第五話
夜、二十一時。僕はずぶ濡れになったまま、家へと帰った。雨はまったくやまなそうだし、ようやく頭の回転が元に戻ってきたので、僕はゴミ捨て場においてあった女性向け月刊誌を傘代わりにして家へとダッシュを決めた。
「うわー、ずいぶんやられたね」
初美が大きく口を開けて言う。
僕は黙ったままクローゼットからバスタオルを取り出し、頭にかけた。
「やれやれ、達也は今日もデートですか。雨もひやかしたくなったんだろうね。ひゅーひゅーだねー」
「宮下さん、僕のこと好きらしいよ」
「さぁさぁ、退屈してたんだから早くテレビを……って、え?」
「これ」
僕は初美の前に、傘代わりにした女性月刊誌を投げた。
表紙には『今アツい! ビーハイブのプリーツ大攻略!』と書かれている。
僕はバスタオルを頭から外し、あぐらをかいたまま初美の顔をじっと見つめた。
「でも僕は、宮下さんとはつきあわない」
「……なんで? 宮下さんってすごく美人で、学校でも有名なんでしょ?」
そこで、大きく息を吸った。左胸を二回くらい叩いた。けして恥ずかしいことじゃない。言っても僕は死なない。だけど、こんなことを言うのは生まれて初めてだった。
「僕は、初美のことが好きだから」
言って、わかったことがある。
言っても死なない、んじゃない。
言えば僕は、ぬるぬるとした『生』を全身で感じることができた。全身で血流を押し流しているようだった。どれだけ頑張っても鼻息がおさまらない。こんなの無茶苦茶かっこ悪いんだけど、無茶苦茶にかっこよかった。初美のことを好きだと言えて、ほんとによかったと思う。
なのにだ。
「アンタ、ヘンタイ?」
「なっ……」
初美はふう、と息を吐く。
「あたし窓よ? 単なる窓よ? 食べることも匂いをかぐことも、外に出ることもできないのよ? しかも天秤の片方が学校の美少女? なんであたしを選ぶのよ。この、ヘンタイさん」
「そ、そんなこと言うなよぉ。せっかく頑張ったのにさ」
僕はいつの間にか、声色や呼吸の調子がいつものとおりに戻っていることを自ら知った。
「あたしを選んじゃ、デートできないぞー」
「い、いい! 家デートってのもあるんだからな!」
「ラブホにも行けないよー。××もできないよー、どうするどうする?」
「そ、それは……」
にゃははは! と初美は笑った。なんだいそりゃあ。こうなったら意地だ。僕は腕を組んで初美の顔を凝視した。初美は笑いを止めて、それでも頬は少し上がっているようだった。
「まあ、学校のアイドル宮下さんがあんたを選んだのもよくわかるわ。あんたは、いい意味で単純なのよ」
「単純?」
「そう。人におすすめされたらなんでもためしてみるでしょ? だからあたしの『呪い』なんて嘘っぱちにも、うまいこと引っかかってくれたんだけどねー」
「それは初美だって同じだろ。だから僕は初美のことが好きだって言ってんだけどな」
初美は口を開けようとして、止めて。
それから、澄んだ声で言った。
「ありがとう」
「う、うん」
今のって、僕の告白を受け入れてくれたと思っていいのかな。……難しい。恋愛って難しいですよ。でも、生きてるって、思えるよ。
「達也は……こんな窓に恋してるようじゃ、だめね」
初美の言葉は、遠くに向かっていくようだった。僕はあぐらをかいたまま、初美のすぐそばまで近づく。初美は「おっと、ストップ」と言ってから、
「今夜は久しぶりに、たくさんお話しよっか」
「ああ、そうだな」
僕がなにをしようとしているか、見抜かれたらしい。僕はハッピーターンをもってきて、初美の横に寝転がる。遠雷の響く中、僕たちの夜の会話が始まった。




