転機の日『私が見たもの』―前半
注意
一、縦読み推奨
二、変換する必要のない漢字まで変換されているのは仕様です。
三、タグを見て、異世界召喚系・異世界からの来訪者・剣と魔法の世界を期待している方、残念ながら、この作品はその類ではありません。
四、理解に苦しみますが、仕様です。
五、誤字・脱字など、明らかな作者のミス以外による『おかしな部分』は仕様である可能性が大です。
目が覚めて、もう一時間が経った。私は……これからどうするべきなのだろう。否、わかってはいるのだ。やりたくないのである。
私には三人の友達がいるのだが、一昨日二人に減った。別に、亡くなったわけでも、引越してしまって会えなくなったわけでもない。そして、喧嘩をしてしまったわけでもない。減った理由は知っている。しかし、三人に増やすのが面倒なのだ。否々、別に減ってしまった友達が嫌いだったとか、会いたくもないとか思っているわけではない。むしろもう一度会いたいと思っている。しかし、それが出来なくて、私は悩んでいる。
朝の空気を吸おうと窓を開けた。それでは何か物足りず、縁側に出て、庭を眺めて暢気に時間を潰す。草に霜が降りている。しかし、今は夏といわれるべき季節であって、霜が降りるとは季節はずれも甚だしい。とはいえ、これが普通だ。何処かの惑星では、霜は冬しか降りず、夏は暑いということが決定されているらしいが、この惑星ではすべてが不規則だ。不規則が規則なのだ。例えば、夏にも冬にも春にも秋にも雪は降るし、暑いときは一年中暑い時だってある。つまり、友達が減ったのも言ってしまえば当然のことなのだ、と考えることは出来るし、その考え方が普通なのだった。こう考えることで、気が軽くなる、というのも勿論のことあるのだが。それはやはりは後付けの理由である。当然は当然であり、それは必然であるということだ。私は、それに反しようとは思わない。
「やぁ、キミ。今日も今日で元気そうだね」
家の前を通りかかったらしい長身の友達が、家の塀の前から私に声をかけてきた。塀の上から頭が見えた。
「やぁ、相も変わらず元気にしているよ。君はどうだい?」
「まずまずだよ。どうかな? 一緒に散歩でもしない?」
断る理由もない。どうせ私は暇人だ。「是非とも」と答えて、外へ出た。
アスファルトの地面は、少しぬかるんでいる。昨日、雨が降ったのかもしれない。しかし、一昨日は家が溶けかけたのに……こうも頻繁では暇人の私とて困ってしまう。これが忙しい人なら多大な被害だろうことは、容易に想像できる。
久しぶり(四日ぶり)に会う長身の友達との散歩には、少々不満の残る状態だが言っても詮無いことだった。アスファルトがぬかるむことなんて、飽きるほど経験しているし、時には完全に溶けて液体と化すことも間々ある。
そいう日は勿論、一切外出はしない。
「で、君はこんなところにまで、何をしに来たんだい? 散歩で来るには距離が遠いだろ?」
長身の友達は隣町に住んでいて、ここまで来るにはバスを利用しないとかなりの時間がかかる。少なくとも、散歩で来るような距離ではない。私なら考えるまでもなく、行こうとは思わないだろう。
「キミに会いたくてわざわざ来てしまったよ」
彼はそう言って、はにかんだ。見上げるような身長の彼が、とても幼く見えたのは多分錯覚ではないだろう。彼はいつも無邪気に、屈託無く笑うのだ。私はそれが羨ましい。全てを悟った気になって、意図的に冷めている人間であろうとする私には、到底出来ない笑い方だった。
彼も私も、そこから何も続けはしなかった。沈黙が私たちのコミュニケーションだ、と言えるかもしれない。少なくとも、二人で会えば会話よりも沈黙の時間のほうが長い。一度、私の妹と長身の友達の三人で散歩を楽しんだことがあるのだが、そのときも殆ど話すことはなく、妹に不気味がられた記憶がある。尤も、今ではきちんと理解をしてくれているはずである。
一つ目の太陽が昇り、南の空で蒼く光るのが見える。二つ目の太陽は東の地平線から緑色の頭のてっぺんを、少し世界にさらしていた。気付けば、地面はぬかるんだアスファルトから水不足の砂の道に変わっている。ザラザラした感覚が足の裏に心地よい。
どうやら、私の住む区画から出てきてしまったらしい。この国は区画によって居住区を分けていて、私が住むのは第三区画である。ちなみに長身の友達は第五区画だ。
「内気な友達が減ったね」
二百七十度くらいの曲がり差し掛かった頃、唐突にに長身の友達が言った。その声は悲しげだった。彼は内気な友達を、心配しているようだ。当然である。心配をしていないのは、多分、私だけだろう。
「そうだね。でも、取り立てて大変で、騒ぐことでもないだろう」
言った直ぐ後に、後悔した。私は本当にあまり気にしていないが、長身の友達は内気な友達を心配しているのだ。私ももう少し、人の気持ちが分かるようにならなければならないようだ。しかし、かといって、人の気持ちが分かったところでどうする? なんて考えてしまう。実際、人の気持ちを理解したところで、それは欺瞞であり、真実であるとは到底思えない。人と人は完全に分かりあうなど、そんなことは出来ない。万が一――想定するのも馬鹿馬鹿しいような確率で――人の気持ちが理解できるようになったとして、それが本当に良い事なのか、私には疑問である。
「うん。キミは増やそうと思う?」
しかし彼は、特に私の言葉を気に留めずに言った。否、我慢したのかもしれなし、気に留めていないように見えたのは、私の気のせいだったのかもしれない。長身の友達は、一切不満や非難を言わないのだ。
「……いや、別に増やそうとは思わないよ。私は増えるのを待とうと思っている」
そう、別に私が手を下さなくても、時間が解決してくれる。今回の問題は、その類のものなのだ。下手に手を出しても、状況を悪化させる可能性がある。それは避けなければならない。
長身の友達は「そうだね」といって空を見上げた。一つ目の太陽は蒼々と光り、世界を照らしている。長身の友達もどうやら、増やそうという気はないようだ。私と同じく、時に任せるらしい。
私は長身の友達の横顔を少し見つめて、砂の道を見た。私が地面を蹴ると砂が舞う。特に綺麗でもないし、別にどうでも良いことなのだが、何故か見惚れていた。否、ただ単に、気がここに無かっただけかもしれない。この時の私は、どこかおかしかった。
「饒舌な友達は元気にしているかい?」
饒舌な友達は、確か彼の近くに住んでいるはずだ。
「うん。元気だよ。彼は相変わらずね。昨日も野鳥を五羽捕まえて、そのまま食べていたよ」
「それは何よりだね」
「キミは……今までどうだったの?」
長身の友達は、まるで長い間行方不明だった友達に聞くように、私に聞いた。別に私は行方不明だったわけではないし、四日前にも会っているのだが、彼にとってはそういう問題ではないらしい。否、三年前を思い出しているのかもしれない。どちらにしても、私はこの質問に答えなければならない。
「取り立てて言うこともないけれど、強いて言うなら少し退屈だったよ。なにせ、君たちが居なかったのだからね」
「……そう。ボクはね、饒舌な友達と少し喧嘩してね……直ぐ仲直りしたんだけど。なんだか、なんていうのかな、楽しかったよ」
長身の友達は、苦笑した。長身の友達に苦笑はあまり似合わない。似合うとか似合わないとかいう問題でもないのだろうけど。けれど、やはり長身の友達は屈託なく笑うあの笑顔こそ、似合う。
美しいとさえ思う。
「それは何よりだよね」
私は長身の友達を少し、羨ましく思った。私はこのところ、他人と会っていないような気がした。否々、家族には会っている。言葉の綾である。というよりも、家族は他人であるが、『他人』と言うことに抵抗がある。そういうことだ。
西から、二つ目の太陽が完全に顔を出して、緑で世界を照らしだした。一つ目の太陽は失速したらしく、まだ南南西に見える。(何処かの惑星では、地動説を真実だとしているらしいがそれは間違いだ。天動説こそ真実である。その惑星がどうかは行ったことが無いのでよく知らないが、少なくともここはそうだ。ここがそうなら、その惑星もそうである)蒼と緑が混ざり、明るいような暗いような、微妙な雰囲気を作り出した。三つ目は、紅い太陽か、黄色い太陽が出てきて欲しい。否、紫も捨て難い。
「紫がいいな」
長身の友達は、私の心を読んだようにそう言った。それとも、こういうのを以心伝心というのだろうか。まあ、どちらにしても、私には関係の無いことだ。
「うん。今日の緑はまずかった」
今こう言ったが、紫がもし仮に出ると、蒼い太陽と緑の太陽と紫の太陽の色が混ざるのだ。よく考えると、かなり暗い。そして、美しくない。私は肩をすくめて、空を見上げた。
撤回はしなかった。
私の言葉に「そうだね」と続けて、長身の友達は目を細めて(長身の友達は、結構繊細な心の持ち主だ。悪いほうにも良いほうにも)二つ目の太陽を見た。緑色の光は、少し明度が高くなっている。まるで、私たちの会話を撤回することを望むかのように。
私は、空を仰いで思った。友達が増えるようにと。内気な友達が増えるか、その他の友達が増えるかもしれない。どちらにしても、増えることは良いことだ。そして、出来ることならば、その両方であって欲しいとも願ってみた。そんなご都合主義を、認める世界ではないだろうけど。それでも、願えば叶うかも知れないと思った。
「誰か居るね」
突然、長身の友達が前を指差して言った。確かに誰か居る。とはいえ、別に誰かが居たところで困ったりはしないのだが……。
立っていたのは、とても体の細い女性だった。その細身の誰かはこちらに気付いたらしく、ぺこりと会釈をして山に入っていった。私たちが細身の誰かが山に入った地点に着くと、山は姿を消し、川になった。川の流れは緩やかで、足をつけてゆっくりと過ごしたくなる。
「そろそろ帰ろうかな」
長身の友達は唐突にそう言って、私の方を見た。何故こんな中途半端な場面で? とも思ったが、私は長身の友達に一つ服のボタンを渡して、「そうかい」と言った。長身の友達はそのボタンを受け取って少し笑い、川の中に潜った。私も後に続いて、川に潜っていった。川の水は、思ったよりも汚れていた。