第十七幕:語り部と神々
やあ、君。こんな所に潜り込んできたのかい?
ここは、愛の女神アフロディテの神殿だ。ボクらは、あの神が去った後を見ている。
神殿の中にいる。大理石の床がどこまでも奥へと伸びていた。七段の階段があって、その上には、かつて女神がいた。代わりに、黄金の名を持つクリュシスがいた。彼女の目の前に闇があり、その中で無数の目が見え隠れする。
『女神が去った。永遠にーー』と闇が囁く。
クリュシスは、その光景を見て頬をひきつらせた。
「私は関係ないーー」と彼女はいう。だけど、次の言葉が続かない。
闇の目たちが、彼女の魂をまさぐって彼女の言葉を先に読んだ。
『女神のカケラだ...女神は去らぬ。だが、このままでは...』
彼女の周りを音が竜巻のように回り込む。
『語れ、女神のカケラよ。汝の物語を我々に』とクリュシスは可哀想に怯えていた。
「私は、アテネの市民、クリュシス。黄金の名を、持つ者だ...」と掠れた声を出す。
『続けよ、クリュシス。』
声に慈悲が宿る。
「私の父は職業軍人で、
戦争で死んだ。もういない。
私の母は織物職人だ。
私の弟は、陶芸家の見習いだ。」
彼女の口から流れるように、
彼女の世界が紡がれる。
ボクは、あんなのイヤだ。
だって...、プライベートなんてない。
傲慢で、拷問みたいなやり方だ。
ヤツらは容赦なく語らせる。
君、彼らを止める気?
よしたまえ。
ボクの警告は、
ーーこれだけだ。
彼女は語る。神々の前で。
それだけなんだ。
ボクは君に彼女の名誉が、
傷つかない程度に話そう。
「弟が、哲学者の名前を私に教えた時、ああ、やっぱりと思った。
あの子らは私を、バカにしてたと思った。
私は市場の中で、笑顔を向けて、
声をはりあげて稼いだわ。
だけど、あの子らは二人で抜け出す。
私は置いてけぼり。
弟が、私に対抗したいと思ってたのは知ってた。だけど、私は弟がそんなに思いつめたとは思わなかった。
あの子は、私の邪魔ばかり。
私は、あの子が邪魔で、いなくなればと、思ってた。
あの子がいなくなった時、彼は私のものとなった。彼がーー」
彼女の告白が、神殿に響き渡る。
ボクらは、黙って聴いていた。
どろどろとした地獄のような時間がやがて終わる。
彼女はポツポツと、物語を紡ぐ。
母親が織物を織るように、目が虚になっていく。
彼女が変わっていく。
暗褐色の髪が輝きだして、
薄い瞳が水色へと変化した。
『ああ、良かった。』と声が、嘲笑う。
『これで我々は語り継がれる事になる。誰も欠けることなくーー』
ねえ、君、安心しろよ。
これから数百年したら、
神々の立場は変わる。
物語が変わるのさ。
良い方に?
ーーわからない。
これこそ、無知の知さ。
さ、早くお逃げーー。
(こうして、第十七幕は神々の目により幕を閉じる)




