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28.毎日の恒例

 今年の夏は酷暑で、夏季休暇が終わって新学期が始まってからも、連日うだるような暑さが続いていた。

 生徒だけでなく教師も集中力を欠き、学院全体にうんざりした空気が漂っている。その中でただ一人、ローレンツだけが平常運転だった。


「ティア。あなたは誰より美しい」


「ありがとうございます」


「好きだ。あなたに恋をしている」


「ありがとうございます」


「素っ気ないあなたも素敵だ。……ところで次回の義弟との面会についてだが」


「ありが、……ええっ!?」


 無の境地でローレンツをいなしていた私は、びっくりして振り返る。


 昼休み、精霊の森に向かう途中。

 ローレンツは今日も昼食の入ったバスケットを抱え、私の後ろから付いてきていた。私は大急ぎで回れ右してローレンツの隣に立ち、彼をわくわくと見上げる。


「あの子――セオドアは、もう夏バテは治ったのでしょうか?」


 そう。

 体の弱いセオドアが、今年の暑さに勝てるはずもなく。


 たくさん会おうね、と約束したにも関わらず、私たちが会えたのは結局夏季休暇のときの一回きり。

 どうやらセオドアは、ずっと伯爵邸で寝込んでいたらしい。食欲もなく、ただでさえ細いのにさらに体重が落ちてしまったそうだ。


「セオドアのところに、王城のお医者様を遣わしてくださったのですよね。お医者様には手紙のやり取りまでお願いしてしまって、本当に感謝の言葉もありません」


 声を弾ませてお礼を伝える。

 セオドアに直接は会えなかったものの、手紙で互いの近況は知れていた。姉さんの冷たいアイスがまた食べたい、と嘆く弟に、今はむしろ温かいものを摂りなさい、と諭したりした。


 笑いをこらえながらそう言えば、ローレンツは拗ねたように目を逸らした。


「……義弟のことになると、あなたはすぐにそうやって可愛く笑う。俺の告白はいともたやすく聞き流すくせに」


「し、仕方ないじゃないですかっ。毎日の恒例行事みたいになっているのですから!」


 私は赤くなって弁解する。

 本当は、違うのだけれど。ローレンツには絶対言わないが、こちらだって楽々と流しているわけじゃない。

 動揺を決して表に出さないよう、毎回必死で己を律しているのだ。


(だって、気を抜いたら本音が漏れてしまうから……)


 嬉しくて、けれど同じぐらい恥ずかしい。

 口元がほころびそうになるから、意識して唇を引き結ばなきゃならない。


(……なんて、正直に言えるはずがないじゃない!)


 気づけば、ローレンツがじっと私を見下ろしている。

 私は慌てて厳しい表情を取り繕い、ツンとそっぽを向く。


「もう。からかわないでください」


 ローレンツが小さく笑う気配がした。


「ティア。薄紅色の髪の隙間から、あなたの真っ赤な耳が見えている」


「……っ」


 白黒だったらバレなかったのに!


 勢いよく振り向いて、両手で耳を隠す私にローレンツが大笑いする。

 最近ではいつもこう。強がったって結局ローレンツに負けてしまう。


「楽しそうで何よりですっ。ヒルダ先生や、他の先生方も驚いてました。ローレンツ殿下の笑い声なんて初めて聞いたって!」


 ささやかな仕返しに憎まれ口を叩けば、ローレンツが意外そうに瞬きする。そうか、と噛み締めるようにつぶやいて微笑む。


「そういえば、こんなふうに声を上げて笑ったことなどほとんどなかったな。――ティア。全てあなたのお陰だ」


「…………」


「好きだ。あなたをとても愛している」


「…………」


「頬が真っ赤だ」


「もお、しつこいですっ」


 叫んでたまらず逃げ出した。


 精霊の泉に先に着き、一生懸命に顔を冷やす。コケケダマたちも力を貸してくれて、ローレンツがゆうゆうと到着したころにはすっかり普段通りの私に戻っていた。


「お待たせ。さあ、昼食にしようか」


(この余裕ぶりが、また……)


 わざとゆっくり歩いて来てくれたのはわかっている。でも指摘するのも負けを認めるようで、私は不機嫌な顔のままローレンツに手を差し出した。

 ここまで高飛車に振る舞っているというのに、やはりローレンツは怒る様子もない。むしろ嬉しげに今日の昼食を渡してくれる。


 さすがに降参。

 あきらめて私は「ありがとうございます」とささやいた。がさがさと包み紙を開き、出てきたものに目を丸くする。


「パンケーキ……」


「寮の台所を借りて、俺が作った。以前あなたが言っていたろう? 肉を載せるのではなく、野菜と一緒に二枚のパンケーキで挟んでみた」


 得意気に言われ、私は素直に感心した。

 ローレンツは料理ができなかったはず。それでもきっと、私に食べさせるために懸命に作ってくれたのだ。


 不格好なパンケーキを一口かじり、じっくり味わって咀嚼する。お肉のしょっぱさと、パンケーキの甘さがよく合っていた。


「……すごく、美味しいです。いくらでも食べられそう」


 思わず笑顔になる私に、ローレンツはくすぐったそうに笑う。


「寮母に習って特訓したんだ。あなたに生焼けを食べさせるわけにはいかないから、今日作るときには隣で見張ってもらった」


「ふふっ。そんな頼み事ができるぐらい、教師寮の方々とも打ち解けたのですね」


 前を向こうとするローレンツが眩しかった。

 どうしてか自分のことのように嬉しくなって、少しだけ焦げたパンケーキがひどく愛おしい。夢中になって食べ終えて、大満足で顔を上げる。

 ローレンツが優しい眼差しを私に向けているのにやっと気がついて、私はまたもや慌ててしまう。


「私なんか眺めてないで、殿下もちゃんと食べてくださいっ」


「俺の作ったものを、あなたが食べてくれたのが嬉しくて。胸がいっぱいだ」


「気のせいです。胸がいっぱいでもお腹はふくれませんからね。セオドアのように夏バテになったらどうするのです!」


 照れ隠しに叱りつけ、ローレンツを急かして食事をさせる。

 ローレンツもまた幸せそうにパンケーキを平らげた。


 ……その顔を見て、私もほんの少しだけ幸せを感じたのは、ローレンツには絶対に秘密だ。

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