第七幕:哲学者の誓い
あの冷酷な哲学者の心が揺らぐ。
彼の心を揺さぶるのは、一目惚れ??
やあ、君。人間どんなに頭で生きようと願っても、ある日突然訪れるのは、悲劇だけじゃないぜ。
乾いた心を染み込ませるもの。
第六幕では、師のソクラテスを離れ、平民のクリュシスを利用して、商売を始めようとした哲学者は、彼女の弟を見て、呆けちゃった。
そうさ、哲学者は一目惚れをしたのさ。あろうことか、アテネの平民の少年にね。
ボクらは今、平民街の中でも、汚くて貧乏な家にいる。レンガを積み上げただけのものだ。
地震がきたら、壁がそくざに崩れて、住人がせんべいみたいに引き伸ばされそうなトラップハウスだ。
ああ、神さま!どうか、ボクらにそんな悲劇を与えないでください。
さて、物語を進めよう。
「星の海から降りた星の子ーー」と切なげに哲学者は呟いた。
そんな家の中で少年は、哲学者の呟いた言葉を聞いて、頬を赤く染めたんだ。
「ーー星の子? オレが?変な兄さんだね。姉貴の男?」と哲学者に近づく。
ちょうど、彼の胸の辺りに頭がくる背丈だ。細身の体には薄汚れたキトンを見にまとっていた。哲学者の胸に触れた手はあかぎれで皮膚はひび割れ、左足が少し曲がってた。
彼の生活が、過酷なものだと分かる。
少年の名は、リュコスと言った。
これは狼の名なんだ。
彼はボロボロだけど、
若くて賢かった。
だけど、彼は自分の持つ夢に関しては、決して折れない。
そんな頑固なところがあって、たびたび周囲とぶつかっていた。
そんな所も哲学者の心を揺さぶるんだ。
少年の海のような瞳は、哲学者が傷つけた哲学の師を思い出させた。
つい先ほど離れたばかりなのに、
彼には遠く感じたんだ。
哲学者は言葉を選んだ。
ゆっくりと、吐き出すように、リュコスにむけて話した。
「君の、お姉さんとは、そんな関係じゃない。彼女さえ、良ければ、そうなりたいと、思っている」とね。
それを聞いて、少年は更に目を輝かせる。
「そうなんだ!ねえ、オレの宝を見にきなよ!星の子って猫もいる!」
そういうと哲学者の左手を掴むと家の中に引き込む。
あのトラップハウスの中に、
ボクらも入らなきゃならない。
ボクは君の背中を軽く押す。
少年の部屋は、
藁を置いた倉庫のすみっこだった。
そこに、割れた陶器のカケラがツボの中に入っていた。
ツボの近くの藁には黒い子猫が寝ている。額には星のような白い点があった。闇の中の星のように。
哲学者を片目で見て、また目をつぶる。
「星の子だ。さっき、アンタが言った名前と一緒だな。へへっ」と彼は鼻をこする。
それから、ツボの中の割れた陶器を大切そうに掴むと、月の光がさす窓にかざす。
「これが、オレの夢だよ。陶芸家になりたいんだ。」少年は微笑む。
「月に照らすと、光をまとうモノ。きっと作れるってーー」
哲学者は少年の側に座り込み、彼の手を包み込む。
「私は君を守るよ。」と哲学者は言った。
(こうして、第七幕は陶器のカケラによって幕を閉じる)
このようにして、哲学者は誓いを立てたのさ。