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40.真夜中に咲く花

 深夜0時まであと少し。


 いったんローレンツと別れた私は、王城の向かって右側、自分の担当する配置へとついた。

 気温はかなり低いものの、不思議と寒さは感じなかった。

 お腹が満ちているし、何よりローブとマントがきっちり冷気を遮断してくれる。フードをかぶればさらに暖かさが増した。


「イーリック様。残り十分を切っております」


 補助役の役人さんが背後から声を掛けてくれる。

 私は頷き、深呼吸をした。

 事前の打ち合わせでは、残り十分の段階で王城中の明かりが消えることになっている。今ごろメイドさんたちが手分けして城の中を走り回っているのだろう。


「一分、切りました」


 辺りはもうすっかり暗闇に包まれていた。

 ほんの数歩先すら見えず、私は高鳴る胸を押さえる。

 フードからこぼれた薄紅色の髪、【止まり木】に宿るコケケダマと精霊たちに、心の中で呼びかけた。


(さあ、そろそろ時間よ。どうかみんな、私に力を貸して――)


 五、四、三、二、一……


(――ゼロ!)


 広げた両の手のひらから、カッと眩しいほどの光がほとばしる。黄金の光はうねり、広がり、まるで蔓草のように城壁を立ち昇っていく。


 おおっ、というどよめきが背後から聞こえた。

 王城勤めの役人さんたちは、特等席でこの寿ぎを見守っているのだ。


 私自身も高揚していくのを感じながら、術式を次の段階へと移行させる。大輪の花よ咲け、と強く念じる。



 わああっ!!



 途端にすさまじいほどの歓声が弾けた。

 王城の人々だけじゃない。きっと城下町の民衆たちも、同じように喜びの声を上げてくれているはず。


 光の花はほんのりと黄色を帯びていて、次々と咲き誇っていく。

 王城の美しい白亜の壁に、光の蔓草と満開の花々。ありったけの魔力を精霊たちに捧げ、暗闇の中に真昼の陽の光を召喚する。


「はあ、はあ……っ」


「――ティア! やったな!」


 肩で息をしていたら、ローレンツが一目散に駆けてきた。

 ローレンツの担当は私の反対側だったが、光が消えるのを待ちきれずにこちらに来てしまったらしい。

 苦笑しながら顔を上げた瞬間、ローレンツに軽々と抱き上げられる。


「すごいぞ、みな大喜びだ! 俺にだってちゃんと見えた。黒の中に、白い花が次々と咲いていったんだ!」


「もう、他人事みたいな言い方をして。殿下と私、二人で成し遂げた精霊術でしょう?」


 くすくす笑ってローレンツの肩に手を回した。

 よかった。迎えに行くまでもなく、ローレンツの方から来てくれた。


 ローレンツをしっかりつかまえてから、まだ光り輝いている王城を振り仰いだ。

 花は余韻を残しながら、一つ二つと数を減らしていく。やがて最後の一つがしぼむように消えてしまい、完全に元の暗闇に戻ってしまった。


 ローレンツが小さく息を吐き、寂しげにつぶやく。


「……ああ。何だか、名残惜しい気持ちになるな……」


 私はそんな彼をじっと見つめた。

 小さく首を横に振り、「大丈夫」と秘めやかにささやきかける。


「……見ていて。花はまだ咲きますから」



 ――ドォンッ!!



「え……?」


 刹那、耳をつんざくような轟音が響き渡った。

 ローレンツが茫然として空を見上げる。


 白亜の王城の背後から、次々と色鮮やかな花火が打ち上がる。ドォンドォンとお腹の底に響く音を立て、短く儚い、けれども夢みたいに美しい大輪の花が夜空に咲く。


「……これ、は……?」


「ごめんなさい。実は国王陛下に許可をいただいて、ヒルダ先生のご実家にお願いしたのです」


 ローレンツの腕から抜け出して地面に着地した。

 花火に見入るローレンツの横顔に、そっと語りかける。


「ヒルダ先生のご実家は手広く商売をされていて、こういった方面にも明るいと思って相談してみたのですが。なんとご親戚に花火職人さんがいらっしゃるとわかって、渡りに船と頼んでしまいました」


 王都の商人たちは組合を作っていて、百貨店を経営するヒルダの一族はその筆頭だった。

 ヒルダの父親の音頭で資金を募り、今夜の花火が実現した。今まで眺めるばかりだった新年の寿ぎに、今年は初めて自分たちも関われるとあって、寄付してくれた商家はみな大喜びであったらしい。


「――だから、ローレンツ殿下。心配されなくても大丈夫ですよ」


「ティア……?」


 息を呑むローレンツに、私は精いっぱいの笑顔を向ける。


「寿ぎは……いいえ、何も新年の寿ぎに限った話ではありません。精霊術師は決して特別な存在ではなく、精霊術に代わるものなどいくらでもあります。その時その時の形で、みんなで知恵を絞りあって工夫していけばいいのだと思います」


 ローレンツは優しいひとだ。

 優しいから、己の世界に色彩を取り戻すことをあきらめた。それはシンシアを看取るためであり、そして国王陛下のためでもあったのだと思う。


 けれど。


「陛下は、王家の威信など気にする必要はないときっぱりおっしゃいました。――その、悪い言葉で申し訳ないのですが」


 顔を赤らめつつ、小声で告げる。


「クソ喰らえ、だそうです。ローレンツ殿下が精霊術師であろうとなかろうと、大切な息子であることに変わりはない、と」


「…………」


「ローレンツ殿下。私も同じ気持ちです」


 ローレンツに手を伸ばし、ぎゅっと彼のマントを握り締める。


「あなたが精霊術師であろうとなかろうと、あなたの本質が変わるわけではありません。あなたは私にとって、代わりなどいないかけがえのない存在です」


 ローレンツの体が小刻みに震える。


 これまで必死で耐えて歩いてきた道を、今になって捨てろというのがどれほど酷かというのは痛いほどにわかっている。

 それでも私はあきらめられない。だから言葉を尽くして訴える。


「私はあなただけじゃなく、シンシアだって救いたい。シンシアが、このまま消えいくのを受け入れるなど嫌なのです。――だって、シンシアの眠るあの砂時計は、もう【止まり木】なんかじゃない!」


 精霊にとって【止まり木】は、温かく居心地のいい場所のはずなのだ。

 気まぐれに居着いては、気まぐれに離れる。本来ならそんな気楽な場所であるはずなのに。


「あれでは、シンシアを閉じ込める鳥籠と同じです。だから私が檻の中からシンシアを救い出して、故郷のオーデア湖に連れていきます。もうコケケダマと精霊たちにも、協力してくれるようお願いしました」


 キッと顔を上げ、自身の薄紅色の【止まり木】をふわりと払う。


「あの砂時計を破壊します。結果何が起ころうと、私は全てを受け入れる。そして全ての責は私が負います」


 ドォンドォン、と花火が夜空を彩った。

 歓声は絶え間なく、けれど私とローレンツの世界には届かない。


 私はローレンツから離れ、温もりを手放した。

 マントをかき合わせ、踵を返す。

 塔の鍵はすでに国王陛下から預かっていた。陛下は、すまない、と悲しげに私を見つめていた。


 にじみかけた涙を乱暴にぬぐい、私は振り返らずに走り出す。

 コケケダマたちが精霊術で照らしてくれた、ほわりとした優しい明かりの下を泣きながら走る。


「――ティア!」


「……っ」


 強く腕を引かれ、あっと思った時にはもうローレンツの腕の中だった。

 塔の真下で、ローレンツがきつく私を抱き締める。


「すまない。本当にすまなかった……。あなたに、そんな酷なことはさせられない。あれを壊すのならば、他の誰でもない俺がやるべきだ。本来ならばもっと前に、俺がやらねばならなかったんだ……!」


 ローレンツの声にも涙が混じっていた。

 二人抱き合ったまま、言葉もなく静かに泣き続ける。


 やがて花火の音がやみ、辺りが静寂に包まれた。

 新年の寿ぎが終わった。これから新しい一年が始まっていく。


「……行きましょう。ローレンツ殿下」


 涙を拭いて笑えば、ローレンツもうるんだ瞳のまま微笑んだ。


「そうだな、行こうティア。……あなたと一緒ならば――」


 どちらからともなく手を繋ぐ。

 体の震えはもう止まっていた。


 そうして私たちは、真っ暗な塔の中へと足を踏み入れた。

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