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第1話 狼月組

 狼とは厳格な社会構造のもと、群れを成して狩りなどを行う肉食動物である。個々を見ても運動能力に優れており、さらには知性をも持っている。誇り高く勇猛な生き物だ。


 そんな狼のような者たちが一堂に会する組織が存在する。日本における裏社会を牛耳っている『狼月組』である。

 狼月組に所属している構成員たちはそれぞれの能力値が高く、実にバランスのとれた組織である。性格も個性豊かで裏社会の者たちとは思えないほど、仲の良い雰囲気が印象的である。

 だが一方で仕事に関わる際は、まるで人が変わる。その姿はまさに月夜に獲物を狙う狼のようである。


 彼らを束ねているのは俺の親父である組長、狼月ろうつき はじめ

 どんな仕事に対しても真面目であり、身内に対してとても愛情深い男である。

 そんな親父を俺は尊敬している。






 自己紹介が遅れた。俺の名前は、狼月ろうつき なぎさ

 狼月組の次期若頭として厳しく育てられてきた。

 今日までは。


 俺は難産の末に産まれた。そのせいで母さんは子を授かりにくい体になってしまた。

 そこで狼月組の将来のために、親父は俺に後を継がせるべく厳しく指導した。


 だから俺も自分自身がいずれ若頭になるものだと思っていた。そして何より、そのことに対して誇りを持っていた。親父のような立派な人間になれると。


 だが現実はそう思い通りにいかないものだ。

 俺が中学3年になった春、母さんのお腹に新たな生命が宿った。

 それは奇跡ともいえる出来事であった。

 両親はとても喜んだ。親としても、狼月組の頭としても。


 性別がわかった。俺に弟ができた。

 それが判明した瞬間、俺が親父を継ぐことは不可能になった。

 俺は――娘なのだ。






 狼月組の長になることができるのは男のみ。我々は代々そういう家系だった。

 だが母さんが子供を授かりにくい体になる前に産まれたのは女の子である俺だけだった。

 親父は母さんを一途に想っていたため、世継ぎのために他の女性と関係をもつということはしなかった。

 その結果、俺は娘ではなく息子として育てられることになったのだ。


 俺は今まで男として生きてきた。

 とはいえホルモンの関係上どうしたって大人の女性へと成長しようとする。

 だからこそ早いうちに体を鍛え始めたし、胸が大きくならないようさらしを巻いて生活していた。

 すべては狼月組のために。もはや性別を偽ることに違和感を感じてなどいなかった。


 だが、弟が生まれたことによって今まで続けてきたすべての鍛錬が打ち止めとなった。親父の厳しい教育も跡形もなくなってしまった。

 親父の対応もどこにでもいる普通の優しい父親になった。今まで後を継ぐ者として育てられてきたのに、あっさり切り捨てられてしまった。

 俺の誇りはあっという間に打ち砕かれた。そしてどこか寂しくも感じた。






 別に両親が俺に興味が無くなったとか、愛想が尽きたとかそういうことではない。

 後継者としての認識が無くなり、ただの娘に成り下がっただけ。


 狼月組を背負う覚悟で今まで生きてきたというのに、突然好きなように生きて良いと言われても……。

 俺の15年間は一体何だったのか。かなりのモノを犠牲にしてきたんだが。


 俺は突然、籠の中に閉じ込められていた鳥から、青空を自由に飛び回れる鳥になってしまった。

 仕方がないとは言え、やはり不安はある。これからどうなるのだろう。

 割り切って自分らしく生きていけるのか――いやそもそも、自分らしくってなんだ。






 俺は高校生になった。

 普通の高校……というか校則の厳しい学校に進学することは物理的に無理だった。

 そのためあまり制限のない高校に進学することにしたのだが、近所には該当する学校がなかった。

 だから隣町の三澤高校という公立高校に行くことにした。

 それに伴い、俺は一人暮らしを始める必要性が出てきた。


 どうせ俺が継ぐことはないのだから、家を出ても問題ないだろう。そう考えていた。

 だが、親父から許可が下りるまでに思ったよりも時間がかかった。

 狼月組がどうこうと言うより、親として心配しているようだった。


 親父と2人きりで話すことになった。

 こんなこと今まで片手で数えられるほどしかなかった。

 15年間の人生の中で最も緊張した場面であった。






「本気で出ていく気なのか……?」



 親父は俺を真っ直ぐ見つめている。

 その表情はどこか寂しそうでもあった。



「はい、私は本気です。今後、狼月組のために私ができることなど限られているでしょう。であるならば、これ以上、迷惑を掛けないためにも私は家を出ていくべきです。そして……」



 俺は言葉を詰まらせた。

 ずっと考えていた。俺はこれからどうすべきなのか。

 狼月組のためにできることは何なのか。その答えをやっと絞り出すことができたのだ。



「親父。私は組を抜けようと考えています」



 親父はひどく驚いていた。

 まさかこんなことを俺が言うとは思っていなかったのだろう。

 狼月組の頭であるはずの男が動揺を隠せていない。



「な、渚。正気か……? 今まで後継ぎとしてお前を育ててきた。しかも……性別を偽ってまでもだ。た、確かに春馬が生まれてお前が後継ぎになることはなくなってしまった。それは本当に申し訳なく思う。ただ、だからといってお前が家を出る必要はない。ましてや、組を抜けるなんて……」



 わかっている。組を抜けるとはどういうことなのか。

 組を抜けること。それは親父と母さん、春馬と縁を切ることを意味する。


 それでも俺はこれ以上、甘い蜜を吸っているだけではいけない。いつまでたっても組に頼ってばかりではいられない。

 それに春馬のためにも俺はいない方が良い。そう感じていた。

 俺はもう、覚悟を決めていた。



「はい。今まで本当にお世話になりました。この御恩一生忘れません。そして私は、親父を母さんを、春馬を、そして狼月組の皆を心から愛しております。私の願いは皆が幸せに過ごせることです。親父、どうか私の我儘を聞いては頂けないでしょうか」



 俺は深く頭を下げた。

 親父は俺の言葉に面を食らっている様子だった。

 同時に俺の決心の固さを理解してくれたようでもあった。



「――そうか。わかった。認めよう。ただ……母さんにもきちんと伝えるのだぞ。きっとひどく悲しむだろうが、俺が説得してみせよう。お前はお前の生きたいように生きなさい。今までの分まで」



「ありがとうございます、親父」



 緊張の糸がほぐれた。

 なんだかとても心が暖かくなった。

 そして自然と笑みがこぼれた。






 組を抜ける許可が下りた。

 母さんは最初、俺が家を出ていくことに泣きながら反対していたが、親父が上手く説得してくれたようだ。最後は組員たちと、泣きながらも見送ってくれた。

 親父は支度金として500万円もの大金を用意してくれていた。

 本当に感謝しかない。



「今までお世話なりました!」



 皆に見送られながら、俺は狼月組に別れを告げた。

 ここから一人で生きていく。狼月組の名に恥じないよう強く生きていこう。






 俺の姿が見えなくなった頃、



「柏木」



 親父の顔が険しくなった。



「はい。ここに」



 サングラスにスーツの男が颯爽と現れた。

 幹部補佐の中でも最も有能な人材だ。



「渚を頼む。くれぐれもあの子にバレないように」



 親父は何かを心配している様子だった。



「御意」



 柏木もまたどこか不安げな顔をしていた。



お読み頂きありがとうございました。

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