第九幕:哲学者が愛するは美ーー
ああ、恋や愛の形は、
それぞれだけどーーボクはどう語れば良いか?
やあ、君。ボクはどこから語ればいいか迷ってる。
微妙な境界線なんだよ。
悲しみに寄れば悲劇。
喜びによれば喜劇。
どちらも寄りすぎると、
滑稽になる。ーーまあいいさ。
ボクらは今、大衆浴場の裏の空き地にいる。ここでは、たびたび恋人たちが囁き合う。
だけど今、ここにいるのは哲学者とリュコスなんだ。
リュコスは大げさな身振り手振りで、
哲学者に話をしている。
彼に物語を聴かせていたんだ。
リュコスは暗褐色の肩まで伸びた髪を風にゆらせて、青いペプロスに身を包んでいた。膝には哲学者の頭を乗せてね。
リュコスは、女の子の格好をしてた。
彼は時々、膝の上で微笑む哲学者の髪を愛しそうに撫でている。
彼らはこんな風に話してたよ。
「アフロディテは、あまりにも美しすぎた!あのトロイアの悲劇の王子すら、アフロディテを選ぶのに悩まない。」それから彼は両腕を広げた。
「王子め、本当は、アフロディテを選びたかったようだけど、神と人間がリスクもなしに結ばれることはないんだ。王子は、可哀想に人間の人妻を授けられた。神の神妻のほうがいいのにな。哲学者は誰かのもの欲しがる?」とリュコスは微笑む。
「モノによる。だが、破滅はごめんだーー」と哲学者は答えた。
ボクは彼の話を聴きながら、
今度、君に同じ話をしてやろうと決めた。
なぜかって?
君の語り部は、ボクだからさ。
この二人の時間は、その日だけじゃなかった。時間があれば、彼らは市場を抜け出して、二人の物語を交わす。
「ーーそれよりも、二人の時は私の名を呼ぶって言ったろ?」と哲学者は不敵に笑う。リュコスは周囲を見回す。
「だって、誰かに聞かれたらーー」と言いながら、哲学者の耳に名前を囁く。
その名前を少年の口から聞いて、彼は満面の笑みを浮かべるんだ。
二人が物語を楽しむ中、クリュシスは自分の店で、いろんな商品を売っていた。彼女の店は、オリーブだけじゃなく、布や陶器も売るようになった。
「あの二人、また抜け出してーー」と爪を噛む。
彼女は、子どもを宿したことがなかったが、まるで二人目の弟ができた気分になっていた。
市場の騒ぎは変わらず、幸せな時間はたしかにあった。
だが、彼女は姉として弟のごっこ遊びを注意するつもりだった。
恋人ごっこなんて、
危険な遊びはーー。
(こうして、第九幕は恋人ごっこで幕を閉じる)
二人の幸せな時間をかけて満足してはいられない。
幕引きというものがあるからだ。




