零歳 幽体離脱
おはようございます!\(^o^)/
(そりゃぁ歪むわな)
俺は泣き叫びながら謝罪を繰り返すエレクトラと、ぶつぶつ呟きながら笑うスザンナを見下ろしながら納得する。
母親ならば我が子を先ずは抱き締めろと思うかも知れないが、そう無茶を言ってはいけない。
スザンナは確か、本当に箱入り娘だった筈。
王都のとある伯爵家の令嬢であり、蝶よ花よと育てられてきたのだろう。
エレクトラが男だったら第一夫人としての責務を果たせた。
エレクトラが男だったらガリアスに犯されていなかった。
エレクトラが男だったら愛するエレクトラがガリアスに犯される事も無かった。
そしてもしもこのままガリアスの子種で男児を産めば彼女の地位は安泰に成る。
成ってしまう。
王都で舞踏会やお茶会に興じる普通の貴族とは違う、他国の兵やモンスターを殺す事を至上とする武闘派貴族。
その体現者の様なガリアスの寵愛は、むしろ喜ぶべき事なのかも知れない。
エレクトラは義父の慰み者として献上し、新しく産まれて来る男児をきちんと育てる事が⋯貴族の女としては正解だ。
それがこの国防の要、リューセリア辺境伯領。
セルジオの弱々しい子種より、屈強なガリアスの子種で子を産めば彼女の実家も喜ぶ筈である。
(多分そんな外れてないだろう)
俺の考えは極端かも知れんが、それが貴族と云う生き物だと前世で学んだ。
スザンナは聡明な女性だ。
きっとそう云った事まで思考が巡り、精神が耐えられなかったのだろう。
責任を果たす為に凛とした立ち居振る舞いをする第一夫人としての顔より、俺⋯赤ん坊をあやして柔らかく微笑んでいた母親の顔のが素なのかもな。
(実母ではないが、俺の母親なんだよな)
そしてエレクトラだ。
初潮もずっと先だろうし性知識も皆無。
きっと何も理解出来ていないだろう。
自分が何をされたのかも。
だが此処は、致命傷を負うのが日常茶飯事の辺境伯領。
ガリアスお抱えの治癒魔法使いは居る。
乱暴に犯されたスザンナ。
処女を奪われ性器が裂けてしまったろうエレクトラ。
残酷な話だが、モンスターとの戦いと比べれば軽傷だ。
アッサリ治癒は終わる。
しかし心の傷だけは残る。
身体は無傷なままなのだ。
そうしてこれから何年も、そうやって心を抉られ続けるのだ。
俺と⋯腹違いの弟と比べられながら。
(おいおい、嫌な奴は嫌な奴のままで居てくれよ⋯)
前世だとギロチンで処刑した姉の可哀想な過去なんて知りたくなかったぜ。
確かに今目の前⋯今目は無いけど⋯で震えながら嗚咽する幼女には何の落ち度も無い。
一方的な被害者だ。
だからと言って俺がされた事を許せる訳でもないが、情状酌量の余地は出来てしまったな。
(うわぁ、これからは史実通りかよ?俺はこれからエレクトラからずっと虐められるんかい)
しかしもう、すでに起こった事は変えられな―――
(いや待て)
この幽体離脱のスキル、時間感覚が偶に前後している時が⋯あったな。
過去を垣間見る事も有れば、未来を見る事も有った。
随分と七面倒臭いスキルだなぁと、余り検証もしなかったのだが⋯⋯もしかして―――
(んっ!?んんんっ!コレは―――)
その時、唐突に意識がぐんっ!と引っ張られる。
無惨な姿にされた姉と義母の姿が遠ざかっていく。
まずい、時間切れか。
いやコレは時間制限と云うより⋯俺の身体が目覚めるのか。
まだ目覚めたくはないが、お袋とかに起こされてるのかも。
俺の意識が後ろから引かれる様に、認識してる光景が遠ざかる。
その過程で、ナニカを飛び越える様な感覚を得た。
覚えの有る⋯感覚だ。
(時間―――跳躍)
盲点だった。
肉体が置き去りにされて意識だけ飛ばされる時間跳躍。
成る程、コレが知れ渡れば時空間魔法の研究が捗るかもな。
もしも今バレたら実験体にされるから秘匿する必要は有るけども。
(―――!やはりか――――)
身体に戻り、目覚めた瞬間に確信する。
ウィンディ、スザンナ、エレクトラの服装がさっきと違う。
そう云えば俺の意識が幽体離脱した瞬間、俺は一人でベビーベッドで寝ていたな。
俺の手を握っている姉エレクトラの姿も、母と一緒にお茶をしていた義母スザンナの姿も無かった筈。
やはり⋯
(⋯⋯⋯今見たのは、未来の記憶)
万が一過去と云う線も残っているが、それは無いだろう。
あれ程の凶行を受けたスザンナとエレクトラが平和そうに微笑んでいられる訳が無いし、俺への虐めが始まっていない。
思い出せ。
確か俺の祖父は―――
(病死。⋯病持ち?確か、心臓だったか)
祖父殺しとして有名になってしまったが、実は俺は直接祖父を殺していない。
俺が祖父を追い詰めた時の事だ。
俺は祖父に引退し、俺に家督を譲れと迫った。
叔父すらもこの手にかけた事もあり、祖父は激昂した。
その時ガリアスは突然胸を抑えて苦しみ出し、そのまま死んだ。
まぁやっぱ俺が殺した様なもんなんだけどね。
うーん、そうするとやはり、叔父に勝って欲しかったのかな?
幼い甥を殺す事で覚悟を決めさせ様としたとか?
まぁいいか。
(身体強化の使い過ぎだな)
祖父は心臓の鼓動を早くして血圧を上げ、血流を加速させていたのだろう。
それにより圧縮した思考や強靭で俊敏な身体能力を得ていた。
代償は内臓への高負荷。
生前の俺はきちんと内臓も強化していた。
それしなきゃそら早死にしますわ。
祖父は表皮や筋肉、骨の強化はしていたが内臓は後回しにしていたのだろう。
「ヴィト」
エレクトラが俺を覗き込んで笑ってる。
俺の意識が未来⋯エレクトラの悲劇の場面に飛んだのは、手を握られながら眠った所為かなやっぱ。
「大好き」
そう言って俺のほっぺにチュウしてきた。
お前それ止めろって怒られてたろうが。
それから暫くは平和な日々が続く。
そして来るべき日が来る。
(屋敷内が慌ただしいな)
俺はメイド達の会話に耳を傾ける。
俺の家族達は昨日から顔を出していない。
ガリアスを出迎える準備をしているのだろう。
「御当主様が―――」
「ガリアス閣下が―――」
幽体離脱して確認したい衝動を堪える。
今の俺の魔力からして、物理干渉⋯平たく云えばポルターガイストを起こせるのは一回こっきり。
ぶっつけ本番一発勝負だ。
そうこうするうちにガリアスが到着した事が解る。
メイド達がざわついてたからな。
あのエロジジイ、普通にメイドも手籠めにするらしい。
怯えたメイド達が涙目になって俺の側で震えている。
赤ん坊の世話をすれば難を逃れられるかも知れないが、気紛れでガリアスが孫の顔を見に来たら詰むしね。
(行くぞ!)
俺は意識を切り離す。
ここ数日は幽体離脱の練習を繰り返していたのでスムーズに移行出来た。
するすると屋敷内の壁や床や天井を抜ける。
メイドの着替えや不倫現場を見物してる暇は無ぇ。
目指すは、当主ガリアスの⋯寝室っ!
(よし!間に合ったっ!)
ベッドに押し倒されたスザンヌ。
棒立ちのセルジオとウィンディ。
(狙うは心臓の―――血管っっ!)
俺は祖父の心臓に血栓を作る。
練習を繰り返してみたが、人体破壊はなかなか上手くいかなかった。
代わりに得たのは血流を少しだけ操作する術。
そこで思い付いたのが血栓症だ。
俺は祖父の血で作った小さな血栓で―――心臓の重要な血管を止める。
「―――うっ!?」
今正に、スザンナに挿入する寸前と云うタイミングで祖父が胸を抑える。
「がっ!?ぐおおっ――――」
胸を掻き毟る様に引っ掻き、ガリアス・リューセリア辺境伯がベッドに倒れ伏す。
カッと見開いた目とその形相は凄まじい。
ビクビクと身体を痙攣させ、無言の断末魔を上げている。
「ひっ!?ひぃぃぃぃぃぃっ!?」
スザンナはガリアスを心配するでも、助かった事を喜ぶでもなく悲鳴を上げる。
(⋯⋯⋯よし、十数年早いが、祖父殺し成功)
俺が一仕事終えて安心していると⋯
「は、早く治癒魔法使いを」
親父がとんでもない事を言い出した。
慌てて部屋外に出ようとするセルジオ。
確かにこの程度の心臓疾患、腕の良い治癒魔法使いなら即座に治せる。
何やってんだ盆暗親父。
早く親父を死なせて火葬してしまえ。
そして当主に就け。
アンタが衰弱死した所為で俺が当主になっちまったんだ。
スローライフを送るつもりは無いが、せめてこの乱世を生きる為の盾となれ。
親なんだから。
⋯その時だった。
「ウィンディ!?」
お袋がセルジオの腕を掴み、静かに首を振っている。
涙を流すその瞳は、強い意思を宿している。
(頼りになる女だな)
こう云った所が、ナヨナヨしたセルジオの心を射止めたのか。
そのうちガリアスが完全に動かなくなった。
スザンナは啜り泣いている。
突然義父に襲われ、そのまま心臓疾患で死亡。
襲われた恐怖も有るだろうが、リューセリア辺境伯の死因になってしまった事も要因だろう。
上手く立ち回らなければ、誘ったのがスザンナで、更にベッドの上で毒殺した事に真実がすり替わる。
黙って犯されていた方が良かったと思える程の地獄を見る筈だ。
(仕方無い。助けちまった手前、なんとかしてやるか)
スザンナは俺にも優しかった。
男児である俺には複雑な感情を抱いていた筈なのに、だ。
二人っきりになるタイミングでも、俺を優し気に微笑みながら撫でてくれた。
思わず寝ちゃったからな。
好きだよ。
この義母の事は。
前世では抱かなかった感情だ。
「お母ちゃま?」
「エレクトラ⋯」
予定通りに部屋を訪れるエレクトラ。
エレクトラは異様な部屋内の気配に怯え、視線を彷徨わせる。
その時―――
「⋯⋯⋯ヴィト?」
俺と目が合った。
いや、有り得ない。
有り得ない⋯が、有り得るのか?
前回の幽体離脱のタイミング。
手を握っていたエレクトラ。
もしかして―――
俺に―――
助けを求めて?
(まさか、な)
そこで俺の意識は途切れた。
魔力を使い過ぎた様だ。
意識は身体に戻った時にそのまま深い眠りについた。
多分、丸一日は寝てたんじゃないか?
起きた時、涙目のお袋に抱き締められたし、エレクトラも凄く喜んではしゃいでいた。
かなり心配をかけたらしい。
セルジオとスザンナはそこから数日は見なかった。
お喋りメイド達の会話で、状況を理解した。
元から祖父は心臓に病が有った事は周知されており、普通に病死として扱われた。
貴族の病死なんて毒殺と同義だが、周囲には普通に受け入れられた。
父が後を継ぎ伯爵家当主となった様だな。
王都に赴いて国王の承認を得たり、有力貴族への挨拶等をしてたみたい。
ウィンディは俺の世話を理由に同行しなかったらしい。
エレクトラもお留守番だな。
数日後には親戚や寄り子の男爵家当主達等を招集し、新辺境伯家当主として初めて皆の前に姿を現す⋯らしい。
大丈夫か親父?
前世では第一夫人を父親に寝取られ、第二夫人を失った後、後を追う様に死んだ。
本当は自殺だったのかそれこそ暗殺だったのか、最早真実は解らんがな。
あの苛烈な祖父から生まれたとは信じられ無いくらいのお坊っちゃんなんだよな。
「ヴィト?あなた、わたしたちのこと、たすけてくれた?」
エレクトラが俺に問いかけてくる。
(さぁな)
「あぶぅ」
俺は誤魔化す必要も無いが惚けてみる。
「うふふ」
前回の姉とは比べ物にならない様な澄んだ瞳で俺を見つめてくる姉。
花開く様に笑う彼女は魅力的だ。
こんな風に笑うエレクトラを、今お漸く受け入れられる様になったよ。
「ねぇ、そうなんでしょ?」
止めろ、頬を突っつくな。
「ばぶぅ?」
俺は更に惚けてみるのだが⋯
「ヴィト、だいすきっ!」
エレクトラが俺を抱き締めてくる。
「あばぁ⋯」
赤ちゃんな俺が盛大に溜め息を吐き出す。
⋯やれやれ、今世ではどうやら、姉を処刑しなくても良さそうだな。
お読み頂き有り難う御座います!(^o^)




