの間に妹はこんなにもおばさん臭くなったのだろう。心配性というよりも、過保護という気さえしてくる。というよりも、私はこんなにも頼りないのだろうか。ともあれ、まずは朝食を食べないことには一日は始まらない。

 紙切れをテーブルに置き、椅子を冷蔵庫の前まで持っていって、冷蔵庫を開けた。一番上の棚まで私の手は届かないので、椅子の上に立ち、背伸びをして、マナーは良くないが冷蔵庫をよじ登って一番上の棚まで上りついた。あまり開けっ放しにしておくのは、電気代がもったいない。すぐ棚の中に潜り込み、一番奥の左端にあった容器を開ける。中には、漫画とかでよくある自爆スイッチみたいな物が入っていて、私は迷わずそれを押した。冷蔵庫の外から、ガコン、という音がした。私は寒い冷蔵庫を抜け出し、椅子の上まで降りた。冷蔵庫を閉め、音がした方へと向かう。其処には、小さな冷蔵庫があった。ピンセットでそれを開け、一番下の棚からピンセットを使い、一つの皿を取り出した。どうやら、お湯をかけるタイプの料理らしい。ポットで湯を沸かして、その小さな皿にそのまま少しずつかける。皿と料理はググググッと大きく膨らみ、私が食べても満腹になるほどの量になった。

「なるほど。食べ甲斐がある」

 心にも無いことを言って、その料理に手を伸ばす。辛い。朝に食べるにしては辛すぎる料理が其処にはあった。全体的に赤みを帯びた料理であることから、辛いのだろうな、くらいには思っていたのだが、まさかここまで辛いとは思いもしなかった。たとえていうなら、ジャワカレーの辛口にみじん切りにした唐辛子を入れて、それを食べるようなものだ。置手紙と言い、この料理といい、妹は私に何か恨みがあるのだろうか。否、置手紙に関していえば、恨みと言うわけではないだろう。私を見くびっているのだろう。どちらにしても、私は悲しい。この朝食を食べるのに無駄に苦労することすら、私にとっては普通だと言うのだから、仕方ない。今ある姿が、世界のあるべき姿なのだから。しかし、というわけでもないが、よく耳にする別の惑星ではどうなのだろう。『食べる』という行為にここまで苦労しているのだろうか。実際、食材は簡単に手に入るが、それでも食べることに関する苦労は感じているのだろうか。私は、苦労を感じる段階が遅いが、食べることに対する感謝は忘れない。

 私は朝食を食べ終え、食器を洗い、妹の指示に従う形になってしまうが散歩に出かけた。少しばかり悔しい気もするが、外での活動が大切だという妹の主張も正しいのだから仕方が無い。私は正しいと思うことには従うのだ。たとえそれで失敗したとしても、私は一切後悔はしない。それになにより、妹がそのような失敗をするとは思えない。それほどまでに、妹は出来上がっているのだ。

 アスファルトに囲まれたこの区画は、一言で言ってしまえば、とても暑い。打ち水など、焼け石に水でやる意味など無いし、植物も無く、視覚的な涼しさもない。こういうことを実感してしまえば、アスファルトは文明の利器であると同時に、欠陥製品でもあると感じざるを得ない。私は常々、アスファルトなど無くして大地を露出させる方がよいと思うのだが、人間が生活する上で、便利さだけで考えるなら、アスファルトの方が都合がいいのもまた事実だ。とはいえ、私が結論を出したところで、それがどうにかなるわけではないのだが。というわけで、国の連中には国民の国民による国民のための国会を開いていただきたい。……私が言う国の連中の仕事がそれだった。

暑さと息苦しさを感じながら、歩いていると、雪が降ってきた。何処かの惑星では、暑いときに雪が降るのは有り得ないらしいが、私の惑星では普通である。雪が体に当たり、その冷たさが心地よい。ふと、空を見上げると、雲の間から紅い太陽が三つ見えた。この暑さは紅い太陽が原因らしい。紅い太陽の特性は何と言っても、その熱さにある。紅い太陽の出る日は外に出たくないのが、正直な意見である。が、妹の指示であるなら、それすらも些事である。弟の指示であるなら、私は今すぐ帰るだろう。別に、これはえこひいきをしているわけではない。今までの経験から、弟の指示、意見を採用すると厄介なことになることは証明されているのだ。

 ハラハラと降ってくる雪が、私の灰色の体を白く染めている。できることならば、このまま真っ白な体になってしまえばいい。否、否々、真っ白なんて味気ない。やはり今のままの灰色がいい。考えてみれば、灰色は視覚情報としては珍しい色ではないだろうか。赤や黄色、青なんてものはよく目にするが、灰色は目にする機会は少ないのではないだろうか。……そうでもなさそうだ。私の住む区画は、灰色だ。



 昼ごろ、私は家に帰り昼食を作った。メニューは敢えて公開はしないでおこう。男の自分ひとりが食べる為に作った料理ほど、鮮やかさに欠ける料理もないだろう。私はそれを食べ、縁側に出た。鳥が三羽、木にとまっている。空には紅と黄と、茶の太陽が見える。いやはや、世界の色は明るいのやら暗いのやら。明るいということにしておこう。ずっとその体勢で眺めていると、鳥は何処かへ飛んでいってしまった。鳥には、目が四つ付いていた。

 私の庭は、特に立派なわけでもなければ、特に見るものも無い。ただそこそこ広い空間があるだけだ。家計とかを考慮して、池を作ってみても良いかもしれない。前向きに検討してみよう。どうせ、働く必要もないし。全く、楽な世界である。働く、という概念もこの世界には必要なんじゃないだろうか。私はそう思うのだが、まあ、無いものは仕方が無い。仮にあったとしても、働かなくてもいい世界を私は望むのだろう。結局、人とは無いモノねだりなのだから。

 一人になると、どうしても色々と考えてしまう。否、考えることは嫌いではないから別に良いのだが、以前、考えすぎて知恵熱を出してしまったという事実がある以上、あまり好ましい状態ではない。私は状況に流されやすい人格だからだ。とはいえ、そういう人格でなければ長身の友達と付き合うのは難しいのかも知れないが。

 長身の友達。何時出会ったのかは覚えていない。気がつけば其処に居た。最初の友達だったのは覚えている。神出鬼没の彼。出来れば、友達になったのは何時だったかだけでも知りたいものだ。とはいえ、今私が知らないということは、知らないことが正しいのかもしれない。もしそうだとするならば、私が知りたがるのは無駄なことになる。



 妹達は置手紙通り、一つ目の月が出た直ぐに帰ってきた。

「兄さん。今日の出費は、昼食代千六百五十円です」

 妹はそう言って、椅子に腰掛けた。

「兄さん。ちゃんと外での活動はして頂けましたか?」

「勿論。散歩に出かけて歩いていたよ」

 そう言うと、妹はとても嬉しそうに笑った。

「あれ? 彼は何処だ?」

「ああ、疲れたので寝るそうです」

「そうか」

 私に一言言ってくれればいいのに。長身の友達の影響を受けてしまったのだろうか。

「私も疲れましたので、寝ます。夕食はいりませんので、兄さんの分だけ作って食べてください」

 妹は私の返事も聞かずに、二階に上がり自室に入っていった。また一人になった。今日は誰とも話していない気がする。否、たった今妹と話したが、会話と言って良いのかどうかも分からない。ただの確認だけをした感じになっている。別に、出費の確認を取るつもりは無いが、妹はそういう面でしっかりしている。しっかりしすぎている。本当に、他人との会話が恋しい。普段、私は気付かなかったが、大切なことのようだ。

「寝よう」

 誰も居ない夕食など、それはそれは退屈だ。寂しい。食事は大切だが、食事の環境は良くなくては精神的に悪影響を及ぼす。

 私は自室に戻り、布団に横になった。


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