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閑話「王子の日記 ルナ歴1187年夏」

[ルナ暦1187年 夏月15日]


 今日は夏休み中最大のパーティーだった。セレーナ嬢にお会いできるかもしれない特別な日。


 僕は朝から入念に準備を整え、新調した香水『情熱の薔薇』をつけて、完璧な身だしなみで会場に向かった。今日こそはセレーナ嬢に僕の真心を届けたい。


 だが、パーティーでは予想外の出来事があった。


 セレーナ嬢を探して会場内を動き回っていると、ふと横を通り過ぎた少女の瞳が——光った。

 光ったのだ! まるで星のように、それとも月光のように、淡く美しく光っていた!


 あまりの美しさに僕はしばしその瞳を見つめてしまった。それだけではなく、その瞬間「君こそが僕の探し求めていた運命の人だ!」と、彼女に跪き、手を差し伸べている自分を想像してしまった。


 あの時の僕は一体何を思ってそんな想像をしてしまったのだろう? セレーナ嬢への想いがあるのに、なぜ彼女に対してあんな言葉が脳裏をよぎったのか……。


 でも、あの光る瞳は確かに美しかった。魔法だろうか? それとも僕の見間違いだろうか?


 彼女——ミリィ・リュクスティリア嬢は、一瞬だけ僕と目が合うと、青ざめた様子で家族に連れられて去っていった。気になって後を追うと、僕の話をしているのが聞こえてきた。一緒にいるのは『香りの楽園』として有名なリュクスティリア伯爵とその家族。後で聞いたところによると、ミリィ嬢も腕のいい調香師だという。


 好奇心に駆られて、彼女をダンスホールへと連れ出し、様子を伺っていると、またしてもあの美しい輝く瞳を目にすることができた。もしかすると、香りに関する特別な魔法を使えるのかもしれない……。


 彼女に真偽を問おうとしたが、どんどん悪くなっていく顔色が気になり、とてもそんな質問を口にすることはできないまま曲が終わってしまった。


 もう少し、彼女と話してみたかった。


---


[ルナ暦1187年 夏月18日]


 セレーナ嬢のことを考えようとするのに、なぜかあの光る瞳のことばかり思い出してしまう。


 従者に「リュクスティリア伯爵領について調べてくれ」と頼んだら、驚くべき情報が集まった。


・『香りの楽園』と呼ばれるほど香草栽培で有名

・先代の伯爵夫人は天才調香師として名高かった

・現在の当主の次女(ミリィ嬢)も母の跡を継ぐ優秀な調香師

・最近『Luna Flora』という個人ブランドを立ち上げ、貴婦人たちの間で評判


 なるほど、香りの専門家なのか。それなら光る瞳もやはり何かの魔法的な能力と関係があるのかもしれない。


 でも、なぜこんなに気になるのだろう? ……研究対象への興味、とでも言うべきか。


---


[ルナ暦1187年 夏月22日]


 夏休みも終盤になってきた。学園が始まる前に、セレーナ嬢との関係を進展させたいのだが、会うこともままならない……。


 そんな時、ふとミリィ嬢のことを思い出した。香りの専門家である彼女になら、なぜセレーナ嬢に僕の気持ちが伝わらないのか相談できるかもしれない。


 それに……あの光る瞳の謎も解けるかもしれない。


 そうだ! 会いに行こう! 確か、ちょうどあちらの方面に視察の予定が入っていた。少し立ち寄って話をするのもいいだろう。


 うん。一石二鳥だ! 完璧な作戦じゃないか!


---


[ ルナ暦1187年 夏月29日]


宮廷調香師に特別な香水を調合してもらった。薔薇と蜜柑をベースにした、僕の理想の恋を表現した香水だ。


 名前は『永遠の愛』。我ながら素晴らしいネーミングセンスだと思う。これをミリィ嬢に持参して、反応を見てみよう。


 これは彼女の能力についての調査の一環だ。彼女の能力次第では、僕の恋の成就に助力を願ってもいいかもしれない。場合によっては兄上たちにも報告して、宮廷調香師に推薦するのもいいだろう。うん、そう。これはあくまで仕事のようなものだ。


 調香についての意見も聞いてみたい。この『永遠の愛』を彼女が調香するなら、どういう香料を使うだろうか。議論してみるのも面白そうだ。


 ミリィ嬢にお会いするのが楽しみで仕方がない。同世代の香りの専門家か……。

 早く訪問の日が来ないかな。


---


[ ルナ暦1187年 秋月1日]


 ついにミリィ嬢の工房を訪問した!


 素晴らしい工房だった。見たことのない器具もあったし、様々な香草と精油の香りに包まれて、まるで別世界にいるようだった。さすがは『香りの楽園』と呼ばれる領地だけあって、珍しい香料もたくさん並んでいる。今度改めてじっくり見学させてもらいたいものだ。


 そして、ミリィ嬢に香水を差し出した瞬間——またあの光る瞳を見ることができた!

 あの温かな光は何だろう? 実に美しかった!


 それに、僕の予想通り、やはり香りと関係があったのだ! 彼女は香りから何かを感じ取る特別な力を持っているに違いない!


 でも、香水を嗅いだ後、また顔色が悪くなってしまった。能力を使うと負荷がかかるのか? それとも、僕の香水に何か問題があったのだろうか……?


 「次は『情熱の炎』という香水を持参します」と約束してしまったが、果たして大丈夫だろうか。体調に影響が出るようなら、やめた方がいいのかもしれない。


 それでも、彼女と話していると不思議と心が落ち着く。セレーナ嬢をはじめ、今まで好意を寄せてきた女性たちの前では緊張してしまうのに、ミリィ嬢となら自然体でいられる。


 これはきっと、彼女が素晴らしい調香師だからだろう。今回は急な来訪であったため、あまりゆっくり時間を取ってもらえなかったが、次回はぜひ落ち着いてもっと色々な話をしてみたい。


 セレーナ嬢のことも相談してみるのもいいかもしれない。

 彼女は話しやすいし、信頼に値する人物のような気がする。きっと素晴らしい助言を与えてくれるだろう。


---


[ ルナ暦1187年 秋月4日]


今日は大きな発見があった日として、僕の人生に刻まれるだろう。


 彼女への負担を考えて、香水を贈るのはやめることにして、セレーナ嬢のハンカチを持参し、ミリィ嬢にお願いしてみたのだ。「あなたの特別な能力で、彼女の気持ちを読み取ってもらえませんか?」と。


 そして、ついに真実が明かされた!

 ミリィ嬢は香りから人の記憶を読み取ることができるのだ! なんと素晴らしい能力だろう!


 でも、セレーナ嬢の本心は……厳しいものだった。僕のことを「恋愛経験が豊富で真剣ではない」と誤解しているらしい。

 ショックだったが、それ以上に印象的だったのは、ミリィ嬢が僕の落ち込みを心から心配してくれたことだった。


 「香水だけでは伝わりません。殿下ご自身の行動と言葉が大切です」


 彼女の言葉は、温かく、真摯で、思いやりに満ちていた。今まで誰も言ってくれなかった言葉だったけれど、なぜか"その通りだ"と素直に思うことができた。しかも、僕のために新しく香水を調香してくれるとまで申し出てくれた!


 嬉しい!

 今まで形式的にたくさんの贈り物を受け取ってきたが、僕のことを考え、忙しい中時間を割いてわざわざ作ってくれるなんて感激だ! きっと、彼女の香水があれば、セレーナ嬢との関係も進展するような気がする。


 まずは、彼女の助言に従って、セレーナ嬢に対してどう振る舞い、どんな言葉をかけるのか考えてみよう。


---


【ルナ暦1187年 秋月13日】


 今日は昨日ミリィ嬢から受け取った『真心』をつけて、セレーナ嬢に会いに行った。

 あらかじめ訪問伺いを立てたところ、今日の午後のお茶の時間ならと返事をもらえたので、花束を用意し、早速彼女のタウンハウスに訪問した。


 だが、応接室に通され、挨拶を交わして早々、こんなことを言われてしまった。

 『あら、今度は香水の趣味まで変わったのですね。でも、どんなに取り繕っても、殿下の本質は変わらないでしょう? 余計に不自然ですわ』


 ミリィ嬢に指摘された通り、真心を込めて真摯な対応で想いを伝えようと、色々考えてきたセリフは一言も告げることができなかった。


 ショックだった。僕の誠意も真心も、一ミリだってセレーナ嬢には届かないのだと思い知らされた。

 その後、どんな会話を交わしたか、いつ、どうやって帰ってきたのかもあまりよく覚えていない。


 何がいけなかったんだろう?

 ミリィ嬢ならわかるだろうか?


 せっかく、ミリィ嬢に調香してもらった香水も、僕が至らないせいで上手く効果を発揮できなかった。

 彼女はそんな僕に腹を立てるだろうか? それとも、情けないと呆れるだろうか?


---


【ルナ暦1187年 秋月14日】


 たまらずミリィ嬢に会いに行ってしまった。

 忙しい中、こんなに頻繁に訪れて、きっと迷惑だったであろう。


 でも、彼女は嫌な顔ひとつせず、たくさんの助言を与えてくれた。

 彼女の言う通り、確かに僕は今まで何人かの女性に想いを寄せ、その度に花や香水を贈ってきた。まさかその過去の行為が「不誠実」と受け止められていたなんて、青天の霹靂だった。


 「信頼関係を築いた後の方が、想いを真摯に受け止めてもらえる」との言葉に、またしても納得してしまった。僕は、まずセレーナ嬢の友人となる努力をしなくてはならないようだ。


 ミリィ嬢との出会いから約一ヶ月。僕の心に変化が起きている。

 セレーナ嬢への想いは変わらない。でも、ミリィ嬢と工房で過ごす時間に、なぜか心から楽しいと感じている自分がいる。


 彼女は僕の記憶は「濃すぎる」と言って困った顔をするけれど、それでも真摯に僕の話に耳を傾け、一生懸命相談に乗ってくれる。僕のことを「王子」ではなく、一人の人間として見てくれている気がする。


 もしかすると、僕が本当に求めていたのは、理想的な恋愛ではなく、こういう……お互いを理解し合える関係だったのかもしれない。


彼女とはいい友人になれるのではないだろうか。


---


【ルナ暦1187年 秋月16日】


 夏休みも残り僅かとなった。明後日には学園が始まる。


 セレーナ嬢との件は、ミリィ嬢からいただいた助言を胸に、焦らず少しずつ進めていこうと思う。まずは友人としての関係を築くこと。彼女の好きなものや興味のあることを知ること。


 そういえば、ミリィ嬢は普段学園の寮で生活していると聞いた。工房での穏やかな時間とは違って、学園ではどんな表情を見せるのだろう。授業中の真剣な横顔や、友人たちと笑い合う姿を想像すると、なぜか胸が温かくなる。


 セレーナ嬢のことを相談できる友人ができて良かった。でも、最近は相談そのものより、ミリィ嬢との会話の時間が楽しくて仕方がない。


 学園が始まったら、まずは彼女を見つけて挨拶をしよう。工房で見せてくれるあの温かい笑顔を、また見ることができるだろうか。


 早く明後日にならないかな。

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