第三話 命より大切なもの
リリーは遂に夢で見た美しいエルフに出会うことができました。
彼女の名前は「シルヴィア」。
エルフィーナの若いエルフ王です。
シルヴィアもリリーと遊んだことを覚えているようです。
どういう仕組みかは分かりませんがどうやら夢の中の出来事はテラマジカでは現実のことだったみたいです。
二人は少しの間、以前の楽しいひと時を振り返り笑い合いました。
しかし、今は夢のように彼女と遊んでいる場合ではありません。
エルフィーナは現在、マグナ・イグナと戦争状態です。
マグナ・イグナは元々オークが住み、暴力と略奪が支配する、ならず者国家でしたが、統率する者がおらず軍隊としての脅威はありませんでした。
オークは、大柄で知性が低く粗暴で基本的に生産的な行動はせず、暴力と略奪により繫栄した種族です。
力が強く簡単な武器はオーク自身で作り出しますが、近年の発達した兵装からすると、兵力としては低い種族です。
しかし、近年のマグナ・イグナには外から来た一人のダークエルフが王に君臨し、ならず者のオークを従え、隣接するドワーフの国「マスカニア」を占領しました。
人々はそのダークエルフの王は常に仮面をかぶっており素顔を知る者はほとんどいませんが、その風貌から「暗黒王」と呼ばれ、多くの人々に恐れられています。
マスカニアに住んでいたドワーフという種族はモノづくりが得意な種族で、マスカニアは魔法で動く機械「魔動機」の名産国でした。
暗黒王に支配されたマスカニアでは、軍事用の魔動機が生産されており、それによりマグナ・イグナの軍事力は飛躍的に向上しました。
そのマグナ・イグナを脅威に感じたシルヴィアはエルフィーナ軍や周辺友好国を率い、「マスカニア解放戦線」を結成し、マスカニアへ侵攻しました。
しかし、魔導兵器を用いたマグナ・イグナの強大な軍事力に撤退を余儀なくされ、ナイトメアの森まで退くこととなりました。
マスカニアに忍び込ませた間者から得た情報では、マスカニアの元々の王である「製造王アイロンがマグナ・イグナの捕虜となり、マスカニアの魔動機工房で軍事用魔動機製造をさせられているようです。
なぜ、アイロンはそのような民を苦しめることに加担しているかというと、アイロンの家族であるマスカニアの王妃とその子供たちが人質として捕らえられており、言うことを聞くしかない状況に陥っているようです。
そこで、シルヴィアはマスカニアに忍び込み、製造王アイロンとその家族を救出することにしました。
現状では、軍隊同士の正攻法ではアイロンまでたどり着くことはできません。
少数の精鋭でマスカニアに忍び込み、秘密裏に作戦を実行する必要がありました。
シルヴィアはリリーとアレクサーにその状況を説明して作戦への参加を依頼しました。
「エルフィーナ軍は先の戦闘でかなりの兵力を失っています。
今頼りになるのはあなた方のような強力な魔法使いです。
どうかエルフィーナのため、マスカニアのために一緒にマスカニアへ潜入していただけませんか。」
リリーとアレクサーは目と目を合わせお互いの顔色を伺いましたが、二人ともすぐに頷き、シルヴィアとの同行を決めました。
決心したとはいえ、マスカニアには多数のオーク兵が占拠しており、見つからずに侵入することは困難です。
どうやって潜入するものかとシルヴィアは考え込んでしまいました。
困った時はAIに頼ろう。
そう考えたリリーは解決策をAIに聞きました。
するとAIは
「変化魔法「スノーフェイク」を用いてオークに化けて潜入してください。」
と提案しました。
「このマジタブラは何!?こんなことを教えてくれる魔法があるの!?」
この光景を始めてみたシルヴィアが驚きました。
リリーもアレクサーも最早日常の光景なのでこのことで驚くシルヴィアを見て新鮮な気持ちになりました。
マスカニアの付近までは、エルフィーナ軍が保有する最新型の魔動飛空艇で移動し、そこでスノーフェイクを使用してオークへ変化して馬でエルフィーナへ入ることにしました。
リリー、アレクサー、シルヴィアと飛空艇乗組員十数名はエルフィーナ軍の最新飛空艇を使って5日間航行し、ようやくマスカニア付近に到着しました。
目立たない谷底に飛空艇を着陸させ、リリーはAIが教えてくれたスノーフェイクのプロンプトを記入して発動するとリリー、アレクサー、シルヴィアの三人がオークに変化しました。
そして、乗組員を飛空艇に待機させ、3人は馬でマスカニアに向かいました。
マスカニアに入った3人はまず、マスカニアで一番大きな魔動機工房に向かいました。
工房にはたくさん護衛のオークがいましたが誰も3人の正体を疑わなかったので、3人はどんどん工房の奥へと進んでいきました。
工房の中にルミナリスに満ちている部屋があり、そこに一人のドワーフがいました。
それはアイロンでした。
ドワーフは通常大人でも120㎝~150cmという小柄な種族ですが、アイロンは180㎝以上の身長を持つ大柄なドワーフです。
エルフィーナとマスカニアはマグナ・イグナがマスカニアに侵攻する前はたびたび交流しており、シルヴィアとアイロンは旧知の仲でした。ですので、シルヴィアにはそれがアイロンだとすぐにわかりました。
幸い、アイロンのほかには誰もいなかったので3人はアイロンに近づきました。
3人のオークに囲まれたアイロンは驚き、
「なんだ!私をどうするつもりだ!」
と叫び、持っているハンマーを振り回しました。3人のオークは人差し指を口に当て「シィィーッ」とアイロンを黙らせました。
そして、リリーはアイロンに正体を見せるため、スノーフェイクの魔法を解除しました。驚いたアイロンでしたが、シルヴィアの顔を見てアイロンの表情が和らぎました。
「おお!シルヴィアではないか!久しぶりだな。」
「アイロン、助けに来ました。」
「ありがたい。しかし、ワシが逃げると家族の命がない。だからワシは逃げることができぬのだ。」
「わかっています。ですので、今からご家族も助けに行きます。今は時間がありません。私たちに従ってください。」
そして、リリーはアレクサーにスノーフェイクをかけ、アレクサーの容姿はアイロンそっくりになりました。
アイロンの家族を救出する間、アレクサーがアイロンに化けてアイロンの不在をごまかすことにしたのです。
再び、スノーフェイクで、リリー、シルヴィア、アイロンはオークに化け、アイロンの家族が捕らえられているマスカニア城に向かいました。
工房を出て、城へ向かう間にアイロンから恐ろしいことを聞きました。
「今ワシらが作らされている魔動機はただの軍事用魔動機ではない。
「ニュークレア」を発動するための魔動機を作らされているのだ。」
ニュークレア、それは神話時代の世界の国同士が互いの国を滅ぼすために用いた最終魔法。
各国が次々に発動し、世界中の大地は焼け野原となり、その後数百年に渡り世界が死の国となったという伝説の魔法です。
ニュークレアはおとぎ話のものだと思われていましたが、暗黒王はその製造方法が記録されたマジタブラを持っており、今、マスカニアで着々と開発されているのです。
事態はより深刻になっている。シルヴィアはそう認識しました。
しかし、アイロンはそれに対抗し得る少しの希望も見つけていました。
ニュークレアの製造方法が記されたマジタブラには、その停止方法も記されていました。
魔法の四元素「火」、「水」、「土」、「風」それぞれを支配する四大精霊に出会い、その強大な四元素の力を使うことでニュークレアに唯一対抗できるニュークレア無効化魔法「ニュートリノ」を発動することができると記されていました。
「ワシが不在になれば、ニュークレアの開発の速度は遅くなる。
しかし、製造方法を示すマジタブラがある限り、やつらはワシ以外のマスカニアの優秀な技師を使ってニュークレアの開発を続けるだろう。
そして、いずれはニュークレアが発動してしまうのだ。」
シルヴィアはその内容を理解して頷きました。アイロンはさらに続けます。
「ニュークレアを止める唯一の方法は、ワシがマスカニアから脱出し、奴らがニュークレアを発動するより前に四大精霊に出会い、その力を借りてニュートリノを発動できるようにすることだ。」
シルヴィアも改めてニュークレア発動を止める方法を考えましたが、他に方法は思いつきませんでした。
そして、リリーもAIに尋ねましたがAIも代替案は示しませんでした。
「それが分かっておりながら、ワシはここを脱出せずにニュークレアの開発をしていたのだ。
家族の命とこのテラマジカを天秤にかけ、家族の命を選んだのだ。
一国の王であるこのワシがだ。」
アイロンは目を瞑り、苦しそうな表情で自身を責めました。
それを見てシルヴィアは言いました。
「誰もあなたを責めることなんてできません。
誰しも世界よりも重い物を背負っているものです。
その背負っている物を軽くするために私たちはやってきたのです。
結果、あなたは世界を守る選択ができるのですからそれでいいではないですか。」
苦しそうな顔をしていたアイロンでしたが、シルヴィアの言葉を聞き、少し表情が緩みました。
「そうだな・・・今はお主たちがくれたチャンスを生かしてこの世界を守るために全力を注ごう。」
決意を固くしたアイロンを見て、リリーもアレクサーもそれに同意しました。
マスカニア城についた3人はまたもやオークたちから疑われることなく、城の奥へ進むことができました。
ここ、マスカニア城はアイロン自らの城であるため、アイロンは行き先も完璧に把握しています。
そして、家族が捕らえられている王妃の部屋まで一直線に向かいました。
しかし、王妃の部屋の手前で、急にスノーフェイクが解け元の姿に戻ってしまいました。
リリーのスマートフォンの画面ロックが外れており、先ほど使ったスノーフェイク解除の履歴が暴発してしまったのです。
いきなりたくさんのオークの前で元の姿に戻ってしまった3人にオークたちはすぐに襲い掛かってきました。
魔法を使う暇がない!
そう思ったリリーはもうどうすることもできないと思い塞ぎ込んでしまいました。
しかし、目を開けると気が付けば全てのオークが横たわっていました。
アレクサー、アイロンもそれぞれオークを倒してはいましたが、シルヴィアのレイピアにより瞬く間にその他の多くのオークを捉え、亡き者としていました。
リリーはシルヴィアの強さに関心すると共に改めて気を引き締め、いつでも魔法が発動できるように心構えることにしました。
いよいよ、王妃の部屋の手前まで来た3人は王妃の部屋に入りました。
すると、そこには1体のオークと3つの王冠が並んでいました。
オークはカタコトの言葉でアイロンにこう言いました。
「ワタスはタブマンと言います。
ワタスはあなたさまのご家族が捕まっている間の身の回りのお世話をさせていただいておりました。
あなたさまのご家族はとても優しく、このような卑しいワタスにも温かく接してくれました。
そして、とても国想いの方々でした。
あなたさまがここを出て世界を救うこと、それが民のためだと信じていました。
だからその邪魔とならないよう自ら毒を飲みお亡くなりになられたのです。」
突然のことにアイロンはもちろんのこと、リリー、シルヴィアも茫然としています。
「ワタスはすぐにでもあなたさまのところへ行ってこのことを伝えたかったのですが、ご家族が亡くなったことを口止めされていて、そちらに行けませんでした。
ですので、あなたさまがいつかここへ来ることを夢見て毎日ここに通っていました。」
アイロンは事態を理解し、3つの王冠の前にふらふらと近づきました。
そして王冠を胸に抱き、妻と2人の子の名前を叫び、泣き叫びました。突然の家族の死を受け入れられずにいます。タブマンは再び口を開きました。
「ワタスはご家族からの伝言を伝えるためにここに通いました。
『家族は皆、あなたを愛していた。どうか自分の信じる道を進んで民をお救いください。
今までありがとう、幸せな人生でした』
とのことでした」
それを聞いたアイロンはしばらく泣き続けましたが涙を拭い、王冠に向かい言いました。
「ありがとう。
お前たちの想いがワシの背中を押してくれるのだ。
お前たちの想いのため、民のため、ここを抜け出して必ず、必ずニュークレアを止めてみせる!」
そう決心し、3つの王冠を手に持ち立ち上がりました。
立ち上がったアイロンは、城から脱出するため、地下排水路を目指しました。
しかし、排水路を抜けるには大広間を抜ける必要があり、たくさんのオークに警備されています。
先ほど見つかったこともあり、城内のオークは皆アイロンを探しているようでした。
見つからずに通り抜けることは絶望的です。
「ワタスが命に変えてもあなたさまをここから出します!」
タブマンはそう言うと、敵に向かって走っていき、槍を奪って次々と警備をしているオークをなぎ倒しました。
周囲のオークを倒し、調子のよかったタブマンでしたが、次第にタブマンにオークが群がります。
「早く!排水路からお逃げください!」
叫ぶタブマンに応えて皆は排水路への入口へ逃げる中、リリーはタブマンを放っておけませんでした。
強力な風魔法を使って群がるオークを吹き飛ばし、タブマンを救出し、いっしょに排水路の入口へ逃げ込みました。
「ワタスのような者にまで構う必要はなのですよ。」
タブマンは走りながらそう答えましたが、リリーは強く首を振りました。
「あなたは私たちの仲間でしょ?目の前の仲間も救えなくてどうして世界が救えるの?」
タブマンの知性はそれほど高くはないので論理的な意味は理解しませんでしたが、感情的にその内容を受け止め、リリーが自身を大切に考えてくれていることに喜び、笑顔になりました。
その笑顔は決して美しいものではありませんでしたが、リリーはその笑顔を見て心が安らぎました。
工房に戻ったリリーはアレクサーにかけたスノーフェイクを解除し、5人で工房内の飛空艇格納庫に向かいました。
そこにはエルフィーナの最新飛空艇よりもさらに最先端の風貌をした魔動飛空艇がありました。
その風貌は従来の飛空艇というよりはSF映画に出てくるロケットや宇宙船のようでした。
「これはワシが自ら心血を注いで開発した次世代型の魔動飛空艇、『テスラン』だ!」
アイロンは発進の準備をしながらテスランの説明をしました。
今までの飛空艇はルミナリスを火と水を掛け合わせた蒸気魔法で蒸気に変えて蒸気の原動力とするレシプロエンジンという機関で推進していました。つまりプロペラを回して進んでいたのです。
しかし、テスランにはプロペラはなく、ルミナリスを直接原動力として重力魔法で浮力を得て推進する機関で推進するためルミナリス効力が良く、長距離移動が可能となりました。
この重力エンジンはアイロンが開発したもので、飛空艇にイノベーションを起こすものでした。
そして、アイロンが起動ボタンを押し、テスランは起動し、瞬く間に加速して飛び立ちました。この最新鋭の飛空艇の航行能力で敵に追われることなく、リリー達は無事マスカニア国内を脱出しました。
アイロンは命より大切な家族を失いました。
しかし、その命が生み出すであろう自由と平和を信じて新たな一歩を進みました。
タブマンはそんなアイロンの家族に感化され、自らの命を投げうってもアイロンを助けようとしました。
リリーは人には時として命よりも大切なものがあるということを学びました。
そしてリリーはそんな大切なものを守っていきたいと思いました。
読んでいただきありがとうございます!
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