第一話
Opening theme: “二人のストーリー” by YUKI
Listen here:https://www.youtube.com/watch?v=ViESKfaqxvU
紅茶を淹れて、テーブルに置いた。
オレンジの芳醇な香りが部屋中に広がる中、ツタヤで借りてきたDVDを袋から漁る。取り出したるは『サム・オア・エヴリ』。今、世界的にヒットしているアメリカのドラマだ。
「やっぱ、香りが違うよな」
僕は初美に言った。
「アンタバカァ?」
なのに初美は、某弐号機のパイロットの棒読みバージョンで答えてくれる。
「あたし、匂いはわからないって何度も言ってるでしょ」
「ああ、そっか」
駅前の紅茶専門店で奮発して買ってきたのになぁ。フォートナム&メイソンは300年以上前から珠玉の味と香りを提供し続ける、イギリスの銘茶だ。
「達也はまだ学生なんだから、無駄遣いしちゃだめだと思うなあ」
初美の説教をはいはいと受け流しながら、僕はフローリングに腰を下ろした。少し湿っている。梅雨の影響か、最近は食パンの痛みも早い。初美を透過する灰色の光が静けさのとばりをもたらしていた。初美は、にっと笑った。
初美は、人間ではない。
窓だ。
正確に言えば、窓にぼんやりと浮かぶ目と鼻と口の像。そこから発せられる人格をもった言の葉の集合体が初美という存在なのだ。
どうして窓に顔がついているのかって?
それは僕自身が初美の首根っこを掴んで訊いてみたいくらいだ(ま、首そのものがないからどだい無理な話なんだけどさ)。
僕は一年前、実家から遠く離れた大学に合格した。けっこう難関の部類だ。親も一人暮らしを容易く許してくれた。不動産屋に行って、部屋を選んで、簡単に下見をして。不動産屋のどこかひきつった笑いに違和感を覚えながらも契約した部屋の中で――僕は、初美に出会った。
もちろん僕はびびった。窓に顔がついている。しかも話す。速攻で逃げようとしたら、「逃げたら呪うわよ」とぬかすので、へこへこと部屋の中に戻らざるをえなかった。彼女は自分を初美という名の地縛霊だと紹介した。名字は出会って一年と少しになる今になっても教えてくれない。どうやら初美は事故で命を落としたらしい。これまでこの部屋を契約した人たちは例外なく当日あるいは翌日に出ていったんだと。そしてやむなく『呪う』という最終兵器をもち出すことにしたんだと。
ふざけんなって話だ。
「いやー、あんたがビビリでよかったわ」とは最近の初美の言。
どうやら呪いとかいうのは嘘だったようだ。やっぱりふざけんな。今度マジックリンでも買ってきてぴかぴかに磨いてやろうか。うん、たまには、ピカッピカに。
「あんた、『サム・オア・エブリ』好きねえ。七巻感動だもんね。崖んとこで恋人に向かって微笑むシーンなんか、泣きまくってたもんね」
「テキトー言うなよ。僕、これ初めて見るんだってば」
「ありゃ、ばれたぁ?」
「ついでに、ネタバレもNGで頼むな……」
僕が肩全体でため息をつくと、初美は唇を弓形に変えた。
初美はこういうテキトーというか半ば嘘というか、あっけらかんとした物言いをするところがある。だから僕は初美がいる暮らしに早々に慣れることができたし、今も友達のような存在として彼女と『同居』している。
「ねー、早く見ようよ見ようよぉ」
初美が急かすので、僕はDVDプレーヤーの電源を入れた。
一巻の三話分を一気に見た。主人公は普通の高校生なのだけど、水中から取りこむ酸素だけで生きられる身体適正があり、人類まだ見ぬ深海の世界へと潜っていくらしい。研究所に連れこまれたところで第三話は終わった。引きも利いているし、続きが気になるいい作品だ。
「俳優さん、名演技だねぇ」
初美は、跳ねるような声で言った。




