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8.心の片隅に引っかかる

 来月のパーティ、と父が言うのは王城で開かれる新緑の宴のことだった。

 寒い冬が終わりすっかり気候のよくなったこの季節に、王侯貴族や功績のあった平民が一堂に会する大規模なパーティだ。むろん、王立学院の特別講師である私も今回招待されている。


「いいなぁ〜。華やかなパーティに、美味しいものが食べ放題っ。どんなだったか後で感想を聞かせてね?」


 はしゃぐヒルダに、私はあからさまに顔をしかめてみせた。

 ヒルダには私の感情などバレバレだと知ったので、もう彼女相手に取り繕うのはやめにしたのだ。


「私は全く行きたくありません。嫁いだ姉たちは来ない可能性もありますが、少なくとも両親と弟は絶対に出席するでしょうし」


「ストーカー王子も、でしょ。いつもは行事ごとなんか完全無視の無気力人間であろうとも、惚れた女のためならば……ってね?」


「…………」


 そうだ、それもあったのだ……。


 頭を抱え込んでいたら、コケケダマと精霊たちが指と髪の隙間に挟まろうと突撃してきた。少しふわふわ。疲れた心に沁みわたる……。


 ヒルダも手を伸ばし、私の頭をよしよしと撫でてくれる。 


「ティア先生も悩み事が尽きないよねぇ。とりあえず教師寮の件は学院長に交渉中だから、もうちょっとだけ待っててね」


「あ、ありがとうございます……!」


 ヒルダが動いてくれるなら心強い。

 素直に相談してみてよかった、と胸を撫で下ろす。……正確には、言葉巧みに聞き出されてしまっただけだが。


 ヒルダには本当に頭が上がらない。

 借りを作りっぱなしなのは性分として落ち着かないので、今度何かお礼を考えなくては。


 こっそり決意していたら、そういえば、とヒルダが声を落とす。


「ティア先生も学院の森が気に入って、暇を見つけては訪ねてるって言ってたけど大丈夫なの? 人気(ひとけ)のない場所でストーカー王子に出くわしたりしたら危険じゃない?」


「……っ」


 一瞬、どきりと心臓が跳ねた。


 実はローレンツとは、あの日以来一度も会っていない。

 すうっと気持ちが落ち込んで、私はヒルダから目を逸らす。


「……ローレンツ殿下は最近、精霊の森どころか学院にもいらしてないようです。姿をお見かけしないと、女子生徒たちが嘆いていましたから」


 ローレンツについては、実は私もここ最近ずっと気にかかっていた。

 私が彼にひどい態度を取ってしまったせいで、学院に来られなくなったのではないか、と。


 私は噛み締めるようにしてヒルダに打ち明ける。


「あの精霊の森は、私たち精霊術師にとってとても得がたい貴重な場所なんです……」


 精霊は人の手の入っていない自然を好むから、本来ならあれだけの数の精霊に会うためには人里から遠く離れた山や川、海などに赴かねばならない。


 精霊術師にとって精霊は、術を行使するために必要な存在であると同時に、愛すべき相棒でもある。

 精霊と触れ合うことを嫌う精霊術師などこの世に存在しない。ローレンツが学院に足繁く通っていたのも、精霊と遊び、【止まり木】で心を通わせるためだったろう。


 もしかして私が、彼の大切な居場所を奪ってしまったのかもしれない――……


 ぽつりぽつりと心情を吐露すれば、ヒルダがなぜか目を吊り上げた。


「ちょっとティア先生、なに甘いこと言ってんの! きっとこれは王子の策略なのよ、押して駄目なら引いてみろ作戦よ。まんまと引っかかっちゃってどうするの!?」


「え? そう、なんですか?」


 自信なく問い返す私に、ヒルダは「そおよっ」と鼻息を荒くする。


「ティア先生は何も悪くないんだから、気にせずドンと構えてればいいの!……ね、それよりもっと楽しいことを考えようよ! パーティにはどんな格好をしていくか決めた? ドレスに髪型、それからアクセサリーも考えなきゃね。あたしでよければ相談に乗るよ?」


「え、ああそれは、実はもう決めていて――……」


 熱心に相槌を打ってくれるヒルダに説明しながらも、頭の片隅にはやはりローレンツの顔がちらついている。

 ヒルダは反対するかもしれないが、もしもパーティで彼に会えたなら話してみようか。森では私のほうが新参者なのだから、どうぞ私のことは気にせずこれまで通り訪ねてください、と。


(ただし、私はローレンツ殿下を見かけたらすぐに回れ右をするけどね)


 彼の求婚を受ける気もなければ、同じ精霊術師として親交を深めるつもりもないのだから仕方ない。

 面倒な色恋沙汰に巻き込まれるのはごめんだった。


 私は生涯を精霊に捧げ、一生独り身を貫くと決めているのだから。


「ねえねえティア先生っ、パーティの料理くすねてこられそうだったらよろしくね! 夜遅くなってもいいからさ、なんだったら教師寮のあたしの部屋に泊まってくれていいし」


 うきうきと無茶な提案をしてくるヒルダに、肩の力が抜けていく。思わずふふっと笑ってしまった。


 私もこのぐらい気楽な心構えで臨んでもいいのかもしれない。

 両親に会うのもローレンツと話すのも憂鬱だが、ほんのわずかでも楽しみを見つけて頑張ってみよう。


「ええ。お約束はできませんが、小さなお菓子ぐらいなら努力してみます」


 苦笑しつつも了承したところで、午後の授業始まりを告げる予鈴が鳴った。

 私は慌てて残りの昼食を飲み込み、ヒルダに別れを告げて研究室を出る。ともかく今は悩み事は頭から追い出して、自分の仕事に集中しなくては。



 ――そうして教師として試行錯誤の日々を過ごしていくうちに、あっという間にパーティの日を迎えたのであった。

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