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27.私の【止まり木】

「ちょっとぉ!? それまだ生焼けよっ?」


「そうか。わからなかった」


「あ、そうですよね殿下。お肉は私が焼きますから、テーブルを拭いてきてください」


 大騒ぎしながら、台所で三人協力し合って夕食の支度をする。

 料理担当の寮母さんが休暇の間は、朝だけ簡単なものを作ってそれ以外は外食や惣菜で済ませていた。が、今日は初めて協力して夕食を作ってみようということになったのだ。


「ああんもう、あたし料理なんてしたことないっ」


 サラダ用の野菜を千切りながら、ヒルダが途方に暮れている。

 私は苦笑し、作ったばかりのドレッシングを彼女に手渡した。


「さ、後はこれをかけて混ぜ合わせるだけです。テーブルにパンとチーズを持っていって、殿下と二人で切り分けておいてください。スープはもう出来上がりましたし、メインのお肉だけ仕上げちゃいますね」


「うう、ごめんね。ありがとお〜」


 食堂のテーブルに走っていく彼女を見送って、私は改めて腕まくりする。

 薄切りの肉を手早く焼いて皿に取り上げ、残った肉汁を使ってソースを作る。肉をフライパンに戻し、もう一度炒め合わせてソースを絡ませた。これで完成。


「パンケーキも焼けばよかったですね。お肉を上に載せたら美味しいんですよ」


「それ名案! 今度やってみようよ!」


「ティアは料理上手なんだな。好きだ。結婚してくれ」


「嫌ですけど?」


 せわしなくおしゃべりしながら、全員で奪い合うように料理を平らげていく。

 色がわからないせいか食に興味のないローレンツだったが、今日は心なしか楽しそうに食べている気がする。


「――ねえねえ、聞いてもいい? 色がわからないって、一体何が原因でそうなったんですか?」


 食後、ヒルダが身を乗り出して問い掛けた。

 ぎょっとしてローレンツを窺うが、特に嫌そうな顔はしていない。ローレンツは腕組みをして考え込み、ややあってゆっくりと口を開く。


「返答を拒否する」


『…………』


 私とヒルダは無言で顔を見合わせた。

 まあ……仕方ないのかもしれない。やすやすと踏み込んでいい領域ではないのだろう。


 ヒルダも渋い顔をしつつも、納得したように頷いた。


「やっぱワケありかぁ、そりゃそうだよね。んん〜、この件に関しては一切触れない方がいい感じです?」


「いや。答えられる範囲で構わないなら答えよう」


 ローレンツがあっさりとそう言えば、ヒルダはぱっと目を輝かせた。


「じゃあじゃあ質問っ! 殿下にとってあたしたちは、ティア先生以外の人間はどんなふうに見えてるの? 全部白黒なのよね、もしかして生きてるようには思えない?」


「……そうだな。違和感がある、とでも言えばいいか……」


 ローレンツが眉根を寄せて考え込む。

 私も興味を惹かれ、固唾を呑んで続きを待った。


「……人間も草木も人工物も、俺にとっては等しく同じだ。黒白だけの無機質な風景の一部に過ぎず、熱量がなくどこか他人事な存在としか感じられない。だがその中で人間だけは、笑い、怒り、悲しみ、言葉を発する――。それが俺にとってはひどくちぐはぐで……大勢の人間の中にいると、違和感で気分が悪くなってしまう」


(風景が、意思を持って騒ぎ出す――……)


 想像してみると、すっと胸が冷えていく感覚がする。私は慌てて己の腕をさすった。


 ヒルダも絶句してローレンツを見つめている。


「騒がしくなければ問題はないんだ。実際学院生だったころは、授業中は特別苦ではなかったな。だが、休み時間は駄目だった。大勢が好き勝手にそれぞれの主張を始めると、耳を塞ぎたいような心地になる」


「それは……、つらいね」


 ヒルダがしょんぼりと肩を落とした。

 ローレンツは瞬きすると、ふっと表情をやわらげる。


「その代わり、俺には他の精霊術師が持たない能力がある。【止まり木】を見ればそれと判別できるんだ」


「ん? どういうこと?」


 ヒルダが問い掛けるように私を見た。


 そういえば、以前生徒にも話したことがあったか。【止まり木】には明確なしるしなど存在しない。

 私たち()()()精霊術師には、精霊が何らかの品に宿っているのを見て初めて、これは【止まり木】なのだろうと予測することしかできないのだ。


 ヒルダにそう説明し、私は自身の【止まり木】をふわりと揺らしてみせる。


「だから殿下は、私のこの髪の色がわかるのですね」


「……ふぅん、髪だけかぁ。つまり殿下から見ると、ティア先生の顔もやっぱり白黒ってことよね?」


「えっ?」


 ヒルダの鋭い指摘に、私はぎょっとして口をつぐむ。

 そうだ。ローレンツは私を「美しい」だなどと散々褒めてくれたけど……それは、あくまで髪だけの話なのだ……。


 なぜか落ち込んでいたら、ローレンツが「いや」と事もなげにかぶりを振った。


「――ティアの【止まり木】は髪じゃない」


「はい?」


 思わず目を剥く私に、ローレンツはふっと微笑んだ。


「正確には、髪だけじゃない、だな。ティアは全身――命と言い換えてもいいかもしれないな、あなたの全てが【止まり木】なんだ。髪も瞳も、頬も指先に至るまで。あなたは全てが美しい」


「でっ、でも……!」


 まっすぐな賛辞に真っ赤になりながら、私はしどろもどろで説明する。

 でも、この【止まり木】は祖母から受け継いだものなのだ。祖母が丁寧に自身の魔力を私の髪に馴染ませ、【止まり木】にした。それは絶対に間違いない。


「受け継いだ時点では、そうだったのだろう。だが次第にあなたの魔力で上書きされ、そして魔力はあなたの体のすみずみに至るまで巡っている。あなたは自分でも知らないうちに、己自身を【止まり木】にしてしまったんだ」


(私が、私を……?)


 混乱して、せわしなく髪に触れる。

 コケケダマが首を傾げ、ぴょんと私の手に飛び乗ってきた。

 そうだ、と私は勢いよく顔を上げる。


「でも、コケケも他の精霊たちも、みんな私の髪を寝床にしていますよ? 止まり心地を確かめてね、と新しい精霊を誘うときだって、みんな嬉々として私の髪に止まって」


「それはそうだろう。あなただって人の家に招かれて、『こちらの椅子へどうぞ』と言われたら素直にそこに掛けるだろう? 間違っても椅子を無視して他の場所に座ったりはしないはずだ」


「…………」


 確かに。


 私は深く得心して、力なく笑ってしまった。もしや私はこの子たちに、今まで不便をかけていたのだろうか。


 ごめんね、と小さな声で彼らに謝る。


「これからはどこでも好きなところに止まるといいわ。肩でも膝の上でも、お気に入りの場所を見つけてね」


 手のひらのコケケダマが「わぁい」と言わんばかりにぴょんぴょん跳ねる。

 反動をつけてジャンプし、私の頭のてっぺんに着地した。他の精霊たちも一緒になって元気に跳ねて、そのまま全員が【止まり木】に溶け込む気配を感じる。


「……眠ったな。やはり髪が一番気に入っているらしい」


「慣れ親しんでいますからね」


 ローレンツとくすくす笑い合う。

 私たちを見比べて、ヒルダがむっと頬をふくらませた。


「ずるいっあたしだけ見えないなんて寂しすぎる〜! ティア先生、精霊の絵を描いてあたしにも教えてよ!」


「ええっ? あ、あいにく私には絵心が全くなくて」


「深緑色の丸い毛玉に、目とくちばしが真ん中に寄っている感じだと以前言っていたか……。つまりはこうして、こうか?」


 ヒルダに渡された紙を横から奪い、ローレンツが助け舟を出してくれる。考えをまとめるように白い紙を睨み、一気呵成に羽根ペンを走らせた。


 その出来栄えに私は絶句する。


「全然違いますよ、ローレンツ殿下! コケケたちはもっとずっと可愛いのです! こう描いて、こうですっ」


「……あたしの目には、どっちも等しくバケモノに見えるけど。どっこいどっこいね」


 子どもの落書きのような二枚の絵に、ヒルダが無情に裁定を下した。

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