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第3章・7:何かが狂った

「――あああああああっ!!」


エデンの意識は、

時空の狭間へと投げ出された。


不可能な世界の断片が、

次々と彼の視界を横切る。


逆流する川。

溶岩の上を漂う氷河。

果てしなく広がる草原。

天に届くかのような山々。

ペリカンの鼻を持つ人間。

雪の中で溶け落ちる時計。

歪み、崩れ、形を失う異形の顔。


……


しかし、

エデンの視線は、

ただ一つの存在に釘付けになった。


「……あれは……?」


彼の目の前に、

二本の鍵が浮かんでいた。


一つは、

天使によって祝福され、

彫刻されたかのように神々しい鍵。


もう一つは、

人類の苦悩と罪を封じ込めたかのような、

重く、忌まわしい鍵。


エデンは、

全ての力を振り絞り、

その鍵へと手を伸ばした。


――シュオォォッ!!


しかし、

時空の奔流は容赦なく、

彼を吸い込み、

一切の猶予を与えなかった。


時間は、

無数の破片となって砕け散る。


エデンの身体さえも、

複数の現実へと引き裂かれた。


顔は分解され、

皮膚、筋肉、血管――

その全てが、

細部まで露わになる。


四肢は捻じ曲がり、

まるで電波の波形のように歪む。


そして――

終点で、

身体は極限まで圧縮され、

まるで内側へ崩壊するかのようだった。


だが、

次の瞬間。


不快なほど静かな沈黙の中、

彼は跡形もなく消え去った。


「――フー、フー……」


眼窩に目を持たない梟が、

その光景を見下ろしていた。


蛇のような身体を、

時計の針のように揺らしながら。


「……目覚めろ」


その口元に、

人間のような笑みが浮かぶ。


……


蝋燭の炎と共に、

シュンとテンザクの瞳の光も、

徐々に弱まっていった。


重苦しい沈黙が、

その場を支配する。


二人の視線は、

胸を深く傷つけられたままの少年――

エデンから離れなかった。


「……何も言うつもりはないのか?」


テンザクが、

視線を逸らさずに問いかける。


「……何を言えと?」


「なぜ、

儀式について何も説明しなかった?」


苛立ちを隠さぬ声。


「本気で、

受け入れたと思うのか?」


「狂ってはいるが、

見知らぬ相手に刺されるほど

愚かじゃないだろう」


低く、吐き捨てるように呟く。


「……本当に、

彼がお前をどう思うか、

気にならないのか?」


「好きに思えばいい」


シュンは肩をすくめた。


「それは俺の問題じゃない」


「自分が“準備できている”と証明できるのは、

あいつ自身だけだ」


「俺を怪物だと思うなら、

それで構わない」


「……相変わらず、

頑固だな、シュン」


テンザクは、

諦めにも似た声で言った。


「いつも強がって、

無理をする……

なぜだ?」


「……脆くなるわけにはいかない」


その言葉は、

テンザクの胸に重く響いた。


彼には理解できない重さ。

それでも――


シュンは、

その重荷を、

一人で背負うことを選んだ。


……




突如として、

世界が――ほんの一瞬だけ停止した。


その一瞬が、

シュンの本能を激しく揺さぶり、

彼の目は見開かれた。


――嫌な予感。


ガキィンッ!!


タルタロスの大地が、

真っ二つに割れた。


巨大な山々が崩れ落ち、

地の底から溶岩の川が噴き出す。


「……ありえない……」


ドォン!!


エデンの身体から、

桁外れの力が解き放たれた。


制御を失った、

漆黒の巨大なオーラ。


その圧倒的な奔流の中で、

彼の傷は瞬く間に再生していく。


シュンとテンザクの顔に、

はっきりと“恐怖”が浮かんだ。


……


一方、

完全に未知の場所で――


玉座に座す十二の存在が、

同時に背筋を震わせた。


額からは、

かつてないほどの汗が流れ落ちる。


手は震え、

心臓の鼓動が乱れる。


そして――

雲の上に玉座を構える一人の男だけが、

歪んだ笑みを浮かべていた。


……


暴走していたエネルギーは、

次第に速度を落とし、

安定し始める。


ゆっくりと、

その力はエデンの身体へと還っていった。


師である二人は、

ただ恐怖に目を見開くことしかできなかった。


その瞬間。


エデンは、

大きく息を吸い込み、

意識を取り戻した。


「エデン!!」


テンザクが駆け寄る。


「大丈夫か!?

中で、何が起きた!?」


エデンの視線は虚ろで、

起きた出来事を理解できていない様子だった。


「……どれくらい、

ああしてた……?」


虚空を見つめたまま、

問いかける。


「三日だ」


シュンの声。


その声を聞き、

エデンはゆっくりと顔を向けた。


シュンは冷静なまま、

淡々と言う。


「言いたいことがあるなら、

今、言え」


……


ズァス――ドンッ!!


次の瞬間。


エデンの拳が唸りを上げ、

凄まじい衝撃と共に

巨大な砂塵を巻き上げた。


「満足か?」


シュンは、

何事もなかったかのように問う。


砂埃が晴れる。


そこには――

エデンの渾身の拳を、

片手で受け止めるシュンの姿。


「……まだだ」


二人の視線が交錯する。


抑えきれない怒りが、

その瞳に宿っていた。


エデンの頬から、

一滴の雫が落ちる。


――パシャッ


その瞬間、

激しい攻防が始まった。


ドン、ドン、ドン、ドン!!


エデンの攻撃は、

常軌を逸した速度。


しかし、

シュンは難なく食らいつく。


カン、カン、カン、カン!!


すべての攻撃が、

寸分の狂いもなく防がれる。


ズァス――ドンッ!!


エデンは脚を踏み込み、

自らの軸を回転させ、

鋭く、重い回し蹴りを

シュンの首へ叩き込んだ。


カァン!!


シュンは腕を上げ、

正確に受け止める。


ズァス――バシッ!!


次の瞬間、

シュンの手刀が

外科医のような精度で

エデンの顔面を打ち抜いた。


一瞬、

意識が途切れる。


「……くそ……」


ズァス――ドンッ!!


続けて、

強烈な一撃が

エデンの腹部を貫いた。


「――ぶはっ!」


衝撃と共に、

大量の唾液が口から飛び散る。


シュンは、

力尽きた少年へ

ゆっくりと歩み寄る。


ふらつきながら顔を上げたエデンは、

シュンの“殺意を孕んだ視線”と目が合った。


「……もう満足か?」


低く、確かな声。


「弱くはないな」


皮肉めいた笑み。


(何が起きている……?)


テンザクは唖然としていた。


(俺ですら、

動きを追えなかった……)


(それどころか……

シュンの攻撃に反応している……)


(中で、一体何が……?)


……


ドサッ


「……え?」


エデンは、

力尽きたように地面へ倒れた。


「シュン……

何が、起きたんだ……?」


「心配することじゃない」


興味なさげに答える。


「力の覚醒には成功した。

それが重要だ」


「だが……

速さも、力も……

制御できていなかった」


「まるで、

ゼンカが歪んでいるようだった」


「……確かに、

流れ方が特殊だ」


「だが、

今は結論を出せない」


「……ああ」


「目を覚ました時に、

真実が分かる」


「どういう意味だ?」


「――何かが、失敗している」


「……ありえない……」


テンザクは、

気を失ったエデンを見つめた。


今は穏やかに、

自然に流れるエネルギー。


それでも――


深淵の底から響いた

“何かの咆哮”が、

彼の血を一瞬で凍らせた。


その瞬間、

確信した。


――この少年の力は、

もはや理解の範疇を超えている。

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