表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
30/44

30.夜の色

 セオドアと会えると知って、私は朝から張り切って準備をした。

 真っ白な砂糖のかかったドーナツに、出始めのリンゴを使った甘酸っぱいタルト。甘みに飽きたときのためのケーク・サレ。

 紅茶は大瓶にたっぷり用意してきて、空のカップも抜かりなく持ってきた。


「さ、茶会の席を作らねばな」


 入ってすぐの塔の最下層には、木箱がいくつも重ねて置かれていた。

 ローレンツは軽々とそれらを運び、即席の椅子とテーブルを作ってくれる。木箱を二つくっつけて、赤チェックのテーブルクロスを掛ければ場が一気に華やいだ。


 私は目を丸くする。


「その、テーブルクロス……」


「これも【止まり木】だな。ほら、精霊が寛いでいるだろう」


 テーブルの上をころころ転がる精霊を、ローレンツが気軽につまみ上げる。精霊がもふっと毛をふくらませ、私は思わず噴き出してしまう。


「可愛い。この塔には、随分とたくさんの精霊が()んでいるのですね」


 紅茶をカップに注ぎ、コケケダマに『お願い』をして温め直した。湯気の立つカップをまずローレンツに、それからセオドアの前に置く。


「ああ。とはいっても、ここにいるのはほぼ学院の森出身の精霊だ。切ないと思わないか? せっかく俺の【止まり木】に止まってくれたのに、ここに来たらすぐ離れていってしまう」


「まあ」


 どうやらローレンツも私と同じ目に合ったらしい。

 これだけ多種多様な【止まり木】であふれていたら、それも仕方ないのかもしれないけれど。精霊術師だった祖母の、故郷にあった秘密部屋を思い出す。


「姉さん。ここはそんなに精霊だらけなの?」


 セオドアが興味を惹かれたように尋ねた。

 セオドアの目に精霊の姿は映らないが、幼いころから私が何度も話して聞かせていた。だからセオドアも精霊が大好きなのだ。


「そうよ。ああ、そこにカップを置いては駄目。殿下の手から逃げた子が、また楽しそうに転がって遊んでいるわ」


「ふぅん。コケケダマは? いるの?」


 目を輝かせて私の薄紅色の髪を見る。

 コケケダマが「呼んだ?」と言いたげに、にょっきり顔を覗かせた。


「おいで、コケケ。セオドアが挨拶したいって」


 手のひらに載ってもらい、セオドアの目の前に差し出す。

 コケケダマは小さな目をいっぱいに開いて、カチカチと愛想良くくちばしを鳴らした。


「こんにちは、コケケダマ。久しぶりだね? 姉さんと変わらず仲良くしてくれてるみたいで、ありがとう」


 セオドアは目を凝らすように、手のひらの上の宙を見つめる。コケケダマがぴょんと跳ねた。


「……コケケダマは、本当に特別な精霊だな」


 黙ってその光景を眺めていたローレンツが、不意にうなるように言う。


「あなたから一度も離れないのもそうだが、あなたの感情すらも完璧に共有している。普通の精霊ならば、精霊術師でない『見えない』人間相手に、そんなふうに友好的に振る舞うことはあり得ない。あなたが義弟を愛しているからこそ、コケケダマもまた同じ感情を義弟に抱いているのだろう」


「義弟じゃないんですけど」


「実に興味深い。術師にそうまでひたむきな愛情を捧げる精霊は、全くいないわけではないがかなり珍しい」


「聞けよ」


「セオドア、喧嘩を売らないの」


 半眼でローレンツを睨む弟をたしなめて、私はまじまじとコケケダマを見る。

 コケケダマが特別。そう言われると、我が事のように嬉しくなる。


「褒められちゃったね。コケケ」


 深緑色の毛並みにそっと口づけを落とした。


「……羨ましい。俺は今、心の底からコケケダマになりたい」


 大真面目に馬鹿なことを言うローレンツに、私は赤面してしまう。

 すかさずセオドアが氷のような眼差しをローレンツに向けた。


「よろしいのではないですか? 殿下が精霊になれば僕には見えなくなりますので、万々歳です」


「やはり駄目だな。精霊ではティアと結婚できない」


「人間のままでもできません」


「愛をささやくこともできなくなる」


「ささやいてないですよね、叫んでますよね。姉の迷惑も顧みず、やかましいほどに」


「もう、セオドア。喧嘩してないでお菓子でも食べなさい」


 ドーナツを無理やり弟の口に突っ込んで黙らせる。

 セオドアは不満顔だったが、それでも素直にドーナツを咀嚼した。ローレンツは相変わらず菓子には一切の興味を示さず、頬杖をついて熱心に私だけを見つめている。


 やがて、感極まったようにため息をついた。


「ティアは今日も綺麗だ」


「わかりきったことを言うな。姉さんは毎日毎分毎秒いつだって美しい」


「……二人とも、いい加減にしなさい」


 一体これは何の拷問なのだ。


 度の過ぎた賛辞に、両耳をふさいで必死に耐える私であった。



 ◇



 セオドアには先に塔を出てもらい、私は時間差で帰ることにした。

 ローレンツが馬車までセオドアを送ってくれるのを待つ間、私はもう一度塔を登ってみることにする。長い階段を今度は寄り道せずにひたすら登り、息を弾ませ最上階にたどり着く。


 その途端、ぱあっと一気に視界が明るくなった。


 大きな窓にはカーテンがなく、眩しい西陽が差し込んで、部屋の中はオレンジ色の輝きに満ちている。

 様々な【止まり木】の飾られていた螺旋階段とは違い、がらんとした寂しい空間だった。中央には丸テーブルが一脚あるだけだ。


 私は導かれるようにテーブルに歩み寄る。


(……きれい)


 卓上には、黄金の砂が満ちた砂時計がぽつんと置かれていた。繊細な作りで、私は落とさないよう慎重に取り上げる。


 ひっくり返してテーブルに戻せば、砂がきらきらと光を放ちながら落ちていく。私は言葉を失ってその光景に見惚れた。


(これも【止まり木】なのかしら……?)


 薄紅色の髪を揺らして精霊たちの様子を窺うが、彼らは砂時計に全く興味を示さない。どうやらこの様子だと違うらしい。


 砂時計の砂がすっかり落ちきるまで見届けて、私は窓辺に移動する。

 繁った木々の後ろに威風堂々と建つ王城が見え、窓をいっぱいに開け放った。風が通り抜け、肌寒さを感じて体を抱き締める。――もうじき、冬が来るのだ。


(臨時講師の任も、もう折り返し地点を過ぎてしまった……)


 胸がきゅうっと苦しくなって、私は途方に暮れてしまう。

 セオドアとまた離れ離れになるのが悲しい。ヒルダやみんなとの、教師寮でのにぎやかな暮らしが終わってしまうのが寂しい。せっかく打ち解けてきた、学院の生徒たちともお別れしなければならない。


(それに――……)


「ティア。ここだったか」


 穏やかな声音に、物思いから覚めて振り向いた。

 ローレンツが優しく微笑んでいて、私はなぜか赤くなってしまう。


「良い眺めだろう?」


「……はい。時を忘れてしまいそうです」


 隣に立ったローレンツが、「寒いな」と眉をひそめた。慌てて窓を閉めようとする私を押しとどめ、上着を脱いで私の肩に掛けてくれる。


「駄目ですよ。殿下だって寒いでしょう?」


「いいや全く。長い階段を駆け上って暑いくらいだ」


 汗ひとつかいていない、涼しい顔で言い放つ。

 私は思わず噴き出して、素直にローレンツの厚意に甘えることにした。上着の前をかきあわせ、茜色に染まる王城をぼんやり眺める。


「……義弟に」


 しばらくして、ローレンツがぽつりとつぶやいた。

 私は小さく首を傾げ、ローレンツの言葉の続きを待つ。ローレンツが微笑んだ。


「義弟に、手紙で俺の事情を話してくれたのだろう? 今日会った瞬間、『セオドア・イーリックです』とわざわざ名乗ってくれた。正直、ありがたかった」


 嬉しそうに告げるローレンツに、私はぱちぱちと瞬きする。


「……いいえ、私は何も話していません。ですが、あの子は人の気持ちに(さと)いから。あの日――セオドアのことがわからなかった殿下に、何か察するところがあったのでしょうね」


 セオドアは私にすら、あの日のことを問いただそうとしなかった。

 セオドアにはちゃんとわかっているのだ。必要なら私が自ら話すはずで、話さないのならば言えない理由があるからだ、ということを。


「そうか……」


 ローレンツが驚いたように目をみはり、やがてしみじみと頷いた。


「いい弟だ。あなたを深く信頼しているのだな」


「……はい。本当に、私には過ぎた弟です」


 照れながらもきっぱりと言い切る。

 ローレンツが優しく目を細め、王城へと視線を移す。どこか寂しそうな横顔に、また少し私の胸が騒いだ。


 空には少しずつ夜の色が混じり始めている。

 完全に暗くなったなら、私もローレンツと同じ景色が見られるのだろうか。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ