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13.振り返るとそこには

 怒涛のパーティから一夜明けて、王立学院に出勤した私は学院長から直々に呼び出しを受けた。

 教師寮の部屋が用意できたので、いつでも家移りして構わない、という話だった。昨日のローレンツの予告通りだ。


 喜ばしいような、どこか(しゃく)なような中途半端な気持ちを抱えながら、私は昼休みまで待ってヒルダの研究室へと急ぐ。いつの間にやら、すっかり彼女に頼る癖がついてしまった気がする。


「本当に古い寮だから嫌だったらすぐ宿に戻るようにと、学院長からはくどいぐらいに念押しされました」


「あはは、確かに古いしボロいからねぇ」


 ヒルダは屈託なく笑いながら聞いてくれた。

 いつも通り二人で昼食を取りつつ、私は昨日のパーティでの出来事をかいつまんで話す。もちろん話して問題ない部分だけ、ではあるけれど。


 ヒルダは至極不快そうに眉根を寄せた。


「はああ? 実の娘に再婚ジジイを勧めるって、ティア先生のお父さんってば頭湧いてんの?」


 遠慮会釈のない物言いに、私は噴き出しそうになるのを必死でこらえた。


「私はもう二十一で、貴族だと立派に行き遅れの部類ですから。プライドの高い父は家格が下の相手なんか絶対に選ばないでしょうし、結果としてああなったのかと」


「妥協する部分を間違えてるっつーの」


 ヒルダはイライラと机を指で叩いた。

 ちなみに彼女はとっくに完食してしまっている。まだもたもた食べている私に、お茶を淹れたりナフキンを渡したりと世話を焼いてくれた。


「で、ストーカー王子に助けてもらったわけね。そこは悔しいけどあたし的にも感謝だなぁ。ティア先生の代わりに矢面に立ってくれたわけでしょ?」


「…………」


 そうなのだ。

 彼は身を(てい)して私をかばってくれたのだ。


(それなのに、私ってば……)


 昨日、別れ際にしたローレンツへの仕打ちを思い出す。

 一晩寝て冷静になって、あれはなかったと激しく後悔した。ローレンツは父の策略から私を守り、弟のことまで助けてくれたのに。


 猛省しながら、私はささやくように事の次第をヒルダに打ち明ける。


「……で、勇気を出してローレンツ殿下にお尋ねしてみたんです。わたくしの何がそんなにお気に召したのですか、と」


「うんうん! で、で? ストーカー王子はなんて答えたの!?」


 ヒルダの目が好奇心に輝き、ぐっと身を乗り出した。

 私はしいて感情を消し、事実のみを淡々と告げる。


「顔だそうです」


「さいあく」


 同感。


 二人してうんうんと頷き合った。

 ヒルダの共感が得られてホッとした。怒った私が狭量だったのかな、と実は密かに落ち込んでいたのだ。


「ティア先生はさ、もう少しうまいことストーカー王子を利用してもいいと思うよ? おかしな縁談の虫よけになってもらうも良し、教師寮の一件みたいに王子権限を振りかざしてもらうも良し。惚れた弱みっていうしさ、頼られたらストーカー王子だって張り切って助けてくれるでしょ」


 たださ、とヒルダは一転して低く声を落とす。


「間違ってもストーカー王子を好きにならないよう気をつけてね? あんな情のない男に惚れたら、ティア先生が苦労するの目に見えてるし」


「…………」


 私は驚いてヒルダを見返した。

 ヒルダは至極真剣な表情で、冗談を言っている様子はない。


(情がない……? ローレンツ殿下が?)


 むしろ、ひどく優しいひとだと思うのだけど。

 私のことは別にしても、セオドアのことも迷いなく客室まで運んで助けてくれた。その時点ではセオドアの真実を知らず、彼に反感を持っていたにも関わらず、だ。


「その、私は……ローレンツ殿下は、決して悪いかたではないと」


「ほだされちゃ駄目だってば! あの男はね、ティア先生の前ではいい顔してるだけなんだから。あたしは確かにこの目で見たんだもの。あの王子が、以前――……」


 興奮して身振り手振りで語るヒルダの話に、私は黙って耳を傾ける。

 昼食のパンはまだ残っていたが、食欲はすっかり失せていた。ヒルダの話が信じられなかった。


 私の知るローレンツの姿と、あまりにかけ離れていたから。


「…………」


 ヒルダの研究室から出た私は、一人でぼんやりと廊下を歩く。

 いったん職員室に戻らなければ。教科書を取って次の授業に向かい、その後は一コマ空いているから精霊の森で時間をつぶして――……


「……駄目だ。考えがまとまらない」


 ため息をつき、頬を叩いて気合いを入れ直す。

 キッと顔を引き締めて再び歩き出した。すれ違った掃除夫さんに「ご苦労様です」と会釈する。


「ありがとう。薄紅色の姫君よ」


「…………」


 つんのめるようにして足を止めた。


 動揺して周囲を見回すが、廊下にいるのはどう見ても私と掃除夫さんだけだ。

 エプロン姿の掃除夫さんはゆっくりと振り返ると、手にしていたほうきを壁に立てかけた。頭の三角巾をはらりと外し、輝くような笑みを浮かべる。


「就職してみた」


「どうして!?」


 あまりの衝撃に崩れ落ちてしまう。


 動けなくなった私をよそに、コケケダマが今日も護衛よろしく【止まり木】から飛び出してくる。すかさず掃除夫さん、ではなくローレンツが顔の前にちりとりを構えた。


「ぐぉあッ!?」


「……ローレンツ殿下。物質を持たない精霊に、物理的な防御は無意味かと」


 仰向けに倒れたローレンツの顔面を、コケケダマが得意気に飛んで跳ねて踏みつけている。

 息ができずに苦しむ彼から引き剥がしながら、私は力なく突っ込みを入れた。

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