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第1話「王子の妄想が濃すぎて、香りで気絶しそうです」

新連載始めました!応援していただけたら嬉しいです(⌒▽⌒)

「君こそが僕の探し求めていた運命の人だ!」


パーティ会場に響き渡る爽やかな声に、私は思わず身を強張らせた。煌びやかなシャンデリアの光を反射してキラキラと輝くプラチナブロンドの髪、翡翠色の瞳を潤ませながら、この国の第三王子クラヴィス・ルルヴァンが目の前で跪いている。そっと私の右手を取ると、そう高らかに宣言したのだ。


 会場中の注目を浴びる中、私の頭の中ではそんな映像が流れ始めていた。  そう、目の前のキラキラ王子がかつて妄想していたであろうラブシーン。巷の恋愛小説のように、跪く王子、頬を染める主人公、あたりには花が舞い踊り、うっとりと見つめ合う二人——。


「ヤバイ!王子の香りを吸い込んじゃった!」


瞳が淡く光を帯びて輝き出すのを隠そうと慌てたその瞬間、不意に王子と目が合ってしまった。

(しまった!)


「ミリィ!」


 慌てて駆け寄る父と兄、姉に囲まれ、周りの視線から隠される。そっと促され、私たち四人はバルコニーへと移動した。


「大丈夫か、ミリィ?」

 心配そうに私の顔を覗き込むシエル兄様。


「顔色が真っ青よ。何を見たの?」

 エリサ姉様が労わるように私の背中をさすってくれる。


「で、殿下が……クラヴィス殿下が、跪いて『君こそが僕の運命の人だ』って……」


 私が今見てしまったあまりにも突拍子もない映像に、軽いめまいを覚えながら呟くと、父様は顔を真っ赤にして怒り出した。


「何だと!いくら殿下でも可愛いミリィを勝手に『運命の人』呼ばわりするなど、断じて許さん!」


 その様子を見た姉様が父様を宥め、兄様は「うわあ」とか言いながら、嫌そうな顔で身を引いた。私だって、こんな映像見たくはなかった。一見クールで爽やかな王子様が、周囲に花を飛ばしながら、潤んだ瞳で愛を乞う姿など知りたくもなかった。おまけに『運命の人』って何だ。探し求めてたってどういうこと?


 そもそも、私はクラヴィス殿下とは今日が初対面。つまり、あれが殿下の『記憶』というわけではない。じゃあ一体全体どういうことなのか。



 ……そう、私、ミリィ・リュクスティリアには世間に知られてはいない「記憶を嗅ぎ取る」という特殊能力がある。これは、調香師としての師匠であった亡き母にも備わっていた能力らしく、伯爵家当主である父にも、その後継であるシエル兄様にも、侯爵家にお嫁に行っているエリサ姉様にも見られない。母様と私だけの特別な力だった。


 つまり、私は香りを通して人の記憶が"見える"のだ。

 だがこの能力には欠点があった——ラブ関連の記憶がめちゃくちゃ濃くて、勝手に感情移入してしまう。そう、今回のように。


 殿下の狂おしいほどに暑苦しい愛情が、津波のように押し寄せ、映像が流れてきた瞬間、私は息ができないほど苦しくて、切なくて、本当に目の前が真っ暗になって、一瞬でフラッとなってしまったのだ。


「みんな、助けに来てくれてありがとう……」


 優しい家族の温かな眼差しに励まされ、私はやっと息を深く吸うことができた。


「それにしてもミリィ、クラヴィス殿下とはいつの間にそんな親しい間柄になったの?」 「そうだぞ、ミリィ。兄さんは聞いてないし、そもそも聞いてても許さないからな」 「そうだそうだ。ミリィはお嫁になんて行かなくっていいんだぞ。ずっと父さんと領地で暮らそう」

 三人三様な物言いに苦笑しながらも、私は思考を整理しつつ言葉にしてみた。


「未来視? でなきゃ、クラヴィス殿下の妄想?」


「「「妄想!?」」」


 うん。きれいにハモってるね。さすが、家族。息ぴったりだ。


「みんなも知っての通り、私の能力は『香りと記憶をつなぐ』ことでしょう? そう考えると、今日が初対面の殿下と私ではさっき見たあの光景が『記憶』ってことはないと思うのよ。それなら、考えられることは二つ。今まではできなかったけど、実は私に『未来視』の能力が開花したか、あれは殿下が過去に見た『妄想』の記憶を私が見ちゃったのか……」


「私がどうかしたのですか?」


 突然、爽やかな声がバルコニーに響いた。慌てて声の方を振り返ると、そこには先ほどうっとりした瞳で花を飛ばしながら愛を囁いていた殿下が、興味深そうな、新しいおもちゃでも見つけたような好奇心いっぱいの目でこちらを見ながら佇んでいた。


「で、殿下……!?」


 まずい。聞かれた?

 咄嗟のことに茫然自失とした家族四人の中で、最初に立ち直ったのは伯爵家当主でもある父だった。


「こ、これは、クラヴィス殿下! ちょうど、殿下の先日のご活躍について、娘たちと話をしていたところなのです。いやあ、あの外交交渉は実に素晴らしかったですな」


「ほお、そのようには聞こえなかったが……。そちらの麗しいご令嬢方は、リュクスティリア伯爵家の方々でしたか」


「こ、これは、ご紹介が遅れました。嫡男のシエルとバルブルボン侯爵夫人のエリサは既にご存じでしたな。ミリィ、ご挨拶を」


「お初にお目にかかります。リュクスティリア伯爵が次女、ミリィ・リュクスティリアでございます。クラヴィス殿下におかれましては、先ごろ外交交渉を成功に導かれたとか、祝着至極に存じます」


「ありがとう。ところで、ミリィ嬢。先ほど、会場で気分が優れないようだったが、もうよろしいのかな?」


「ご心配いただきまして、ありがとうございます。少し、人に酔ってしまったようでしたが、今はすっかり回復いたしました」


「そう、それは良かった。それなら、ダンスに誘っても問題なさそうだね。ちょうど聞きたいこともあったし。伯爵、少しご令嬢をお借りするよ」


そう言うと、殿下は私に向かって手を差し出し、あれよあれよという間に私をダンスホールに連れ出してしまった。


 改めて見渡すダンスホールは、息を呑むほど美しかった。天井高く輝く巨大なクリスタルのシャンデリアが、まるで星座のように幾つも吊り下げられ、その光が大理石の床に虹色の輝きを投げかけている。壁面には金の装飾が施された大きな鏡が並び、踊る人々の姿を無限に映し出していた。楽団の奏でる音楽が、高い天井に反響して、まるで天上の調べのように響いている。


 色とりどりのドレスに身を包んだ貴婦人たちが、燕尾服姿の紳士たちと優雅にワルツを踊る光景は、まさに絵画のようだった。宝石を散りばめたティアラやネックレスが、シャンデリアの光を受けてきらめき、会場全体が夢のような輝きに包まれている。


こうなっては今更どうしようもない。私も貴族令嬢の端くれ。ダンスの一つくらい華麗に踊って見せようではないか。


私は殿下と向かい合い、一礼すると曲に合わせてステップを踏み出した。曲は、少しテンポの早いワルツ。家族以外と踊るのは実質初めてに近い私は、慎重に音楽を聞き、殿下のリードに合わせて必死になって踊った。そう、必死だった。


 ダンス、それは男女が密着し、呼吸を合わせて動くスポーツ。

 当然ながら、動けば動くほど、至近距離にいる相手の香りに包まれてしまう。


 しまった、と思った時には既に遅く、私は本日二度目となる殿下の香りを嗅いでしまったのだった。

読んでいただきありがとうございます!

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(о´∀`о)ノ★★★★★


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