第四話
七月に入って、僕と宮下さんの交流は多く、そしてより深くなっていった。
映画にも行ったし、ショッピングにも付き合った。晩御飯を一緒することも、毎日のようになった。その分、初美と話す時間は減っていったというわけだ。
ある日、同じ学部の友達がこっそりと教えてくれた。
「宮下さん、ずっと前から達也のことが好きなんだぜ」と。
今の今まで教えてくれなかったのは、少々のやっかみがあったかららしい。ま、それを友達の口から聞くのもどうかと思うけど、とにかく僕はびっくりした。
「中川くん、この前おすすめした紅茶、どうだった?」
宮下さんの笑顔が眩しくて、正面から見ることができない。目の前にいる、この綺麗な人が僕のことを好きだなんて。いったん考え出すと、意識するのをやめることはできなかった。
「うん。まあまあ」
「よかった」
「お返しに、僕もおいしいチョコレートをプレゼントしようと思うんだけど……」
ちょっと声がうわずる。
だけど僕の目の前で、宮下さんは腕で大きなバツをつくった。
「ごめん、私、チョコレート苦手なの」
「あ、ちょうどよかった。チョコレートがだめな人でもおいしく食べられるらしいよ。ココア風味を強くしてるんだって」
「それでも、嫌なものは嫌よ」
「そう……」
国道の高架の下は、ひんやりとして静かだ。蝉の声だけが鼓膜に響いている。宮下さんのロングワンピースはいつもに増して清楚なように見えた。
「あのさ」
言いながら話題を探そうとしたその時、僕たちの横を中学生と思しき女子たちが黄色い声を上げて駆け抜けていった。咄嗟に小さな横跳びで道を開ける。どうやら中学生たちもテスト期間とかで半日授業に移行しているんだな。
「……わね」
「ん?」
「うるさいわねえ、あの子ら。私、中学生の時はもっと落ち着いてたわよ?」
「あー、めっちゃわかる。イメージできる。宮下さん、飄々としてそうだもん」
「ま、そんな感じかな。ところで中川くん」
宮下さんの声の調子はいつもと違ってまじめだ。僕は空気の色が変わる瞬間を覚えた。
「私が中川くんのことどう思ってるか、誰かから聞いた?」
う、と呻く。
ここはどう答えたらいいのだろう。正直に話すべきか、あるいはうまくごまかしてみせるべきか。ただ、回答までの時間は数秒も許されない。
「まあ、あの、聞いたけど、それって」
宮下さんの瞳に対して、嘘をつくことはできなかった。
「余計なこと言ってくれるわねえ。でも、それは、ほんとよ」
「そう」
変な返しだったと、自分でも思う。宮下さんにここまで言わせているのだから、僕からコクるか、あるいは先回りをして断るか。最後の詰めは僕の仕事だったはずだ。
だけど言葉が出てこなかった。これまでの僕は、宮下さんと仲良くなれて嬉しい、という単純な喜びしか感じていなかった。その瞬間、初美の抑揚のない表情が浮かんだのも事実だ。どうして今関係のない初美の顔が、と不思議に思う。
棒立ちになる僕をじっと見て、宮下さんは眉をほとりと落とした。
「あーあ、帰りに買い物していこーっと」
背を向けて、腰の後ろで手を組む宮下さん。
「ちょっと……」
「待たないわよ。……今はね」
意味が分からない。僕は手を伸ばしたままの格好で、アスファルトに縫いつけられたように足を止めた。
「今日は私一人で買い物に行くわ。だから『今』は待たない。でも、さっきの答えはもう少し待ってあげてもいいのよ。じっくり考えて、中川くんの答えを出してくれたらいいわ」
宮下さんは早足で歩いて、駅へ続く路地の角を曲がった。
途端、オゾンの匂いがした。路面に次々と灰色の染みができる。梅雨がまたしても首をもたげてきたのだ。僕はしばらく高架の下から動かず、車が水を打ち上げる音を聞き続けていた。




