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14.学院の掃除夫さん(仮)

 放課後、私はまっすぐ帰らず教師寮に寄ることにする。

 引っ越しは学院が休みになる週末まで待たねばならないが、それまでに掃除などを済ませておきたかったのだ。


 私の後ろからなぜか、誘ってもいないのに掃除夫が当然の顔をしてついてくる。


「ローレンツ殿下。殿下はあくまで学院の掃除夫として就職されたのであって、教師寮のお掃除は業務外に当たるのでは?」


「友人として手伝うだけだ。任せてくれ、今日一日で俺は掃除の極意を学んだ」


「極意とはそのように簡単に学べるものではございません。それはそれとして、学院長に泣きつかれてしまったのですが。どうか殿下を説得して王城に追い返してください、と」


 掃除夫ではなく教師としてなら大歓迎なのですがね、とも言っていた。

 さすが魔術学院を卒業しただけあって、ローレンツは精霊術だけでなく魔術にも精通しているらしい。これは精霊術師としてはかなり珍しいことだ。


 全然似合っていないエプロン姿のローレンツを、私はこっそり振り返る。


(精霊術師でありながら、どうしてわざわざ魔術を……?)


 精霊術と魔術、どちらが優れているとは一概には言えないが、難解で習得が困難なのは間違いなく魔術の方だ。


 精霊を見る目と魔力さえあれば感覚的に扱える精霊術と違い、魔術はきっちりと理論を修めた上で、決められた手順を完璧に守らねば発動しないと聞く。

 ほんの少しの間違いが致命的となり、火を起こそうとしても煙ひとつ立たないのだそうだ。


(精霊術は魔術よりも遥かに簡単で、しかも自由度の高い術式なのに)


 魔術では不可能でも、精霊術ならば楽々と成し遂げられることはいくらでもある。


 たとえば以前、私がヒルダの寝癖頭を整えた時。

 魔術ならば火を燃やすことはできても、温風だけを髪に当てるなんて芸当はできない。魔術とはすなわち殺傷力を持った攻撃であって、生活のちょっとした助けになる類のものではないのだ。


「――そんなに真剣な顔をして、一体何を考えている? 薄紅色の姫君よ」


 気づけば私は完全に立ち止まっていたらしい。

 ローレンツが不思議そうに私を覗き込んでいて、私はその距離の近さに慌てて後ずさった。


「い、いえ別に大したことでは。殿下は勉学がお好きなのかな、となんとなく疑問に思っただけです」


 王立魔術学院の入学試験は厳しく、しかも無事入学できた後も定期試験に合格しなければ進級できない。

 それは貴族や王族すらも例外ではなく、つまりはローレンツも相当な努力を重ねたということだ。


 動揺を隠すため早口でそう告げれば、ローレンツが驚いたように目をみはった。


「あなたが俺に興味を持ってくれるなんて。飛び上がるほどに嬉しい」


「た、単なる雑談です。答えたくなければ、別に答えずとも」


「答える」


 ローレンツは大急ぎで私の言葉をさえぎった。

 けれどそのまましばらく待っても、ローレンツに口を開く様子はない。


「……殿下?」


「ああ、いや……その。正直に答えるとあまりに子供じみていて、恥ずかしい限りなのだが。俺が学院に通った動機は、父――国王陛下に対する反抗心、というか。陛下の思い通り精霊術師になどなってやるものか、という嫌がらせ、というか」


 ローレンツにしては珍しく、しどろもどろになって弁解する。


 嫌がらせ。

 意外だ。このひとも私と同じで、実の親とうまくいっていないのだろうか。


(……なんて、立ち入ったことを聞く間柄でもない、か)


 私はふっとローレンツから目を逸らす。

 教師寮の方へと再び歩き出し、何も気づいていないふりをして頷いた。


「承知しました。ですが、学ぶのがお好きなのも本当でしょう? 学院を首席で卒業されたと、先ほど学院長からも伺って」


「俺に好きなものなどない」


 不意に、ローレンツが硬い声音で否定する。


 思わず足を止めれば、ローレンツははっとするほど真剣な眼差しを私に向けていた。


「正確には、好きなものなどなかった、だな。過去形だ。何ものにも興味を持てず、漫然と生きているだけの日々だった。精霊と【止まり木】だけが、俺の世界を彩り俺を繋ぎ止めてくれていた」


 だが、とローレンツが私の手を取る。


「今は、あなたと出会えた。怒ったあなたも冷たいあなたも、どんなあなたも美しい。あなたの側にいたい。狂おしいほどに強くそう願っている」


「…………」


 強烈な言葉だった。

 私は絶句して、ただローレンツをまじまじと見返した。どうしてこれほどまでに、と昨日と同じ疑問が湧き起こる。


 けれど、もう一度問い掛ける勇気はなかった。

 向けられる情熱に戸惑い、答えを知ることが少しだけ怖くもあったから。


「……で、掃除夫ですか?」


 火傷しそうなほどに熱い手から逃れ、私はわざと素っ気なく尋ねる。ツンと顔を背けたのは、断じて赤くなっているからじゃない。


 ローレンツが小さく笑う気配がした。


「兼、何でも雑用係だ。前に精霊術の授業を手伝うと言ったろう? あなたに会わなかった間、俺の作った教科書を元に一年分の授業計画を立ててみたんだ。丸ごと採用せずとも構わないから、聞くだけでも聞いてくれたら嬉しい」


「……まあ、それぐらいでしたら」


 さして興味なさそうに答えながら、実は私は内心で喜んでいた。

 精霊術の講師など言うまでもなく私が初めてで、私にはこれまで相談相手が一人もいなかった。ヒルダはあくまで魔術が専門であり、授業計画に関する助言は求められない。


 心細い思いを抱えながら手探りで授業を進めていたので、ローレンツの申し出は正直ありがたかった。


「もしや、喜んでくれているのか? あなたの感情を受け取って、精霊が元気に飛び跳ねている」


「……!」


 ローレンツの言う通り、コケケダマが私の頭上でもふもふ膨らみながら踊っていた。私は真っ赤になってコケケダマに手を伸ばす。


「もう、コケケったら……!」


 慌てる私の背後から、ローレンツの朗らかな笑い声が響いた。

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