34.この感情に名を付けるなら
セオドアとの面会は中止になったものの、私とローレンツは翌日予定通り王城に向かうことにした。
新年の儀で私たちの行う余興、ではなく寿ぎの最終確認をするためだ。
二人で王城をぐるりと一周して、天高くそびえ立つ白亜の城を並んで見上げる。何度見ても見飽きない美しい城だが、お陰で首がすっかり痛くなってしまった。
「互いの位置取りはこれで決まりだな」
「ええ、あとは国民たちへの通達ですね。年が変わる瞬間には家中の明かりを消して、王城の方向を見るよう伝えておかなくては」
みんなきっと驚き、喜んでくれるはずだ。
想像するだけで胸がわくわくと高鳴った。
「俺はこの後で父たちとも打ち合わせがある。ティアはどうする? 先に帰るなら馬車を用意させるし、待ってくれるなら俺の部屋で休んでいるといい」
ローレンツに尋ねられ、私は束の間考え込んだ。
本来ならこの時間をセオドアとの面会にあてるつもりだったが、どうするべきか。なんとなく顔を上げたら、精霊の塔に視線が吸い寄せられた。
(……あ。そうだ)
今日は外回りの予定だったから、しっかり厚着をしてきている。
寒さに耐えきれなくなったら、ローレンツの部屋に避難させてもらえばいい。
そう心を決めて、私は笑顔でローレンツを見上げた。
「久しぶりに塔に行ってみます。また私の精霊たちが引っ越してしまうかもしれないけど」
「ああ、なるほど」
ローレンツがおかしそうに頬をゆるめる。
「塔の【止まり木】の精霊たちも、あなたが遊びに来てくれたら喜ぶだろう。もしあなたの精霊が減ってしまったとしても、城からの帰りに学院の森に寄ればいいしな」
そんなわけで、いったんローレンツと別れることにした。
塔の鍵を受け取り、いそいそと塔の中へと足を踏み入れる。私の【止まり木】からぽぽぽぽん、と勢いよく精霊たちが飛び出してきた。
「帰り際に声を掛けるからね。できるだけ戻ってきてね?」
さあ、それはどうだろう?
そう言わんばかりに、精霊たちがフッと小さな目を細めて私を振り返る。なんだか格好つけてるみたいで、思わず噴き出してしまった。
「コケケも、遊んできて構わないのよ。……そう? いいのね」
コケケダマは私の頭上に跳ね登ると、どっかりと座り込んだ。どうやら動く気はないらしい。
のんびりと塔を登り、飾られた【止まり木】を観賞する。精霊は増えたり減ったり。これはいつものことだ。
てっぺんにある砂時計は相変わらず美しかった。
ひっくり返すと黄金の砂がさらさらと落ち、魔法のように光を振りまく。椅子もないこの部屋で、私は突っ立ったまま飽きることなく砂時計を眺め続けた。
「――それが、気に入ったのかね?」
「……っ」
完全に放心状態だった私は、びくりと体を跳ねさせる。コケケダマが転がり落ちて、慌てて手のひらで受け止めた。
コケケダマがむっとしたみたいに毛をふくらませる。
(え――……)
穏やかに響く低い声。ローレンツの声じゃない。
この塔に出入りする人間は、そういくらもいないはず。
恐る恐る振り返れば、いかめしい顔つきの大男がこちらを睨んでいた。私は飛び出しかけた悲鳴を飲み込む。
「あ……っえ……? こく、」
「国王陛下、とは他人行儀な。あなたは息子の思い人なのだろう。イーリック伯爵令嬢」
苦味走った笑みを浮かべると、陛下は大股で私に歩み寄る。私は慌てて後ずさりした。
「あ、の。え……?」
「いかん、わたしも他人行儀だな。どうだろう、ティア殿と呼んでも構わないかね? そうか、構わないか。ありがとうティアさん」
「…………」
私、何も言っていませんけれど。
なんて言い返せるはずもなく。
私は口をつぐんだまま、ただコクコクと頷いた。陛下は至極満足気な笑みを浮かべる。
「ティア、悪いが君についていろいろ調べさせてもらった。諜報員に命じて程なくして報告が上がってきてな。いや、どうやらローレンツが先に調べさせていたらしく、同じ報告書を持ってきただけだと笑われてしまったよあっはっはっ」
私は全然笑えない……。
どうやらローレンツと陛下は似たもの親子であるらしい。
流れるように「伯爵令嬢」から「殿」「さん」、果ては呼び捨てになってしまっているし。
国王陛下であるということを抜きにしても、到底私なんかが太刀打ちできる相手じゃない。
力なく笑い、私は改めて礼を取った。
「……ご挨拶が遅れて大変申し訳ございません。サザランド領地の精霊術師、ティア・イーリックと申します」
「なるほど。イーリック伯爵家とは無関係であると主張したい、と」
にやりと笑われ、私は引きつりそうになる顔を引き締める。
しっかりと前を見て、強面の国王陛下と向かい合った。
「お調べになったのでしたらご存知でしょうが、生家とは距離を置いて久しいのです。まして、この度わたくしは精霊術師として王立魔術学院に召喚された身。イーリック伯爵家のことはどうかご放念いただけると幸いです」
「承知した。ではざっくばらんに話そうか」
あっさり了承すると、陛下はずいっと迫力のある顔を近づけた。私は反射的にのけぞってしまう。
「息子のことをどう思っている? 君に奴と結婚する気があるのなら、故郷に連れ帰ってくれて構わない。いやだが、本音を言うなら二人には王都に残ってほしいし、孫の顔も見たいんだ。ローレンツには公爵位を与えるから、祝いとして若い二人に相応しい派手で巨大な屋敷を贈りつけ」
「いいえ遠慮いたします。わたくしは殿下と結婚するつもりはございませんので」
怒涛のような口上に、私は必死の思いで割り込んだ。
驚いたように黙る陛下に、私はなるべく感情を消し去った口調で伝える。
「ローレンツ殿下は、あくまでわたくしの【止まり木】に救いを求めてくださっているに過ぎません。ローレンツ殿下は、わたくしにとって何にも代えがたい大切な友人です。だからこそ、一過性の勘違いであのかたの人生を奪うことはできないのです」
(……そう)
改めて言葉に出してみると、すとんと腑に落ちた。
ローレンツは私にとって大切なひと。
一緒にいるだけで幸せで、心が勝手にときめいて、笑いかけてくれたら天にも昇る心地になる。二人でいつまでだってこうしていたいと願ってしまう。
この感情をなんと呼ぶのか、もう私は知っている。
他でもないローレンツが教えてくれたから。
(だからこそ――)
私はローレンツの側にいられない。
ローレンツには誰よりも幸せになってほしい。色彩を取り戻したありのままの世界から、彼が真に愛するひとを見つけ出してほしいのだ。
「ローレンツは……あの子は、君に全て話したのか?」
国王陛下が茫然として立ち尽くす。
私は呼吸を整え、強い決意を込めて陛下を睨み据えた。
「全て、ではございません。ですから国王陛下、無礼を承知で申し上げます。どうかわたくしにお教えいただけないでしょうか? ローレンツ殿下が色を失った理由を。そして、あのかたの世界から色を取り戻すための方法を――」




