第1章・3: 地上の地獄
炎。
煙。
瓦礫。
――沈黙だけが、
その惨状を見届けていた。
瓦礫の隙間から、
風を引き裂くような叫び声が上がる。
巨大な爆発によって生まれた大穴の中心に、
エデンの身体は横たわっていた。
意識はなく、
全身は傷だらけ。
血にまみれ、
そして――
肉体を超えた何かに、深く傷ついていた。
この地獄から生き残った者たちは、
助けを求めて叫んでいたのではない。
――ただ、
この苦しみが終わることを願って。
刻一刻と、
炎は彼らを喰らい尽くす。
皮膚は焼け落ち、
筋肉は消え、
骨だけが、無慈悲に晒されていく。
――それは、
地上に現れた地獄だった。
……
ぼやけた視界。
混乱した思考。
その中で、
エデンはかすれた声を漏らす。
「……な……何が……起きた……?」
遠くから、
聞き覚えのある声が届いた。
「……エ……エデン……」
「……逃げろ……」
ゆっくりと、
視界が戻っていく。
――だが。
それは、
決して望むべきことではなかった。
目を見開いた瞬間、
現実が突き刺さる。
引き裂かれ、
歪み、
原形を留めない人間たち。
ねじ曲がった鉄骨。
そして――
彼の目の前で。
アキノが、
一本の鉄の棒に貫かれて倒れていた。
「……せ……先生……」
恐怖に震えながら、
そう呟いた、その時。
――足音。
地面を砕くような、
重い足音が、
こちらへと近づいてくる。
「へぇ……」
掠れた声が、
愉快そうに響いた。
「人間って、思ったより丈夫なんだな」
低い笑い声。
「……逃げろ……」
それが、
アキノの最後の言葉だった。
次の瞬間――
もう一人の男が、
静かに歩み寄り。
一切の躊躇もなく、
アキノの頭部を踏み潰した。
……
飛び散る血。
それが、
エデンの顔に降りかかる。
彼の瞳は、
かつて感じたことのない恐怖に満たされた。
――これは、悪夢だ。
そう思いたかった。
だが――
顔を上げた瞬間。
理解した。
これは、
現実だ。
視線の先にあったのは――
あの時と同じ、
紫の瞳。
だがそこにあったのは、
憎しみでも、復讐でもない。
――哀れみだった。
「……お前……」
震える声で、
エデンは言葉を絞り出す。
「……さっきの……」
「……お前、だろ……?」
「……誰なんだ……?」
「……なんで、こんなことを……!」
男は、
何も答えなかった。
ただ、
視線を逸らし。
隣に立つ相棒へと、
淡々と問いかける。
「……まだ、立ってるのはいるか?」
「いるさ……」
「だが、重要じゃない」
「傷で死ぬのは、時間の問題だ」
「だから言っただろ」
「爆発は、面倒になるって」
すると――
巨躯の男が、
歪んだ笑みを浮かべて言った。
「でもさ……」
「楽しかっただろ?」
その言葉に、
男は即座に吐き捨てる。
「……反吐が出る」
……
エデンの瞳は、
計り知れない苛立ちに満ちていた。
怒りに震えながら、
叫ぶ。
「答えろよ……クソ野郎ども!」
その瞬間。
巨躯の男――
歪んだ笑みを浮かべたリュウの視線が、
エデンの身体を凍りつかせた。
「黙れ、汚いガキ」
嘲るような声。
「もう一言でも喋ったら――」
「喉を裂いて、内臓でマフラーを作ってやる」
「やめろ」
紫の瞳の男――カイが、静かに割って入る。
「そいつに指一本触れるな」
「お前が起こした騒ぎだけでも、十分すぎる」
「相変わらず、つまらねぇな、カイ」
リュウは舌打ちする。
「ちょっとした遊びだろ」
「大したことじゃねぇ」
――その言葉が。
エデンの内側で、
何かを燃え上がらせた。
「……“遊び”?」
乾いた笑いが、漏れる。
「ふざけるな……!」
「人が死んだんだぞ!」
「大切な人たちが、目の前で殺されたんだ!」
憎悪に満ちた瞳で、
エデンは叫ぶ。
「それを……“遊び”だと!?」
「ふざけるな、クソ野郎!!」
リュウは、
ナイフを強く握り締めた。
――だが。
一歩踏み出す前に、
カイがその腕を掴む。
「よせ、リュウ」
「馬鹿な真似をするな」
「離せよ、クズ」
血走った目で、
リュウは笑う。
「そのガキに、教育ってもんを教えてやるだけだ」
「一歩でも動けば――」
「迷わず、お前を殺す」
カイの声は、
一切の冗談を含んでいなかった。
「……チッ」
舌打ち一つ。
リュウはナイフを収め、
背を向ける。
だが――
エデンは、止まらなかった。
「どうしたよ、デカブツ!」
「怖いのか!?」
震えを隠した笑い声。
「ママのとこにでも帰れよ!」
――次の瞬間。
リュウの身体から、
異様な力が噴き出した。
深淵のように黒く、
山のように重いオーラ。
そこには――
亡者の叫びが、渦巻いていた。
「リュウ、やめろ!」
「殺す……!」
「そのクソガキを!!」
リュウのナイフは、
恐ろしいオーラと共鳴するように伸びていく。
その瞳に映るのは、
純粋な殺意だけ。
カイは、
即座に刀の柄を強く握った。
――だが。
誰かが動くよりも先に。
聞き覚えのある声が、
圧倒的な威厳と共に響いた。
「……エデン」
「言っただろう」
「モデルの扱いには、気をつけろと」
穏やかで――
だが、抗いようのない声。
「まぁ、無理もないか」
「育てたのが、ワシみたいなバカだからな」
肩をすくめ、
老人は笑う。
「……じいちゃん……」
カイの表情が、
わずかに歪んだ。
(いつ現れた……?)
(……気配すら、感じなかった)
その老人――ゲンは、
栄光と野性が混ざり合ったようなオーラを放っていた。
獣のように鋭い眼光。
腰には、
地獄よりも燃え盛る剣。
「なんだよ、こいつ」
リュウが、楽しげに笑う。
「面白そうじゃねぇか」
「じいちゃん、逃げて!」
「こいつら……本当に危険なんだ!」
「おいおい、エデン」
「そんなに、祖父を信用しておらんのか?」
「今は冗談言ってる場合じゃない!」
「こいつらは……人を、平気で殺すんだ!」
声が、震える。
「……お願いだ」
「何も起きてほしくない……」
「だから……逃げて……」
涙を必死に堪えながら、
エデンは懇願した。
「おい、ジジイ」
リュウが嘲笑う。
「孫の言うこと、聞いた方がいいぜ」
「これはお前の出る幕じゃねぇ」
……
ゲンの顔に、
怒りはなかった。
憎しみも、なかった。
それは――
迷える子羊を見る、牧人の眼差し。
「……リュウ」
「愚かな真似はするな」
「その男は――危険だ」
だが。
リュウは、
聞く耳を持たなかった。
歓喜の叫びを上げ、
獲物へと飛びかかる。
――次の瞬間。
瞬き一つ。
リュウは、
信じられない光景を目にした。
地面を流れる――
血の川。
遅れて、
自分の身体を見る。
……腕が、ない。
血の噴水の先。
そこにいたのは――
仲間の手首を戦利品のように掲げる、ゲン。
その笑みは、
あまりにも異様だった。
カイの顔は、
興奮と恐怖が入り混じっていた。
「……ありえない……」
エデンは、
呆然と呟く。
「ワシの孫を殴れるのは――」
ゲンは、
肩越しに敵を見据える。
「ワシだけだ」
「だからな……」
「指一本でも触れたければ――」
剣の気配が、
空気を切り裂く。
「ワシを倒してからにしろ、クズども」
――その瞬間。
空が、震え始めた。
まるで――
この世に刻まれる伝説の始まりを、
見届けるかのように。




