第3章・2:超人
エデンの視線は、
その黒い外套へと向けられた。
「悪いな、服のセンスはあまり良くなくてさ」
シュンは笑いながら肩をすくめる。
「……結局、お前が俺の最初の弟子だからな」
「ありがとうございます……」
エデンは、心からの笑みを浮かべて呟いた。
その瞬間。
エデンの瞳に宿った光を見て、
テンザクとシュンは思わず目を見開く。
「……どういたしまして」
エデンは外套を自分の服の上から留め、
無邪気な笑顔を浮かべた。
「ぴったりです」
そう言って、
まるで宝物を見るかのように見つめる。
(……本当に、変な奴だな)
シュンは心の中でそう思った。
―――
エデンは、
そのささやかな贈り物をいつまでも眺めていたが、
シュンが口を開いた。
「説明したいことは山ほどあるんだが……」
「どこから話せばいいのか分からなくてな」
そして、
横に立つ人物を指差しながら言う。
「まずは、あの不機嫌そうな顔のパンク野郎を紹介するか」
「……え?」
(……殺す)
テンザクの瞳に、
怒りがはっきりと宿る。
その気配を感じ取り、
シュンは小さく笑った。
(……殺す)
「こいつがテンザクだ」
シュンは軽い口調で言った。
「で……こいつは一体、何をしてるんだ?」
「……本気で聞いてるのか?」
「本気だ」
……
「……全部だ」
「なるほどなぁ……」
「つまり、手下でしょ? 部下? 執事? 弟子? それとも……」
「……ベビーシッター?」
シュンは、間の抜けた笑顔で続ける。
「……えぇ……まぁ、そんな感じです」
(……今の何だったんだ?)
エデンは完全に混乱していた。
「ま、細かいことはいい」
「俺のテンザクってことで」
「……は、はい……」
―――
フゥゥゥゥ……
風が吹き抜け、
その場に気まずい沈黙だけが残った。
「……それで?」
エデンは目を細めながら、シュンを見つめた。
「まだ何か付け加えることはあるのか?」
「ああ、そうだったな」
「お前が、あの獣たちに勝てなかった理由が分かるか?」
「……剣がなかった以外で?」
「何でも答えを持ってるな、お前は」
「まぁ、そんなところだ」
(……なんだこの空気は)
テンザクは、妙な緊張感を覚えながら二人を見つめていた。
シュンは小さくため息をつき、淡々と続けた。
「お前が何もできなかったのは――弱いからだ」
その言葉は、
容赦なくエデンの誇りを打ち砕いた。
「だが、それだけじゃない」
シュンは続ける。
「あの獣たちは、ただの拳や力任せの攻撃じゃ傷つかない」
「影響を与えるには――ゼンカを使う必要がある」
「……ゼンカ?」
「そうだ。あらゆる生命に宿る生命エネルギーだ」
「もちろん、人間にもな」
「そんなの……ありえない」
エデンは首を振った。
「俺の世界で、そんな力を使える人間なんて見たことがない」
「それは、自覚していないだけだ」
「この世界では常識でも、お前たちの世界では科学と神秘の狭間に埋もれた謎だからな」
「その結果、人類は――」
「本来の可能性の**0.01%**しか引き出せない、取るに足らない存在になった」
「……けどな」
シュンは、エデンを真っ直ぐに見た。
「お前は例外だ」
「……え? どういう意味だ?」
「自分の身体能力が、常識を超えている理由を考えたことはないか?」
「……そう言われれば」
「昔から、速すぎるとか、持久力がおかしいとか……よく言われてた」
「それがゼンカのせいだって言うのか?」
「ああ」
「お前は無意識のうちに――**1%**を解放していた」
「つまり……」
「俺の能力は、普通の人間の百倍……?」
「その通りだ」
「だからこそ、無自覚のままでも身体が“人間以上”の領域に触れていた」
「だが――それでも足りない」
「この残酷な世界で生き抜くには」
「そして、祖父を見つけ出すには――」
「ゼンカが必要だ」
「……どうすればいい?」
エデンの瞳には、迷いのない覚悟が宿っていた。
「まだ早い」
シュンは即答した。
「今の身体じゃ、代償を払わずに耐えられない」
「お前は、棘だらけの道を進むことになる」
「あまりにも過酷で――死が報酬に思えるほどだ」
「……それでも、進む覚悟はあるか?」
「はい!」
「ならば――」
シュンの声が低く響く。
「ゼンカの儀式への道を、今ここから始めよう」
―――
二人の視線は、
今までにないほど激しく燃え上がっていた。
その瞬間、
彼らは理解していた。
もう――戻ることはできない。
光と闇が交錯する道。
人としての意味が、次第に失われていく道。
それが――
エデン・ヨミの、真の始まりだった。




