第6話
翌日の朝、今晩のパーティーについては、ユーリーン婆は少し拘りがあるらしく、セーンの服を手配しており、これを着ろと言い出した。
「はい、はい」
と返事だけして。セーンは自分の招待状をシゲシゲとみていた。食事の席は決まっていて。末席で、若い貴族のお兄ちゃんたちを一纏めにしてある。ここで交友関係を築く訳だなと思う。きっと敵と味方に分かれるんだろうなと思っていると
「セーン、今日着る服を、試着してね。合って居なかったら、急いで修正しないといけないの」
婆さん、少し焦っている。
「ごめん、そう言う意味と思っていなかったよ」
「居間に置いてあるわ。もう居間で着替えてね。9時半に補正の人たちが来るの」
「はーい」
食堂を出ると、出あい頭に執事さんとかち合った。
「わっ」
「大変申し上げにくいのですが、試着をお願いしたいそうで、テーラー・ド・オツの方々が客間に居ますよ」
「わ、ちょっと着替えてくる」
「それが、服を着せながら寸法のチェックをするそうですが」
「参考までに聞くんだけど、他の人の寸法図るときも、そんな風に脱いだり着たりのお手伝いとか、やっているのかな」
「おそらく、着替えを手伝いはしないでしょうね」
「だよね、待たせといてね」
「ふんっ」と憤りながら、自室に引き上げたが、セーンはセピアでもこういう事例が有ったので、もしやと思って聞いてみたのだった。
急いで行かなければ、着替えを手伝うと部屋に押しかけられそうな気がする。今日は自意識過剰なのを自覚してしまったセーンは、気分が落ち込み、セピア公国に戻りたくなってきた。
「王太子の成人式なんか、退屈な話しか話せそうもないよな。お開きの後で、セピアに帰ってやる。とりあえず、顔見せが終わったら俺に用のある奴はいないはず・・」
ノックもなくドアが開いた。おっ、とうとうやって来たか、どうやら自分でも期待していた感じで頭に血が上りそうなのを、深呼吸で沈めようとしていると、壁の上ヤモちゃんではないか。とんだ勘違い。と言うか、勘違いさせんなという感じである。
「何か用なの」
『ヤモちゃんは気が小さいので、優しくしろ』とニキ爺さんに言われていたのだった。
『セーン、暇?』
ヤモちゃん語で聞いてくる。ヤモちゃんには暇そうに見えるとは驚きだが、
「何か用かな。とっても忙しいから話は手短にね」
目が寄って来たので理解不可能なのだろう。ニキ爺さんに言いたい。この使い魔は使い物にはなりそうもない。
『レンがね、』
セーンは瞼の痙攣を覚えた。必死で抑えて、次の話を待つ。
『これ、くれた』
レンがわざわざやって来て、ヤモちゃんに何をくれてやったというのか。ヤモちゃんはハイっとばかりにセーンに封筒をくれる。ヤモちゃんの手は壁に貼り付くのに便利なように、指先が吸盤に似かよった作りだ。セーンは封筒を受け取ったものの、ヤモちゃんは封筒をよこしてくれない。引っ張ると封筒につれられてヤモちゃんはセーンに倒れこむ。
埃で幾分か汚れているヤモちゃん、セーンの新品の服に埃が付く。じっと埃を見たヤモちゃん、『ウェーン』と泣いて立ち去った。やれやれ。
封筒を覗くと、メモに『セーンへ、この資料をロードさんに午前中に届けろ』と書いてあった。
どこに奴が潜んでいるのかは知らないが、ここに資料を持ってくるくらいなら、自分でロードさんに持って行けば世話無し、手間無しのはず。
「あいつ、もしかしたらいかれてる?または若年性認知症?結論は脳内空洞化か」
それにしても、補正の人を待たせているしで、部屋のベルを鳴らして、メイドさんを呼んだ。
「はい、緊急の御用ですね」
察しが良いことで。
「ニキ爺さんは今どこにいるんですかね」
「レン様とただいま外出された模様です」
「くーっ、そんな模様、書かんどいてくれ」
「え?」
「いえ、良いんです。じゃあ、ユーリーン婆は・・・」
聞いたのが早かったか、本人がやって来たのが先か、
「セーン着替えは終わらないのーーー」
「お婆ちゃん、レンが俺に変なもの事付けたんだよ、これ見てどう思う。俺、客間に行ってくるから、それ見ておいてね」
「まっ、何これっ」
セーンが急いで採寸し直してもらい、部屋に戻ってみると、お婆ちゃんは難しい顔、珍しく、笑わずに言った。
「セーン、忙しくさせて悪いけど、これ、ロードさんちに届けてちょうだい」
執事さんにロードさんの家を教えてもらい、セーンは訳の分からない数字の表の書類を届けに言った。ユーリーン婆は、
「初めての訪問だし、お行儀よくしてね」
と言って、セーンに新品の普段着というものを着せた。言われるままにロードさん宅に到着である。
「まるで、初めてのお使いだな。しかし、何故午前中持って行けとか言うんだろうな」
疑問ではあるが、初めての訪問はほぼ、滞りなく行われ、ロードさんが書類を手に取った時点で、
「ではこの辺で、失礼します」
と言って立ち去ることにした。長居は無用だ。
ところが、ロードさんは少し焦って、
「昼食でもどうかね、今から家に帰れば、午後の時間になってしまい、今日のパーティーの準備があるだろう。昼食をとる時間は無いんじゃないかな」
「でも僕としては、初訪問のお宅に行って食事まで頂くとは」
「いやいや、遠慮はいらないよ。君は初めての訪問だろうが、私達はレンさんの息子さんだと承知しているからね。彼には良くしてもらっているんだよ」
『今、私達とか言ったよな』、段々、いやな予感がしてくるセーン。
食堂に案内されると、そこにはかなり派手なドレスで、セーンよりも年上の女性が居た。セーンは何と言って断ろうかと考えた。断るなら早い方が良いだろう。
ロードさんは、娘を紹介している。
「これは娘のサンです。歳は生憎セーン君より少し、いやだいぶ上だが、気立ての良いいい子なんですよ」
「はぁ、そうなんですか、それではお婿さんも気立てが良い人が良いでしょうね。生憎私の性格は父親似ですから、きっと性格の不一致になりますよ。今日は他に予定が有って、これで失礼いたします」
相手に会っておいて立ち去るとは、かなりの非礼だろう。
『悪評判のセーンで良いや』
セーンの知らぬことであるが、ロードさん宅を訪問の同時刻、ニキ家に教会関係者、いわゆるガタイの良い魔族のガードマンの集団が乗り込んできて、セーンを探すが不在であり、ニキも外出中。ユーリーンは王妃の所へ癒しの訪問中、つまり留守番の大勢の(2~30匹?)ヤモちゃん一家が右往左往で、それでもガードマンの相手をする気満々だったのだが、それに気付かずガードマンさん達は立ち去ったそうだ。最初の訪問では、ニキ爺さんの使い魔は、なぜか訪問者には気が付かれない事になっていたのだ。これが幸いして、ヤモちゃん一家には、ほとんど殉職者が出ないのだった。