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17.年上の余裕

「年下だからって何か問題でもある? 二歳ぐらい誤差の範囲内でしょ、女の方が平均寿命は長いんだから」


「いえ、あの決してそういう話ではなく」


 あっけらかんと言い放つヒルダに、私は力なく肩を落とした。


 ローレンツと初めて夕食を共にした翌日である。

 今日も今日とてヒルダの研究室で、二人で一緒に昼休みを過ごしていた。幸いなことに今日はまだ、学院掃除夫のローレンツとは顔を合わせていない。


 食後のお茶を飲みながら、ヒルダがしたり顔で頷いた。


「まあね、もちろんあたしだってティア先生がストーカー王子と付き合うのは反対よ? でも、ちょっと年下だからって恋愛対象外にしちゃうのもよくないと思うわけよ。振るときにはちゃんと、年齢じゃなくてヤツの変態性を理由にすべきじゃない?」


「ですから、違うんですってば。振るとか振らないとか、ローレンツ殿下が変態だとかそういう問題ではなくて! 私が後悔してるのは、知らなかったとはいえ年下相手に散々大人げない振る舞いをしてしまったな、という点なんです」


 改めて言葉にしてみると、さらに気分が落ち込んでいく。


 ローレンツの一方的なアプローチに困り果ててはいたものの、相手はたった一年ちょっと前まで学生だった若者なのだ。まして彼は世間が狭く、他者とほとんど関わりを持っていないと聞く。


 私は唇を噛み、これまでの己の行動を振り返る。


「それなのに、私ってば……。なんて自分本意なひとだろう、なんて勝手に腹を立てて、彼の告白にひどい断り方をしてしまいました。それから後も冷たくしたし、精霊を思いっきり投げつけたし……」


「えっ何それ面白〜い!……じゃなくって、何で自分を責めてんのよティア先生。少し年上だからって、相手を優しく包み込んであげる義務なんかないんだからね? っていうかティア先生だって、まだ二十を少し過ぎただけの未熟な若造でしょーが」


 ヒルダの鋭い指摘に、私ははっと息を呑む。


「確かに……! 反省しなければなりませんね。私はなんて驕り高ぶった発言を」


「誰も反省しろとは言ってない。真面目か」


 ビシッとヒルダにおでこを弾かれた。痛い。


 じんじんするおでこを撫でつつ、私は昨夜のことを思い返す。

 年下だと知ってしまったら、今までみたいに素っ気なく振る舞えなくなってしまった。運ばれてきた料理に目を丸くする彼を、母のような姉のような微笑ましい気持ちで眺めている自分に気がついた。


「私と同じものでいい、っておっしゃるからそうしたんですけど。もの珍しそうにあらゆる角度から料理を眺めて、面白い、って笑ってくれて。どうしてだか私は嬉しくなって、彼をちょっとだけ可愛……いえ何でもないです」


「主体性のない男よねー。自分の食べるものぐらい自分で決めろっつーの」


 ヒルダがケッと柄悪く舌打ちする。


 やはりヒルダはローレンツをひどく嫌っているらしい。

 困りながらヒルダの顔色を窺っていると、気づいたヒルダが「ごめんごめん」とバツが悪そうに手を合わせた。


「別にティア先生に怒ってるわけじゃないから。で、二人で仲良く何を食べたの?」


「カエルの丸焼きです」


「なんて?」


 ヒルダが机に頭を打ちつけた。


 彼女の反応をいぶかしく思いつつ、私は淡々と説明する。


「故郷の名物なんですよ。まさか王都で食べられるとは思っていなかったから、あのお店に行くと三回に一回は注文してしまうんです。甘辛いタレで味付けされていて、鶏肉に似たさっぱりした味わいです」


「なら鶏肉食べればよくない?」


 ヒルダが頭を抱え込む。


 王子とカエルの丸焼き……とヒルダは低いうめき声を上げている。まあ確かに不可思議な光景ではあったと思うが、彼も「美味しい」と喜んでくれたし。


「躊躇する様子もなかったわけ?」


「全然。豪快にかぶりついてましたよ」


「クッ、不覚だけどちょっと見直しちゃったわ……! あのストーカーの愛は本物よ」


 ヒルダが悔しげに顔を歪めた。


「普通のお料理も頼みましたよ? シチューとか、サラダとか。そちらも全て完食されていました」


「今度あたしとも行こ? いやあたしはカエルは食べないけど、食べるティア先生を眺めながらお酒を飲みた……あ。でも寮に入ったら少し遠くなっちゃうか。週末からだっけ?」


 ヒルダの言葉に、私は少しだけ考え込む。

 掃除はローレンツのお陰で完璧に終わったし、家具は部屋に備え付けだった。宿暮らしだった私は、着替えと日用品さえ持っていけば明日からだって住めるだろう。


「いいかもね。もうこうなったらストーカー王子より先に入っちゃいましょ」


 ヒルダもあっさり同意してくれた。


 結局、今夜はいったん宿に戻って荷造りをして、明日早めに出勤して寮に寄る。荷物だけ部屋に置いて普通通り勤務をして、終業後にヒルダに手伝ってもらって片付けをする、ということに決まった。


 少しばかり慌ただしいが、ローレンツより先に動きたいという欲が勝った。

 いつもいつも彼には出し抜かれ、驚かされてばかりいるから。


(それに、たくさん助けてもらってもいるし。たまには私一人で全部こなして、年上の余裕を見せつけないと)


 こっそり決意を新たにして、私は午後の授業へと向かった。

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