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6.不遇だった日々

「ふぅん、実家からの手紙ねぇ。それってそんなに嫌なもの? 食べ物だの日用品だのを大量にくれたり、風邪を引いたら看病しに来たり、親って子どもがいくつになっても世話を焼いてくれる存在じゃない?」


 肉と野菜、チーズがこれでもかと分厚く挟められたパンをほおばり、ヒルダがくったくなく首を傾げる。


 ヒルダの実家は王都にあり、どうやら家族とは円満な関係にあるらしい。

 ヒルダ自身は新任の頃から教師寮に住んでいるものの、両親共にしょっちゅう差し入れを持って会いに来てくれるのだそうだ。ちなみに実家は繁盛している商店とのこと。


「その……それは、各ご家庭によるのではないかと……」


 私は気まずく目を逸らし、自身のパンを申し訳程度にかじる。

 学生食堂で昼食用に持ち帰りを頼んだパンは、わざわざお願いするまでもなくヒルダには特大のものを、私には常識的なサイズのものを用意してくれた。


 言葉を濁す私に、はっとしたようにヒルダが大きな目を見開いた。


「わわっゴメン、決めつけるみたいな言い方しちゃったね。うん、確かに事情は人それぞれだ。あたしってば無神経で、ホント申し訳ない!」


 ヒルダが律儀にパンを置き、きっちり直角に頭を下げる。

 私は慌ててぱたぱたと手を振った。


「いいえ、うちが少し特殊なだけですから。私、女ばかりが三人続いた後の四女なんです。今度こそは男子の跡取りをと、イーリック伯爵家一同が並々ならぬ期待を寄せていたところに……その」


「生まれたのがティア先生で、がっかりされたってこと? 何それ腹立つ、あり得な〜いっ」


 我がことのように怒ってくれるヒルダに、私はしおしおと情けない笑みを浮かべた。

 湯気を立てるカップに手を伸ばし、熱い紅茶を飲み下してから小さく首を横に振る。


「違います。私は双子で……待望の弟が、同時に生まれたんです。もちろん両親は狂喜乱舞したと聞いています。私はまあ、ついでというか、オマケというか。ですがオマケでも、生まれてすぐには喜んでもらえただけマシだったんです――」


 だがそれも、事実が発覚するまでだ。

 ため息を飲み込み、私はまっすぐヒルダに向き合った。


「弟はひどく病弱で、父も母も姉たちも弟につきっきりでした。対して私は絵に描いたような健康優良児で……まだ物心つく前から『逆だったらよかったのに』『こいつが弟の運を吸い取ったんじゃないか』なんて忌々しく思われていて。私、実家には居場所なんて少しもなかった……」


「そんなっ」


 ヒルダが真っ赤になって憤慨する。

 不遇だった幼い日々を思い出しながら、私は紅茶の揺れる水面をぼんやりと眺めた。


「でも、私は意外と平気だったんですよ。生まれたときから粗雑に扱われていたせいで、それは私にとって当たり前の日常だったから。悲しいとか悔しいとか、特に感じたことはなかった気がします」


 見かねた母方の祖母が、私を引き取ってくれたのは私が七つのときだった。

 祖母は遠く南方に住んでいて、長いこと私の状況を知らなかった。知ったときには今のヒルダのように顔を真っ赤にして怒り狂い、「ティアはわたくしが育てます!」と母の実家であるサザランド領地に連れ帰ってくれたのだ。


 厳しくも優しかった祖母の顔を思い出し、張り詰めていた気持ちがふっとゆるむ。


「――祖母は精霊術師でした。ほんの小さなころから私だけに見えていた、丸っこいふわふわが精霊なのだと教えてくれたのも祖母だったんです」


 サザランド領地の古い邸宅。

 軋む廊下を進んだ先の突き当たりには、祖母の宝物をありったけ詰め込んだ秘密の部屋があった。

 壊れたオルゴールに骨董品の懐中時計、すっかり汚れて毛羽立ったクマのぬいぐるみ。どれも祖母自身や、遺品として受け継いだ他の精霊術師の【止まり木】だった。



 ――わあ、すごいすごいっ


 ――ふわふわもこもこが、こんなにいっぱい!



 幼い私は大興奮した。

 秘密部屋の【止まり木】には大小様々な精霊たちが宿っていたのだ。イーリック伯爵家でも何度か目にしたことはあったものの、これだけたくさんの精霊を見たのは生まれて初めてだった。


 まだ七つだった私には家族から離れた寂しさなんて少しも無く、ふわりふわりと浮遊する精霊たちと部屋の中を駆け回って遊んだ。

 厳格な祖母は怒ることなく、それどころかいかめしい顔をゆるめて微笑んだ。



『素晴らしい。ティアはとても良い目を持って生まれてきましたね』


『あなたのお役目は、全ての精霊を愛し、そして全ての【止まり木】を誠意をもって大切に扱うこと。いいこと? 決してイーリック伯爵家の愚か者共のような振る舞いをしてはなりませんよ』



「あははっ、おばあさん結構言うね〜!」


 ヒルダが手を叩いて大喜びした。

 私もつられて笑ってしまって、毛先に止まっていたコケケダマがふるると揺れる。落ちないよう優しく手を添えてから、ゆるんだ顔を引き締めた。


「【止まり木】は永遠ではありません。精霊が飽きることもあれば、新しい【止まり木】に夢中になってしまうこともある。祖母はいつも持ち歩く【止まり木】以外は、その部屋に保管していたんですよ」


 秘密の部屋は精霊たちの憩いの場になっていた。

 物質を持たない精霊たちは気楽に屋敷の壁をくぐり抜け、好きに【止まり木】で休んだり、元の住処へ帰っていったり。コケケダマと初めて出会ったのも、あの祖母の秘密部屋でのことだった。


(懐かしい……。ずうっと私の側にいてくれてありがとうね、コケケ)


 愛情を込めてコケケダマを包み込み、微笑みかける。コケケダマが私の手のひらを優しくついばんだ。


 いつの間にか、朝の重苦しい気持ちはすっかり晴れていた。

 巨大パンを完食して満足気なヒルダに、私は改めて向き直る。


「ありがとうございました、ヒルダ先生。お陰で……手紙を読む勇気が、出てきた気がします」


 今朝は動揺する私に温かいお茶を振る舞って、授業までに気持ちが持ち直すよう手助けをして。そして今も、貴重な昼休みの時間を割いて話を聞いてくれた。

 もっと上手に感謝を伝えられたらいいのに、私は嫌になるぐらい口下手だった。他者と薄い関わりしか持ってこなかったツケが回ってきたのかもしれない。


 それでもヒルダは、にぱっと太陽のような明るい笑みを浮かべてくれた。


「お礼なんかいいってば! あたしはティア先生のお世話係のお姉さんなんだから、どどーんと頼ってくれて結構結構!」


 頼もしく請け合って、ヒルダはちらっと壁掛け時計に目を走らせる。

 愛用の樫の杖を手に、あわただしく立ち上がった。


「いけない、そろそろ午後一番の授業だった! ティア先生はまだだよね、ここでゆっくり休んでていいからね。相談の続きは明日でいい?」


「え?……いえ、もう充分聞いていただきましたから」


 戸惑う私に、ヒルダが「何言ってんの!」と目を吊り上げる。


「まだ懸案事項が残ってるでしょ? 隠しても無駄だよ、複数あるって今朝認めてたし! 教師寮がどうだとか、後は何だっけ。あえてこれまで突っ込まなかったけど、無表情ストーカー王子の件とか?」


「ぶっ!?」


 飲み干そうとした紅茶を思わず噴いてしまった。

 無表情――ストーカー王子!?


 涙目になって咳き込む私に、ヒルダが訳知り顔で言い聞かせる。


「相手が王族だからって、変に遠慮する必要なんかないんだからね? 故郷に恋人を残してるとか、いろいろ断りようはあるんだから。一人で抱え込まず、ちゃんとお姉さんを頼るんだよ?……っと、ホントにそろそろ行かないと! じゃあねティア先生っ」


「待っ……!」


 止める間もなく、ヒルダは嵐のように去ってしまった。

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