最終話
間一日の朝、その日もまた巨大なレンズのような晴れ間が広がった。
テレビでは梅雨が明けたと伝えられている。紅茶を飲み、食パンにアップルジャムを塗って口に放りこむ。
家を出た。宮下さんからは不在着信が七件。今日はどうしても彼女と話をしないと。
すると、高架の下まで来たところで側方から誰かが突っこんできた。いつもの反射神経はなりを潜める。避けられない。僕たち二人は絡まるようにしてすっ転んだ。
「いてえ」
眉をひそめる。ぶつかってきたのは女子中学生だった。向こうも「あいたたた」と膝を押させている。
「おい、大丈夫か?」
「ん、いけるいける」
女子中学生はすぐさま立ち上がり、ぴょんぴょんと跳ねた。
「今から試合だから、行かないと」
見上げた先、駐輪スペースを区切る浅葱色のフェンスを背景として、すっと通った鼻があった。ぱっちりと開いた瞼には涼しげな水鏡。よく知っている顔だった。僕が一昨日まで、毎日見てきたあの顔がそこにあった。
「初美?」
「ん? なんであたしの名前知ってんの? もしかしてアブナイ人?」
「お前……はは、中学生だったのか」
初美は眉根を寄せて僕を見る。地面に置かれている彼女のスポーツバッグには『木下』という刺繍が貼りつけられていた。
「木下……お前、木下だったんだ!」
「むむむ……さらに怪しい。おまわりさんのとこ、いく?」
僕は手を立てて、ごめんごめんと謝る。
だけどその後、余計なひとことを言っちまったもんだから、顔面に初美の蹴りをくらうという残念な『初対面』になってしまった。しかもモロだぞ。頬骨の辺り。
「やっぱり、かわいかったんだな」
僕は初美にそう言ったことを後悔していない。放った言葉は戻らないし、戻す必要もない。
だから僕はあいつと次に出会った時のために、少し会話の作戦を練らないといけない。
初美は全速力で走る。そのうち、駆け足の幅はどんどん大きくなった。
UFOのような雲の峰に向かって突き進む初美の背中の手前に、僕は幻想の窓を見たような気がした。その窓がなんなのかは、今日考える。
了
Ending theme: “窓の中から” by BUMP OF CHICKEN
Listen here:https://www.youtube.com/watch?v=Ze-n8ze2g4g




