第1話
セーン・ソロスロ、現在21歳。セピア公国の大学学習過程を20歳で終え、就職活動を学生時代から始めていたが、未だに就職できてはいない。北ニール人はセピア公国の企業に就職できないらしいと、今月に入って察した。というのも、卒業をセーンより一年後にするしかなかったセピア生まれの友人の、就職先が決まったからだ。一人は、セピア公国セピア市の市職員に内定である。他数人は首都的セピア市に本社のある企業に本社勤め内定。それに引き換えセーンは無職だ。セーンだけではない、セーンの上の兄弟二人は二人で個人タクシーを始めていた。セーンが混ぜてほしいと言うと、北ニールに行けばセーンの就職口があると言い出した。ニキ爺さんの魔物退治請負業の事だ。
「冗談じゃない」
それほど興奮するほどでもなかったのだが、なぜかセーンは叫んだ。
「何のためにソルスロ家次男レンの家庭はセピアにあるのかっ。二キ爺さんから才能無しのお墨付きをもらって、一般人に成りすましているんじゃないか。俺は今更魔物退治なんかできるものか。死ぬよ、一瞬でな。魔力なんか無いし。親譲りでねっ」
「分かった、分かった。だけど親父は何時だったか、セーンには魔力があるし、それも珍しく属性が磁力だから、先代のお館様と同じってことは後継ぎと違うか、とか言っていたな」
一番上の兄ゲルに言われて、セーンは驚いた、信じられない話である。
「そんな話、聞いてないよ」
「そりゃ言ってないだろう。実際、本人には言ってないという話だった」
「どうして本人に言わないんだ?ゲルに言ったのは冗談じゃなかったのか」
二番目の兄ソールが笑った。
「そういや、変な冗談が得意だからな、親父は。セーン本人に言ったら、きっと冗談だと言われるから黙っていたんだろ。ふん、自分で蒔いた種だ。黙っていたけど、俺はさっさと二キ爺さんの所にセーンを行かせないのが不思議だった。遅くなればなるほど、爺さんはやきもきするし、セーンはいずれ、魔物退治にばたぐるって苦労するだろうしで、親父は人を困らせる奴だったからな。冗談でも冗談抜きでも、そう言う事さ、セーン。もうじき二キ爺さんがばたぐるって、養子に来いとか言って騒ぎ出すぞ」
「でも、長男一家はどう思うんだろな」
セーンは彼らに会ったら気まずいような気がした。
ソールは、
「だいぶ前から本家から出ていっている。知らなかったのか。二キ爺さんに言わせると、魔力はあるんだが、戦うセンスがなくて、任せるのは危ないんだそうだ。長男一家全員がそんな感じだな。一家皆、一度とは言わず死にかけた事があるそうだ。こっちには知らされてなかったが、ママは何度か旅支度しては止めていたな。一応、死にかけても持ち直すんだよな、ユーリーン婆が癒し能力で助けるから。でもいつだったのか、助けてくれない方が良かったとか言われて、婆さん、とうとう切れて、それで長男一家は出ていったとか、これは本人たちが言ったんじゃなくてユンちゃんからの報告」因みにユンちゃんはソールの恋人で、本家の執事さんの弟の子だ。本家の事情はそっちから兄達の耳に入るそうである。
セーン本人は蚊帳の外になっているのが、だんだん腹が立って来た。
「じゃあ、ニキ爺ちゃんは跡取りが居なくてこまっているんだな。本当の所は」
それにしても、親にしろジジババにしろ、セーン抜きで考えているのがかなりムカついてきた。意地でも行くものかと決心した。
セーンの考えに、上の兄ゲルが勘付いて、
「意地っ張りでいても、ロクな事はないぞ。地下の奴らは独特な情報網があってな。セーンが跡取りだと気づいたら、一人でうかうかしていると奴らが襲って来る。本家に居た方が良い。あっちにはガードマンっぽい奴らが居るんだ。本家の館の内外にたむろしているけど、味方だ。館に付いている者だ。遊びに行った時ぐらいなら気付かなくても、住みついたら居るのが分かる。人外だけど、味方だ。やっつけるなよ。そしたら不味い事になる」
「ずいぶんと忠告されている気がするけど、俺って誰かに連れ去られて、ニキ爺さんちに運ばれる訳。知らんけど」
「近いうちに呼ばれるだろうな。魔物に襲われたくなけりゃ、行った方が良いな。それも早いうちに。訓練していないのが心配だ」
兄達に心配されて、どうやらマジで親父の仕打ちに腹が立って来た。
そういった話が終わって数日後、ユーリーン婆からセーンに電話が来て、
「セーン君?お爺ちゃんが具合が悪くて困っているのよ。跡取りが居なくてねえ。魔物退治が王様からお爺ちゃんに任されていてね、子供や孫は大勢いるけれど、こっちの子は皆向いていないのよ。セーン君に会って話がしたいから来てって、お爺ちゃんが言っているのよ。だから来てくれないかな、今すぐ。セーン君は、瞬間移動した事あるかしら。無いのね。じゃあ、お爺ちゃんが瞬間移動で迎えに行くって。お家で待っていてね。荷物まとめる時間あるかしら。お爺ちゃんが来たら待たせてでも、荷物は要るもの全部持ってきてね。本家にずっといてほしいの。そのつもりで来てね」
「分かったよ、もう」
兄達から事情を聞かされていたので、すっかり観念したセーンは荷物は少しずつ用意していて、後はニキ爺ちゃんのお迎えを待つだけとなっていたのだった。