第八幕:市場の舞台作家
さあ、市場に行こう。
そこには、多くの人々が集まっている。
ボクらは観客として、見よう!
やあ、君。ボクらは今、アテネのアゴラの市場にいる。
ここは、街で生きる人たちが、
ぎゅうぎゅうに集まってくる場所で、
焼きたてパンや、
釣ったばかりの魚の屋台、
陶器や布を売ったり、
オリーブをバラ売りしてる人もいる。
黄金の名を持つクリュシスも、オリーブを安く仕入れては、
市場に来る人たちに売る。
他には彼女の母親が織った地味な布を、売ったりしていた。
でも、あんまり売れてなかったようだ。
第七幕では、少年リュコスに一目惚れした哲学者が彼を守ると誓ったところを見た。
で、次は?
そうだね。ショーが始まるのさ。
クリュシスの簡易な木造りの出店の前に、哲学者が仁王立ちをしてる。
大賑わいの行き交う人々を鋭い目で睨み、彼は白いキトンを身につけていた。
色でごった返した市場の中の天使のように。
彼はごほんと咳払い。
彼を見た人は立ち止まる。
そしたら、彼は詩を歌い始めたんだ。
明日のためには食わねばならぬ
食うためには、働かなきゃならぬ
家には腰の曲がった老婆がいて
いてて、いてて、
腰撫でる。
色気なんざありゃしない
色気といえば、
なにがある?
さあさあ、そこいくお姉さん。
色気といえば、あなたの唇
されど、持ち運ぶには
ちょっとばかし刺激的!
そんなら、こちらはどうだろう?
黄金の名を持つ女性
クリュシスの店のオリーブさ!
彼女の色気は見なきゃ損
オリーブ買ってウインク
チャンスをつかめ!
オリーブ買って心をつかめ!
そうすると、クリュシスの後ろから、
狼の名を持つ少年が飛び出た。
哲学者と同じ白いキトンを着て、
手足もキレイに磨かれていた。
「さあさあ、
姉貴から買うのが恥ずかしいなら、
オレが手渡ししちゃおうか!」
耳を真っ赤にさせて、オリーブのカゴを持って、少年が客の間を走り回る。
哲学者は繰り返し歌い、
少年がオリーブを売っていく。
市場の風景が、昨日までと変わった日だった。
彼らがトラップハウスに戻ったのは、夕方だった。
クリュシスが仕入れてたオリーブは売り切れて、新たな仕入れにリュコスが走る。
哲学者は疲れたから、クリュシスの店の裏で横たわる。
そういう一日が終わった。
食事は昨日と比べると、
豪華なモノさ。
魚やパンが皿の上に乗っかる。
市場の出店で買った食べ物が土床に並ぶ。
そこからボクは一つとって半分に割り、君と分ける。
「姉貴!パンが消えた!」とリュコスがボクらを見たけど、気にしない。
話をするのも疲れるからさ。
クリュシスは、目の前の光景を夢みたいだと呟いて、哲学者の手を握る。
「あなたって、すごい。私たちじゃ思いつかなかったわ」と目を潤ませて言う。
「良かったら、ずっといてほしいわ」と彼女は微笑む。
暗い女のイメージは、どこへやら。
オリーブ肌の熱い女性がそこにいた。
哲学者は照れて微笑む。
だけど、ボクらは気づく。
リュコスの目に宿っていたのは、怒りを含んだ狼の目だった。
二人が微笑むのとは対照的に。
彼は下唇を噛んだ。
(こうして、第八幕は狼の目で幕を閉じる)
黄金と哲学者が近づくことで、
狼の目が光る。
姉弟の仁義なき戦いの予感。




