41.最後の一夜
塔の最下層に用意していたカンテラに、精霊術で火を灯す。
夜にここに来たのは初めてで、真っ暗でひどく冷え切っていた。体を抱き締めて震える私を、ローレンツがいたずらっぽく見つめる。
「やはりあなた一人では無理があったんじゃないか? この闇が怖いのだろう」
「違……っ! これは寒くて震えているのであって、決して恐怖からではありません!」
ツンと取り澄まし、ローレンツの手からカンテラを奪い取る。
勇ましく階段を上れば、背後から押し殺した笑い声が聞こえてきた。私は意地になって足を速める。
「もう、笑いすぎで――……コケケ?」
不意にコケケダマが、ぺしぺし、と私の頭の上で跳ねた。
どうしたの、と尋ねようとした瞬間、「ティア!」とローレンツが鋭く叫ぶ。塔に飾られた【止まり木】から、一斉に精霊たちが飛び出してきた。
「えっ、えっ!?」
大挙して押し寄せてきた彼らは、次々と私の薄紅色の髪に止まり出した。はみ出て落ちてしまった子たちを、私は慌てて両腕を使って受け止める。
「な、なに……!?」
「ちょっと待てお前たち、さすがにそれは定員超えだ。俺の【止まり木】も使うといい」
ローレンツが私の手からカンテラを取り戻し、すばやく自身の虹のハンカチを広げた。
こぼれた精霊たちが、わーいわーいと跳ねながらそちらに移動する。
腕が自由になってほっとした。髪にも肩にも大量の精霊がひしめき合っているが、まあ重さは感じないので良しとしよう。
「一体どうしたというんだ。何か察しているのか?」
「あ……っ、そういえばコケケと私の精霊たちには話してしまいました。今夜シンシアを救うために、砂時計を破壊する……と」
だけど、塔の精霊たちには知られていないはず。
首をひねる私に、ローレンツが苦笑する。
「そういうことか。精霊同士は不思議な繋がりを持っていて、まして塔の精霊はみな故郷を同じくするからな。事情を知っていたとておかしくない」
「なるほど……。ではこの子たちは、私を止めようとしているのでしょうか……?」
精霊たちが一糸乱れぬ動きで、ふるるっと丸い体を何度も振った。「違うよー!」と言っているように見えて、私とローレンツは顔を見合わせる。
「えっと?」
「さあな。精霊の考えていることは人間にはわからない。単に野次馬根性なだけかもしれん」
「それはちょっと……」
なんて、話していてもらちが明かない。
私とローレンツは大量の精霊を引き連れたまま、塔の最上階を目指す。階段を上るたび、まだまだ精霊が追加されていく。
「……シンシア? こんな夜更けにごめんなさい」
黄金の砂時計は、暗闇の中でひっそりとたたずんでいた。
カンテラを置いてガラスの中にそっと語り掛けるが、当然のことながら返答はない。両の手のひらで包み込むように、慎重に砂時計を持ち上げた。
「ローレンツ殿下、端に毛布とクッションがあるでしょう? 座り心地がいいように敷いていただけますか?」
昨日のうちに、用意はすっかり済ませてあった。
ローレンツは怪訝そうな顔をしながらも、壁際に毛布を敷いて、その上に大きなクッションを背もたれになるよう二つ並べて置いてくれる。私は頷き、砂時計を持ったままそこに座り込んだ。
「さ、ローレンツ殿下も隣にどうぞ。……シンシア、あなたはここね?」
石床の上にハンカチを敷き、シンシアの砂時計をそっと載せる。
ちなみにこれは以前国王陛下からお借りして、返そうとしたら「よかったら使ってくれ」といただいてしまったハンカチだ。王家の紋章入りなので、シンシアの台座としてはかなり相応しいと思う。
まだ突っ立ったままのローレンツを、私は焦れて手招きする。
「もう、早く座ってください。寒いですけど毛織りのマントもあるし、精霊術で少しは暖も取れるでしょう?」
「いや……、ああ……」
ローレンツは戸惑いながらもやっと動いてくれた。
私とローレンツが並んで、シンシアと向かい合う形だ。私はぎゅっとマントをかき合わせ、マントの中に少しだけ暖気を流す。
「さあ、今夜は長くなりますよ。ローレンツ殿下、今からシンシアとたくさんおしゃべりしましょうね?」
目を丸くするローレンツに、くすくすと笑いかけた。
「シンシアが砂時計で過ごす最後の夜ですもの。予定では私の【止まり木】に越してきてもらうつもりですが、それにはまずシンシアに私のことを知ってもらわないと。……それに」
指でガラスをなぞり、見えないシンシアに目を凝らす。
気のせいか、少しだけ黄金の砂粒が輝きを放った気がした。
「朝日が昇るまで待ちたいから。この黄金の砂時計が、きっと一番美しく輝く瞬間だから」
ローレンツがふうっと詰めいていた息を吐く。
顔を伏せて笑い、やがて優しい眼差しを私に向ける。
「……そうだな。こんな闇の中で終わるには、シンシアの【止まり木】は美しすぎる」
「そうそう。悔しいけれど今の私では全く太刀打ちできません」
「そんなことはない。あなたはこの世界の何よりも美しい」
「そう思うのはこの世でローレンツ殿下だけです。シンシアの同意が得られるとは思わないでくださいね?」
軽口を叩き合いながら、私たちは夜通し話をした。
ローレンツのこと。私のこと。ローレンツのお母様の、そして私の祖母の懐かしい思い出話。
いつしか話し疲れ、二人肩を寄せ合ってとろとろとまどろんだ。
やがて突き刺さるような眩しさを感じ、目を開ける。
(……あ……)
ローレンツはもう起きていた。
カーテンのない大きな窓の前に立ち、朝日を眺めている。その手の中にはシンシアの砂時計があった。
私も呼吸を整え、立ち上がる。
ローレンツに歩み寄れば、ローレンツは穏やかに振り向いた。
「おはよう。ティア」
「おはようございます。ローレンツ殿下」
「綺麗な朝だな」
「はい。とびっきりの朝です」
朝日を浴びて、砂時計が輝きを放つ。
ローレンツの手の上に私の手を重ね、砂時計を逆さまにした。
私たちの手の中で、黄金の砂粒がきらきらと落ちていく。涙が出そうなぐらい美しかった。コケケダマたち精霊も、身じろぎひとつせず砂時計に見入っていた。
最後の一粒まで落ちるのを見届けて、ローレンツを見上げる。
ローレンツの瞳は凪いでいた。
言葉はもう必要ない。二人深く頷き合い、同時に手を放す。
――カシャンッ
ほんの一瞬のはずなのに、永遠にも感じられるほどゆっくりと落ちていく。
美しく澄んだ音を立て、砂時計は粉々に割れてしまった。




