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37.あなたを見つける

 そこからはどうやって教師寮に帰ったのか覚えていない。

 馬車に揺られたような気もするから、辻馬車でも拾ったのだろうか。それとも国王陛下が手配してくださったのだろうか。


 ともかく私はローレンツを置いて帰宅し、階段を駆け上って自室へと直行した。そのまま崩れ落ちるようにベッドに腰を下ろす。


(シンシアは……)


 砂時計に向かってどんなに目を凝らしても、私には見つけられなかった。

 コケケダマにも聞いてみたけれど、戸惑ったように毛並みを震わせるだけ。同じ精霊同士でもわからないぐらい、シンシアは弱っているのだ。


 枯れたと思っていた涙が頬を流れる。

 途端にコケケダマと精霊たちが、わっとばかりに私の顔に群がった。


「ちょっもう……ふふっ、くすぐったいったら」


 苦笑すると、わーいと跳ねて嬉しそうに私の周りを飛び回る。

 優しい子たちだ。精霊はみんな、無邪気で可愛くて優しい子ばかりなのだ……。


「――ティア先生、いる?」


「! はい、どうぞ」


 慌てて涙をぬぐって答えれば、ためらいがちに扉が開いた。

 ヒルダがひょっこりと顔を覗かせ、心配そうに眉をひそめる。


「ごめんね、ティア先生がただいまの挨拶もせずに行っちゃったから珍しいと思って。……目が真っ赤だよ。何があったの?」


「あ……っ、これは」


 唇を噛む私をじっと見つめ、ヒルダは無言で出ていった。

 悪いことをしてしまったな、と反省する。ヒルダがいたことに全く気づかず、彼女を無視するような形になってしまったらしい。


「はいよ、温かいお茶持ってきたよ〜!」


 謝らなければ、と腰を上げかけた瞬間、ヒルダが笑顔で戻ってくる。その両手にはカップが二つ。


「はいはい、とりあえず飲んで飲んで。顔色悪いし、寒かったんでしょ?」


「あ、ありがとうございます……」


 素直に受け取り、一口すする。

 その温かさにほっとして、ようやく体から緊張が抜けていく。


「落ち着いた? あたしでよければ話を聞くよ?」


 ぽんと頭を撫でられて、また目頭が熱くなる。

 ハンカチで目をぬぐい、あっと気がついた。……自分でもびっくりなことに、国王陛下のハンカチを持って帰ってしまったらしい。


 固まっていたら、ヒルダも目ざとくハンカチを見つけた。


「うわっ王家の紋章入りじゃん! 何それ何それ、ローレンツ殿下からもらったの?」


「あ、いえ……これはおと、殿下のお父、いえ何でもなくて」


「ほっほう、殿下のお父様ってことは国王陛下ね? さては、うちの息子をよろしく頼むぞよってお願いされちゃった? ティア先生はそれを断ったんでしょ。そんで王様から、うちの息子を振るとは何事かぁっ!て怒られて泣いちゃったわけね」


「……微妙に合ってるんですけど、完全に正解でもなくて」


 力なく答え、笑いがこみ上げてきた。

 ヒルダのさっぱりした気性に救われる。涙は自然と引っ込んで、こうなったらと開き直ってハンカチで豪快に目元をぬぐった。


「ごめんなさい。もう泣きやみます」


「あ、そう? いいのよ別に、泣きたいときは思いっきり泣いても」


 ほれほれ、と私の頬をいたずらっぽくくすぐる。

 私は身をよじってヒルダから逃れ、深呼吸してしゃんと顔を上げた。


「いいえ。泣くよりも先に、私にはしなくてはならないことがありますので」


「わかるわかる。高級ハンカチのお洗濯でしょ?」


「それもありますけど、ではなくて。ともかく今は一刻も早く王城に戻らなくては。ローレンツ殿下に何も言わずに帰ってしまいましたし、確かめたいこともありますから」


 シンシアの【止まり木】。

 あれを壊せば、ローレンツの世界に色彩を取り戻せるのか。

 あの中には本当に今も、シンシアが眠っているのか。


(それに、何より――)


 唇を噛んで考え込みながら、私の【止まり木】に宿るコケケダマと森の精霊たちに目をやった。コケケダマたちが「なぁに?」と言いたげに一斉に体を傾ける。


 ――確かめなくてはならない。


 たとえ真実が何であろうと、私は私にできることをする。

 そう心を決めて、勢いをつけて立ち上がった。


「ありがとうございました、ヒルダ先生。それでは行って参ります」


「はいよ、行ってらっしゃ〜い。ティア先生はもっと人を頼っていいんだからね?」


「……ふふ、そうですね。ヒルダ先生が相手なら、必要な際は遠慮なく甘えさせてもらおうかな」


 ヒルダが嬉しそうに笑って、出ていく私に手を振ってくれる。


 誰かに甘えたり頼ったりするのは、私にはこれまでずっと不得手だった。意識的に避けてきた。けれどもう、一人であがくのは終わりにしよう。

 素直に願いさえすれば、助けてくれる人はきっと大勢いる。今の私に必要なのは一歩を踏み出す勇気なのだ。


 大通りに出てから辻馬車を拾い、今来たばかりの道を戻る。王城の手前で降ろしてもらい、大橋を渡って正門へと急いだ。


 もう日はすっかり傾いていて、仕事を終えた役人たちが一斉に出てくる。馬車も鈴なりで、私は人の波を避けるように端っこを歩いた。


「――ティア!」


 不意に、温かな声が響く。


 はっと後ろを振り向けば、今すれ違ったばかりの馬車が急停止した。

 中から降りてきたローレンツが、嬉しげに顔をほころばせる。私は考える間もなく駆け出した。


「ローレンツ殿下!」


 両手を大きく広げて待ち構えるローレンツに、ぶつかるみたいにして飛び込んだ。

 ローレンツは力いっぱい私を抱き締めると、唇を寄せて甘くささやきかける。


「ほらな、以前言った通りだろう?――たとえ群衆の中にいたとしても、俺ならば一瞬であなたを見つけ出せる」

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