7.精霊と【止まり木】
「壊れたオルゴールにぬいぐるみ、ですか。【止まり木】って本当にいろんな種類があるんですね?」
午後の精霊学の授業にて。
具体的な例を示して説明すれば、最前列に座っていた生徒が挙手をして発言した。
どうやら皆の興味を引くことに成功したらしい。他の生徒たちも目を輝かせて私に注目していて、私は微笑して頷いた。
「そうですね。実は精霊術師にはこういった不文律があります。『精霊術師たるもの、他者の【止まり木】を決して笑うべからず』――……。つまりはそれだけ、変わった【止まり木】が多いということなんですね」
私とは違い、祖母はどんどん新しい【止まり木】を作り出していく術師だった。
肌触りのいいふんわりした毛布に、自分で丁寧に刺繍したハンカチ。香水の美しい空き瓶に、子供用の可愛らしい椅子。果ては私の薄紅色の髪まで【止まり木】にしてしまった。
「どうすれば【止まり木】を作れるんですか? 例えばこの、僕の使っている羽根ペンなんかも【止まり木】にできますか?」
また別の生徒が手を挙げた。
いい質問に、私の頬が自然とゆるむ。
「それがあなたにとって大切なものならば、可能です。思い出があったり、愛情をかけていたり……。毎日丁寧に術者の魔力を馴染ませ手入れして、精霊が気に入ってくれればそれはもう【止まり木】なのです」
そこでタイミングよくチャイムが鳴った。
今日は計画通りに授業が進められて、質問もよく出て我ながら上出来だった気がする。
大満足で教科書を閉じれば、また別の女子生徒が「もう一つだけいいですか?」と手を挙げた。頷く私を見て、彼女は頬を上気させて立ち上がる。
「イーリック先生と同じ精霊術師である、ローレンツ殿下はどんな【止まり木】をお使いなのでしょうか? その、殿下はしょっちゅう学院にいらしていて……話し掛けるきっかけになればな、なんて思ったんですけどぉ」
「…………」
きゃあっとクラスの女子たちが華やいだ声を上げる。
男子生徒はあきれたように顔を見合わせ、「しょうがないな」と言わんばかりに肩をすくめた。
私はといえば、見事に固まってしまってすぐには返答できなかった。
けれど女子たち全員の熱い視線を感じて、慌てて顔を引き締める。
「……それは、残念ながら存じ上げませんね。あいにく他者の【止まり木】は、見てもそれとは判別できませんから」
「え?」
怪訝そうな彼女たちに、私は淡々と説明を続ける。
「正確には、何らかの品物に精霊が宿っているのを見て初めて『ああ、これは【止まり木】なんだな』と漠然と予想する程度です。きっと私たち人間と精霊の見える世界は違っていて、精霊には【止まり木】が特別に見えるのでしょうね。だからこそ引き寄せられ、うまくすればそこを仮初めの住処と定めてくれる――……」
本来なら自然の中にいるはずの精霊たちが、まあ少しだけいてやってもいいか、と気まぐれに足を止めてくれるのが【止まり木】だ。
手入れを怠って効力を失ってしまったり、精霊が誰も止まってくれない不人気な【止まり木】は、私たち精霊術師が見てもそれとは気づけない。
言葉を選びつつそう説明すれば、女子生徒はあからさまにがっかりしたようだった。
そんなにもローレンツに話しかけたかったのか。釈然としない私をよそに、女子たちは「残念だったね」と口々に慰め合う。
何とも言えない微妙な気持ちを抱えながら、私は教科書を手に職員室へと戻る。
机の上をざっと掃除して片付け、時計に目を走らせて少しだけ迷った。
(どうしよう。もう退勤してもいいんだけど……)
宿に帰ったら、実家からの手紙を開かねばならない。
一人きりの部屋でそれをすることは、想像しただけで気が滅入った。ため息をこぼし、そうだ、と私は思いつく。
(精霊の森に寄っていこう。昨日とは時間帯も違うし、ローレンツ殿下もきっといないわよね)
勝手に決めつけ、周囲の先生方に挨拶をして学院を出た。
本当は、ローレンツがいない保証なんてどこにもないとわかっていた。それでもあの精霊の森は私にとってとても魅力的で、あの場所に行くことを考えただけで心が浮き立つ。
小走りになりながら森へと足を踏み入れ、昨日と同じ泉に向かった。精霊たちがわらわらと私に群がってくる。
「ごきげんよう。今日もお邪魔させていただきますね?」
傾いた陽の木漏れ日が、泉をオレンジ色に照らし出していた。
芝生に座り込んだ私の、スカートの上に森の精霊たちがふわふわな体を押しつけてじゃれつく。コケケダマと【止まり木】の精霊たちは、私の頭のてっぺんでゆうゆうと寛いでいた。
深呼吸して覚悟を決め、手紙の封をペーパーナイフで切り開く。コケケダマが薄紅色の髪を華麗に滑り落ち、私の手に止まって「どれどれ」と言わんばかりに一緒に覗き込んでくる。
「…………」
父からの手紙には、おおむね予想通りのことが書かれてあった。
国王陛下から賜った、名誉ある大任をしっかりと果たしなさい。
イーリック伯爵家の娘として恥じることのない行いを心掛けよ。
王都滞在中は常に気を抜くことなく、伯爵家の体面を汚すことだけは重々しないよう。
つらつらとお小言が書き連ねられていて、自然と眉間にしわが寄っていく。
イライラと流し読みをして、最後の『追伸』と付け加えられた文面に目が釘付けになった。
『王都での滞在先は用意されていると聞いている。セオドアが嫌がるので、お前は伯爵家別邸には決して顔を見せぬよう。それと後日ドレスを贈らせるので、来月の王城でのパーティで着用するように』
「…………」
唇を噛み締め、私は手紙を封筒に戻す。
どうやらセオドア――私の双子の弟は、相変わらずらしい。
貴族は普通、領地の本邸の他に王都に別邸を持っている。
イーリック伯爵家も例外ではないが、私の王都での滞在先は伯爵家別邸ではなく宿になった。私が帰ることをセオドアが断固として拒否したからだ、と聞いている。
それ自体は別に構わない。というか望むところだ。
私はもうとっくに家を出た身で、心情的にも生家とはきっぱり縁を切っている。が、父はそうではないらしい。
(馬鹿みたい。体面を汚すな、だなんて)
手紙を忌々しく指で弾き、不思議そうに体をひねるコケケダマに『お願い』をする。コケケダマは軽快に一回転すると、もふっと毛を膨らませた。
――ボッ
つまんだ指から遠い端っこから燃え出して、やがて全てが灰となる。
風に吹かれ、灰はあっという間に跡形もなく消えてしまった。
「……さ、帰りましょうコケケ。【止まり木】の精霊さんたちもね」
どこかせいせいとした気持ちで、すっかり日の暮れた精霊の森を後にする。
止まり心地を気に入ってくれたのか、いつの間にやら精霊は四匹に増えていた。コケケダマと合わせて五匹、精霊術師としてまずまずの数になってきたと嬉しくなる。
「お帰りなさいませ、イーリック様。お留守の間に届いた贈り物を、お部屋に運ばせていただきました」
宿の受付で慇懃に頭を下げられ、「ありがとう」と言葉少なに返して部屋に戻る。
一抱えほどある大きな箱を開けば、はっと目を引くほど美しいドレスが入っていた。
(何が『後日』なんだか……)
どっと疲れを覚えてその場に座り込む。父のせっかちなところはちっとも変わっていないらしい。
ふんだんにレースのあしらわれた、淡いエメラルドグリーンのドレス。
そっと撫でれば、なめらかな生地が指に触れる。綺麗だな、と素直に思った。
両手で持ち上げた途端、足元にひらりとカードが落ちてくる。
――お前にこんなドレスは相応しくない。己の身の程をわきまえろ
「…………」
差出人の名は書かれていない。が、筆跡ですぐにわかる。
本当に、あの弟は相変わらずだ――……
父の目から隠れて忍び込ませたであろうカードを、私は無言で机の引き出しの奥にしまい込んだ。




