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宿命

作者: 無音
掲載日:2026/03/13

『遺される側の責任を勝手に押し付けたことは謝る。だけど、きみ以外に心当たりがなかったんだ』





友人からの手紙は、そんな書き出しで始まっていた。





友人は作家だった。若いながらも確かな実績を残し、今後が期待されていたはずだった。





そんな友人の訃報が、今朝届いた。自殺だったそうだ。





この手紙は、その訃報を聞いた直後に届いたもの。本人が頃合いを見て投函したのだろう。





『とは言ったけど、きみに特別何かしてほしいわけじゃない。これを最後まで読んでくれたのならそれで十分だ』





友人は交友関係が狭かった。プライベートで会う人間など、わたしくらいだったのではないだろうか。





友人は変わった人間だった。時たまわたしと会う時だって、近況だとか最近見た映画だとか、そんな話は一切しなかった。





友人はわたしに奇妙な問いを投げかけてくるのだ。思考実験だとか、哲学だとか。





わたしが面倒くさく思いつつも答えたその解に、友人はたいそう満足そうにしていた。きみらしい、面白いね。と。





『なんでこの手紙をきみに送ったのか、なぜ僕が死を選んだのか……きみはこの時点ではわかっていないだろうね。もちろん、理由はある。そうする必要があったんだ』





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わたしは首をひねる。あの友人のことだ、それなりの意図があってのことではあろうが、死ぬ必要があったとは一体なんなのか。





『ところで話は変わるけど、少し前にきみはどんなふうに死ぬことを望むんだい?と僕が聞いたのを覚えているかな』





すぐに思い当たった。半年前くらいにした会話だ。





いつも楽しそうにわたしの答えを聞く友人が、その時だけ真顔で黙り込んだのだ。愉悦の塊みたいだった友人の珍しい一面が見えたこともあり、妙に記憶に残っている。





あの時、わたしは何と答えたんだったか。確か……。





『あの時、きみは大往生とまでいかなくても、家族や親しい人間に見守られて死にたい、と言ったんだ』





そうだ。そう答えた瞬間、友人は少し驚き、そして閉口した。





『気づいていたと思うけど、僕は本当に驚いたんだ。ただしきみにではなく自分に、だ』





『僕はね、創作する人間として、それなりに物語を生み出してきたと思っているんだよ』





『でも、いくら書いても、書いても、書いても、僕が主人公になることはなかった』





友人のことは学生のころから知っているが、そのころから友人は変わった人間だった。





常に一歩引いた位置で周りをじっと見つめている。まるでそこにいることを知覚されたくないかのように、気配を消していた。





それをわたしは悪趣味だと呆れたことがある。友人はたっぷり黙ったのち、一言だけ呟いた。





当事者に物語は書けない、と。





意味もわからず、返す言葉も見つからず、そのまま立ち尽くしていたような気がする。





『僕は物語の当事者にはなれなかった。自分の人生ですら、自分が生み出した物語であるという感覚が拭えなかった。僕は、僕という人間を使って人生を描写していた』





わたしは、友人が傍観者であった理由は単なるネタ集めの類であると思っていた。でも、どうやら違っていたらしい。





『そして僕は思ったんだ。この人生に、これ以上の描写は必要なのか?と』





『このまま生きていれば、僕は物語を生み出し続けることだろう。でも、それで?』





『それでどうなる。僕はただ創作者であるだけだ』





『つまらないと思わないか。僕が一番描かなければならない人生という物語が、ここまで単調であるはずがない』





『だからね、僕は僕という物語を劇的にしようとしたんだ。この手紙は最後のピースなんだよ』





『_____もう、わかったね?』





ため息を吐く。友人にとっての死は、それだけのことだったのだ。





短く、儚く、不可解に。





社会から期待のスポットライトを当てられた作家の突然の死。





まだ報道こそされていないが、すぐ多くの人の記憶に刻まれることになるだろう。





わたしにはわからなかった。





物語のためならば、自分の命すら簡単に支払う友人のことが。





しかし、友人にはわかっていた。





唯一の友は、自分の物語を完結させる責任を……『呪い』を、理解してくれるのだということが。





『本当に悪いとは思っているよ。きみにはきちんと礼をする。じきに連絡がいくから待っていてくれ』





『僕を作家として死なせてくれてありがとう』





『きみは最高の友達だった』





ああ、そうか。





友人は、作家だった。





そんな当たり前だったことに、今更わたしは気がついた。





わたしが今後何をしようとも、友人は満足なのだろう。





わたしがこの手紙を読んだ時点で、友人のエピローグは始まっていたのだ。





今頃、どこかでこの物語を見ているのだろう。





いつもみたいに、愉悦に満ちた笑顔を浮かべて。





「無責任に死にやがって」





手紙を丸め、わたしは作家の最後の言葉をゴミ箱へ放り込んだ。

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