第3章・5:城の守護者
静寂と冷気が、
その暗く不気味な広間を支配していた。
テンザクは黙々と準備を進め、
シュンとエデンは並んで腰を下ろして待っている。
「……二人とも、なんでそんなに深刻な顔してるんだ?」
エデンは床から目を離さぬまま、問いかけた。
「失敗した時の代償がな……」
「……かなり高い」
「どれくらい高いんだよ?」
……
「――死だ」
「……は?」
エデンは、
苦い表情でシュンを見た。
「何言ってんだよ、ピンク頭……」
「なんで俺が、
こんな危険なことをやらなきゃならないんだ?」
「禅化に到達する唯一の方法だからだ」
「……冗談だろ」
「そうだといいんだが……」
シュンは、
引きつった笑みを浮かべて呟いた。
「有史以来、これしか方法がない」
「過去の自分を捨て、
新しい自分へ生まれ変わる儀式だと言われている」
「誰だよ、
こんな自殺みたいな方法を考えた馬鹿は?」
皮肉を込めて、エデンが言う。
「前向きに考えろ」
「お前の“馬鹿な部分”を置いていけるかもしれない」
「……殺すぞ、クソピンク」
「触れることすらできないだろ、馬鹿」
……
二人は顔を見合わせ、
束の間――
重荷を忘れたように笑った。
「――準備完了だ」
最後の蝋燭を置き終え、
テンザクが告げた。
三人は立ち上がり、
儀式の開始に備える。
だが――
エデンが一歩踏み出す前に、
シュンがその肩に手を置いた。
「忘れるな、エデン」
「……ああ。
無茶はしない」
「生まれ持った属性の要素を確認するだけだろ?」
「そうだ。
道は一本しかない」
「その通路を進めばいい」
「任せろ!」
その時の記憶は、
風に舞う塵のように消え去った。
今となっては、
すべてが戯言のように思える。
「……はは。
何が“簡単”だよ……」
エデンは、
乾いた笑みを浮かべて呟く。
「冗談にも程がある……」
目の前には、
終わりの見えない無数の道が広がっていた。
「……それに」
「さっきのは何だったんだ?」
胸元に手を当て、
傷を探す。
「……戻ったら、
絶対ぶん殴ってやる」
……
その瞬間――
空気を真っ二つに裂くような音が響いた。
ドゥン――クラッシュ!!
錆びついた鉄の斧が、
凄まじい衝撃と共に地面を叩き割った。
「なっ――!?」
エデンは、
紙一重でそれを回避し、
転がるように身を翻す。
ドンッ!
ついに、
重厚な壁へと叩きつけられた。
「ぐあっ……!」
「……くそ……痛ぇ……」
頭を押さえ、
呻くように呟く。
ドゥン……ドゥン……
その音に、
エデンの顔色は一瞬で青ざめた。
「……ふざけてるだろ……」
ドンッ!
彼の前に現れたのは――
全高三十メートルを超える、
錆に覆われた巨大な鉄の戦士。
冷酷で鋭い視線。
手には、
血錆に染まった大斧。
「……死ぬ……」
ドンッ!!
衝突の衝撃で、
巨大な粉塵が巻き上がった。
……
「……よ、ようこそ……主よ……」
その存在は、
機械が軋むような、途切れ途切れの声でそう告げた。
舞い上がっていた粉塵が、
ゆっくりと静まっていく。
エデンは、恐る恐る目を開いた。
――生きている。
自分の身体は、
驚くほど無傷だった。
そしてその眼前には、
片膝をつき、頭を垂れる一人の騎士。
「……な、何が……?」
「この時を、長く待っておりました……主よ」
その声には、
どこか温もりが宿っていた。
「……き、君は……?」
「あなたの僕――
錆時神」
エデンは、思わず小さく笑い、呟いた。
「……どうなってるんだよ、これ……」
サビトキガミは、
巨大な鉄の手を差し出した。
「どうか、私に案内させてください……主よ」
「……は、はい……」
ドゥン……ドゥン……
ドゥン……ドゥン……
その巨躯の歩みは、
過去の残響のように、空間全体に響き渡る。
エデンは、
その肩の上に座り、黙したままだった。
頭の中は、混乱で満たされていた。
何一つ、
理解できていなかった。
「……俺、君が待ってた人間じゃないと思う」
エデンは、ぽつりと呟く。
「全部が、混乱してる……」
「この世界を知れば知るほど、
自分のことが分からなくなる」
……
沈黙が、その場を包み込む。
だが――
サビトキガミが、それを破った。
「……お気になさらないでください……」
「……え?」
「この場所での私の使命は、
“彼”を待つことでした……」
「ですが……
彼は、戻ってこなかった」
その言葉に、
エデンの喉が締め付けられる。
「……寂しくは、ありませんか?」
エデンは、そう尋ねた。
「何が……ですか?」
「こんな場所で、
ずっと一人でいることが……」
「……ええ」
サビトキガミは、
わずかに微笑んだ。
それは、痛みを湛えた笑みだった。
「ですが……
きっと、意味のある時間だったと信じています」
「……彼を、信じていますから」
エデンの顔にも、
同じように痛みを含んだ笑みが浮かぶ。
……
ガシャァン!!
突如、
エデンの意識が砕け散った。
「うあああああああッ!!」
「エデン!!」
彼は、
激しく身をよじり、苦しみ始める。
頭の中に、
洪水のように流れ込む映像。
二振りの剣。
一つの誓い。
戦争。
翼。
角――
叫び声と共に、
それらは容赦なく脳裏を侵食していく。
そして――
ほんの数秒で、
すべては消え去った。
エデンは、
なおも巨像の肩にしがみつき、
荒い呼吸を繰り返していた。
(な……何だったんだ……今の……)
「エデン!
大丈夫ですか!?」
「……だ、大丈夫……」
「今のは……
一体、何が起きたのです?」
「……分からない……」
エデンは、
涙を零しながら、そう呟いた。
……
二人は、果ての見えない回廊を進み続け、
やがて――
巨大な扉の前に辿り着いた。
その扉からは、
黄金色の膨大なエネルギーが脈打つように流れている。
サビトキガミは、
その巨大な手のひらから、
細心の注意を払ってエデンを地面へと降ろした。
「……着きました」
巨像は、静かに告げる。
「この扉を越えれば、
あなたが望んだ場所へ辿り着くでしょう」
「何があなたを、この場所へ導いたのかは分かりません……
ですが、それが偶然だとは思いたくない」
「……俺も、そう思いたい」
エデンは、
わずかに微笑みながら答えた。
そして――
小さな拳を突き出し、
満面の笑みで言った。
「また会えるといいな、相棒」
その言葉に、
サビトキガミはわずかに目を見開く。
その顔に映るエデンの姿は、
かつての“主”と重なっていた。
「……ええ。
私も、そう願っています……相棒」
二人は、
拳と拳を打ち合わせた。
それは、
友情の誓いだった。
……
エデンは、
一歩、また一歩と、
その扉――未知の門へと歩みを進める。
不安は、
身体にも心にも渦巻いていた。
だが――
彼は、振り返らなかった。
やがてその姿は、
黄金の光の中へと、
静かに溶けていった。
それを見届けながら、
サビトキガミは空を仰ぎ、呟く。
「……主よ、どうか彼の道を導いてください」
「あの子は、
あなたと同じ光を宿し、
同じように微笑んでいます」
「……間違いなく、
世界をひっくり返す存在となるでしょう」
……
眩い閃光が、
エデンの視界を貫いた。
一瞬、
何も見えなくなる。
やがて、
ゆっくりと視界が戻っていく。
エデンの口元に、
自然と笑みが浮かんだ。
目の前には――
まるで銀河の中心に存在するかのような、
巨大な広間。
壁も、床も、天井も、
すべてが宇宙そのものに彩られていた。
そして、その中央には――
六つの輝く球体。
それぞれは、
奇妙な紋様が刻まれた
六つの手によって支えられている。
球体の中には、
六つの文字が刻まれていた。
水。
火。
地。
風。
光。
闇。
「……ようやく、辿り着いた」
エデンは、
決意に満ちた眼差しで、そう呟いた。
その瞬間――
誰も気づかぬまま、世界は変わり始めていた。
天秤は、
ゆっくりと――
片側へと傾き始める。
そして、
いずれ必ず――
世界は、
終焉へと辿り着く。




