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31.冷たい手

 それからしばらくは、週末ごとに塔でセオドアと落ち合った。

 ローレンツが一緒のときもあれば、そうでないときもあった。私とセオドアを二人きりにして、ローレンツだけが塔の最上階で過ごす日も。


 しかしだんだんと冬が深まっていき、塔での日々は終わりを告げた。

 理由は単純明快だ。――寒すぎるのである。


「精霊術で暖めるにしても、限度があるからな」


「本当に。セオドアが体調を崩しても困りますしね」


 私たちはため息交じりに頷き合って、塔の中を精霊術を使って掃除する。

 今後は王城の客室かローレンツの私室を借りることになったので、今までの感謝の気持ちを込めて綺麗にしたい。今日はセオドアとの面会日ではないが、そのためにここまで来たのだ。


「よし、と。これで大体埃は払えたでしょうか。後はこの……椅子とテーブル代わりに使っていた木箱、これの中身も整理しますか?」


 というか、これには一体何が入っているのだろう。

 ローレンツが少しだけ困った顔をして、無言で肩をすくめた。特に止める様子はないので、私は木箱の蓋を開けてみることにする。もしやこれにも【止まり木】が入っているのかもしれない。


(ん……?)


 出てきた予想外のものに、私は目を丸くする。


 恐る恐る両手を入れて、中のものを持ち上げた。

 立派な額縁に、年配の男性の肖像画。下にはまた別の男性、さらに下には豪奢なドレスをまとった綺麗な女性。


「王族の、歴代精霊術師の肖像画だ。ちなみにまだまだある」


「えっもしかしてこの木箱全部、ですか?」


 ローレンツにぼそりと告げられ、私は絶句してしまう。


 王家に精霊術師が多いというのは知識として知っていたが、まさかこれほどまでだったとは。


「本当は、螺旋階段の壁に掛けられていたんだ。最上階に近づくにつれ、【止まり木】が減るのに気づいていたろう? あの空間に年代順で肖像画が並んでいた。俺が全て外してしまったが」


「……なぜ?」


「陰鬱だな、と嫌気が差して」


 事もなげに答える。


 まあ確かに、肖像画の人々はにこりともしない生真面目な表情でこちらを睨んでいる。ましてローレンツから見たら白黒なわけで、確かに陰鬱と言われればそうなのかも。


「この塔は、王家の精霊術師の間で代々受け継いで来られたのですか?」


 肖像画を木箱に戻しながら尋ねれば、ローレンツは「いや」と首を横に振った。


「これは精霊術師だった祖父が建てたものだ。中の【止まり木】は歴代精霊術師のものだが、もう効力を失ってしまったものも数多くある。……だが、だからといって撤去する気にはなれなくて」


「わかります。誰かの『大切』が込められた、素敵な品ばかりですものね」


 木箱はローレンツが元通り壁際に重ねて置いた。

 もうこれで帰るのかと思ったが、ローレンツはしばし迷う素振りを見せる。今しがた戻したばかりの木箱に手を伸ばし、ためらいがちに蓋を開けた。


「……見てくれ。先代国王、つまりは俺の祖父だ」


「え?」


 私は慌てて木箱を覗き込む。


 描かれていたのは、いかにも厳格そうな壮年の男性だった。

 唇が薄く、一重まぶたの目は吊り上がって酷薄な印象を受ける。ローレンツとは少しも似ていない。


「この絵は若かりし頃の姿だな。年を取ってからはさらに人相が悪くなった」


「……駄目ですよ。亡くなられたかたを相手に」


 困る私を見て、ローレンツが小さく笑う。


「祖父が逝ったのも、俺が七つのときだった。母を亡くして一月も経っていなかったな。母のときとは違って悲しくも何ともなかったが」


 何の感情もこもっていない瞳で、ローレンツは先代国王の肖像画を見下ろした。音を立てて木箱の蓋を閉め、背を向けて寄り掛かる。


 ……今さらだが、私たちは王族の肖像画をお尻に敷いて茶会を楽しんでいたわけだ。知らなかったとはいえ不敬なことをしてしまった。


 反省する私に気づかず、ローレンツはどこか遠くを見ている。


「殿下……?」


 体調でも悪いのかと覗き込めば、ローレンツは我に返ったように瞬きした。伸ばした私の手を取り、すがるように握り締める。


「ティア。あなたはおかしいと思わないか? 精霊術師は生まれ持っての資質で、血筋など関係ない。それなのに王族には、いつだって必ず一人は精霊術師がいる」


「必ず……?」


 驚く私を、ローレンツは全く見ていない。

 悲しげに目を伏せて、私を相手に話すのではなく、まるで独り言のようにつぶやく。


「そう。精霊術師は皆、精霊を心から愛しているものだから。だからきっと、自分の愛した精霊に寂しい思いをさせたくなくて、ただその一心で――……」


 不意に、ローレンツが口をつぐんだ。

 まくし立てられた言葉を、私は一切理解できていない。だから、ローレンツの手をただきつく握り返した。


 ローレンツが泣き出しそうに顔を歪める。


「殿下の手、冷たいです。すっかり冷えてしまいましたね?」


 私にはそれしかできないから。

 冷たいローレンツの手が、ほんの少しだけでも温まればいい。それだけを願って、笑う。


「そろそろ帰りましょう、殿下? 私たちの教師寮に。ヒルダ先生たちが待っています」


「……ああ」


 ローレンツが目を閉じた。

 荒い息はやがて落ち着き、いつものように優しい笑みを浮かべる。丁寧に手を繋ぎ直し、私をうながした。


「そうだな、帰ろう。俺たちの家へ――……」

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