第4話
館に帰ると、訪問者が来ていた。執事さんが、小声でニキ爺さんに報告している。今朝まででかい声でしゃべっていたのに、誰が来たって言うんだろうか。セーンに聞かれたくはないのか。
爺さんは、話を聞き終わると、セーンに愛想笑いを浮かべた。ぎょっとするセーン。
「セーンや、さっき、予期せぬ訪問者が来たんだが、会うだけ会ってお引き取り願うのが、一番早く帰ってくれそうなんだ。儂ひとりじゃちょっと相手は無理だから、一緒に会ってくれないかな。大勢来ているからね。なーに、今回の奴らは王や教会の奴らと違って、身分がわし等より低いからな。セーンだって言いたいこと言ってもいいからね。向こうに言い負けないようにするのが肝心じゃ。頑張るぞ。では会おうか」
教会から無事帰る事が出来て、ほっとしたのもつかの間、なんだかこの館は忙しそうだと思った。
客間、と言っても、セーンの勘ではこの館の客間についてはグレードが色々揃っているようだが、此処はやや下がる部屋だと分かった。執事さんの仕業だが、ニキ爺さんは自分で扉を開けてさっさと入っている。セーンは普通は執事さんが開けて、「お館様のオナリー」とか言うんじゃなかっただろうかと思った。つまりそういうの抜きの砕けた奴らという事だろう。
「やあ、久しぶりじゃないか」
予想通り砕けた物言いの爺さんだ。
「ああ、お前の家に行きたいのに、最近ここに変な生き物を飼いだしたな。俺らはあれの匂いが臭くてここに来る勇気がわかなかったんだ」
爺さんの使い魔の事を言っているのだろうか。セーンは考えたが、それにしては最近の事のような口ぶりだ。不思議に思いながら、爺さんの後から、様子を窺いながら客間に入ったセーン。
なんと、そこには人間ではない、何がヒト化しているのか分からない代物たちが数人ソファにはべっていた。はべっていたと言ったのは。どうやらきちんと座ってはいられないらしい若いのを、年寄りっぽいのが一匹で、その二匹をソファに押さえつけている。そのように見えた。爺さんが話していたのは、一人掛けのソファに座っている奴だろう。
セーンはちょっとあきれてしまった。
「どなたさんですかね」
思わず聞いてしまう。
「すると、押さえつけられている若いのが一匹、嬌声を上げてセーンにとびかかって来た。そいつをとっさに避けて、壁に打ち据えてしまった。悲鳴を上げるそいつ。やりすぎただろうか。そうでもなかったらしく、押さえつけていた奴が、
「すまん、すまん。しつけが成って居なくてね」
どうやら自覚しているらしい。獣は連れてきてほしくはないが、謝られたので、
「ちわ」
と挨拶してやった。ちょっと笑ってしまっただろうか。悲鳴を上げていたくせに、懲りずにまた飛びかかろうとする若いの。睨んでやると、キューンとさっきの奴の所に戻った。ほっとして、座ろうとすると、もう一匹の若いのが動いた。油断した。セーンに飛び掛かると、べろりと舐めやがり、口臭が酷いことが分かった。セーンは必死でそいつを剥ぎ取り、涎をふき取りながら、
「お前ら歯を磨かないのかっ」
文句を言わずにはいられない。するとまた年寄りが、
「すまんのう、そこまでの躾けは、まだまだ」
言ってやった方が良いだろうと、
「躾けが終わるまで、人前に出さない方が良いんじゃないですか」
すると、
「そのつもりだったんだが、君、セーンだろ?君のパパが最近俺らの家に寄ったんだが、子供たちの話題が出たとき、君が例の古の王家の王女似だって言ってね。そしたらこの娘たちが、あ、この子がチー、歯磨かない子がミーって言うんだけど、君に会いたがってね。騒ぐからたまらず連れて来た。家にも王女様の絵が描けてあるんだが。この子たちのお気に入りでね。いつも側で遊んでいるが、本物っぽいのに会いたくなったらしくてね。そう言う訳で、君に会いに行きたがるんだよ。それにレンの奴がふざけて『セーンに気に入ったと言われた方が嫁に来な』とか言うんだ。若すぎて本気にしおったんだが。君、今の様子じゃどっちが気に入ったか、聞くのもよした方がよさそうだな」
「なんだってぇ。あいつめ。ふざけやがって。あんたらも正気か、あいつにこいつらを会わせたのが間違いだったと言っておこう。あいつはトラブルメーカーだ。分かるだろ。こんなのを他所に連れてきて、どうかしているぞ。とっとと帰ってくれないか。そして今度あいつが来ても、家に入れないことを提案してやるよ。付き合ってはならない代物だ。この事、忘れるなよ。こいつら、なんか刺激の強いおもちゃやって、俺の事は忘れさせろよ。そうだ、ちょろAをやろう。きっと夢中になるんじゃないか」
セーンは自分の荷物のガラクタの中に丁度、ちょろAが転がっていて、部屋にあるのを思い出した。引き寄せて、そいつらの前において動かしてやった。かなりのスピードにセットしたら、車を追いかけて、それは、それは、素早く首を動かしている。そいつらは犬と猫を合わせたような動物に思えていたが、セーンの予想は当たっていた。夢中になったところでヒト化はやめたので頃合いだと思って、
「そろそろ、お引き取り下さい」
と言ってやった、一人掛けのソファの奴が、
「そのおもちゃは、どこで買えるのですか」
と言うので、
「安物ですから、さしあげますよ」
と言ってドアの外に走らせてやった。チーとミーはちょろAを追いかけて走り去った。
「さようなら、二度と来るなよ」
後ろ姿に呼びかけてみた。聞こえただろうか。年寄り二人もチー、ミーを追いかけて出ていった。やれやれである。
ニキ爺さんは、
「あの子ら、まだ幼児だからねえ。レンの奴もおふざけが過ぎるな。言っておくが、あれでも年頃になったら可愛くなるんだよ。気を付けろよ。記憶力はわし等より良いからな」
「げっ、やめてよ爺さん。冗談だろ」
「冗談でこんなことは言わないぞ。レンじゃないんだからね。兎に角、あと数年して、可愛い子がお前にすり寄って来る可能性は無いとは言わん。ま、常識がないから直ぐあの子らと分かるさ」
だんだん、ムカついてくるセーン。
「そろそろ、昼飯の時間だが、その前にあの子らを追い払えて良かった。さすがセーンだね」
セーンは、爺さんがまたご機嫌取りバージョンに変わったのに気が付いた。次は何を言い出す気か。
執事さんが、
「昼食の準備が出来ております。お客人のお帰りについては、ようございましたね」
セーンは言っておく、
「ふうん、まだ何かありそうだね」