第三話
僕に声をかけてくれたのは、宮下さんだった。
宮下さんはうちの学部の中でもとびきりの美人と評判で、長い髪には枝毛一本たりとも見当たらない。まつ毛はぴしっと上を向いて、間もなく訪れる夏の空気に縁どられている。ほっぺは白く、唇はふっくらとしている。それでいて、化粧っ気をまったく感じさせないのだ。
「中川くん、お昼食べた?」
僕は戸惑った。宮下さんに話しかけられたのが五回目くらい、ということだけでなく、僕はいつでも講義が終わってから自主的にノートをまとめているので、最後の一人として講義棟を出ているのだ。まさか自分以外に誰かが残っているなんて、かほども思わなかった。
「月見山食堂、行こっか」
宮下さんは、大学の理学部の近くにある小さい食堂に誘ってくれた。断る理由もなく同行。がらがらに空いた月見山食堂で、僕たちは最近流行っている映画の話をした。
「『トランボリンジャスティス』の銃撃戦はマジですごいな。実はあれ、ほとんどCG使ってないんだって」
「ふうーん。でも、銃撃戦って一発で決まっちゃうからあんまり面白くないよね」
「まあ、そういやそうだね」
言って僕がかき揚げそばの汁をすすると、宮下さんは椅子にもたれて大きく伸びをした。
「中川くん、映画けっこう詳しいんだ」
「うん。映画館にはあんまり行かないけどね」
「あ、じゃあ」
宮下さんの身体が前のめりになり、僕に人差し指を向ける。
「今度、一緒に映画行こうよ」
「え」
「お父さんが共済会のプレゼントで当たったのよ、チケット二枚。なんでも観れるよ」
そこから、とんとん拍子に映画を見に行く話が進んだ。
帰り道、僕はわざわざ遠回りをしてまで宮下さんを駅まで見送った。彼女は人目も気にせず手を振ってくれた。心の中が温かくなる。夏のかげろうの向こうに、宮下さんの姿が消えていく。今日はラッキーだったと、僕の足は自然と速まった。
家に帰って早速初美に報告。初美はジト目を僕に向けて「よかったじゃーん」と言った。ひやかしているのだろうか、微妙な表情だ。
僕は訊いた。
「そうそう。初美は映画の銃撃戦って、好き?」
初美はちょっと考えてから、
「あんまり好きじゃないけど、もしおすすめがあったら教えてくれたら嬉しいかな」
それから僕は今日宮下さんと語ったことを、初美にも話した。宮下さんの外見や性格もうまく伝えられたと思う。額に汗を感じたのでエアコンのスイッチを入れる。ガタガタと鈍い音がして、青臭い匂いが部屋中を席巻した。思わず鼻をつまむ僕を見て、初美は静かに笑った。




