第二話 夢の中の夢
ここは夢の世界。
数メートル先も見えない漆黒の夜、教会の扉の前に籠に入った赤ん坊が置き去りにされています。
静寂の中、赤ん坊は永遠に泣き続けます。
それは赤ん坊にはこの世界がすべて闇に見えているからです。
そして、教会の中。
5歳くらいの女の子が神父さんに叱られています。
神父さんは宗教にとても厳格な人なので、ルールに従わない子供にとても厳しく当たりました。
女の子はいつもそれに怯えて生きています。
女の子はいつも悲しい顔をしています。
それは女の子にはこの世界がすべて闇に見えているからです。
そして、小学校。
休み時間、みんなが楽しく遊んでいる中、女の子は誰とも遊ばずいつも一人でいました。
女の子は人からの愛情を感じずに育ちました。
それが故に他人とどう接すればよいかが分かりません。
それどころか他人と接する意味も見出せません。
たくさんの人に囲まれていましたが女の子にはいつも孤独を感じていました。
それは女の子にはこの世界がすべて闇に見えているからです。
また、女の子は一人の時間はひたすら絵を描いています。
そこでは女の子は美しい森の中、いろんな動物や小鳥たち、そして美しいエルフと遊んでいます。
これは女の子の夢の世界を現しています。
たくさんの闇を感じていたこの女の子にはこの夢の世界に唯一の光であるように見えています。
なので、女の子はどうしても美しいエルフに会いたいのです。
リリーはベッドで目が覚めました。
そこには美しいエルフはいません。
しかし、周囲を見渡しここはいつもの世界ではなく、テラマジカであることを確認しました。
今、リリーにはこの世界は光であるように見えています。
この世界にはあの美しいエルフがいることを感じるからです。
しかし、こんなにも美しいエルフを探し求めているリリーでしたが、それはかつて見た夢の中の出来事であり、美しいエルフをぼんやり覚えているだけで名前も分からないので探しようがありません。
困り果てたリリーはシリーに相談しました。
シリーはエルフィーナのエルフ王に会えば何かわかるかもしれないと言いました。
シリーにも確信がある訳ではありませんでしたが少しでも希望があるのであればと思い、リリーはエルフ王に会うことにしました。
エルフィーナはマグナ・イグナという国と戦争をしておりエルフ王はマグナ・イグナの近くに陣を取っていました。
しかし、最近ではマグナ・イグナの勢いが強くなっていてエルフ王が陣取った陣地はマグナ・イグナ軍に陥落され、エルフ王の軍勢は付近のナイトメアの森に逃げ込んでいます。
ナイトメアの森は別名「悪夢の森」。
入り込むと自分の心の中の闇に取り込まれてしまうことになると言い伝えでは言われています。
そのおかげでマグナ・イグナ軍はナイトメアの森の中までは追ってこられません。
なので、エルフ王の軍勢はナイトメアの森に身を潜めています。
美しいエルフの情報が得られる可能性があるのであればとリリーはエルフ王のいるナイトメアの森へ行くことにしました。
しかし、ナイトメアの森はフレイム・グラウンドからはかなりの距離があります。
テラマジカには魔法で動く車や飛行機もありますが、通常の物ではルミナリスの消費量が大きく長距離を航行できません。
また、大規模なものは軍の管理となっており一般人では使用できません。
たくましいテラマジカの人々は上半身がワシ、下半身が馬である「ヒポグリフ」という生き物に乗って遠くへ飛んでいきます。
リリーもヒポグリフに乗ってナイトメアの森を目指すことにしました。
シリーに教わってリリーはヒポグリフに乗ってみます。
しかし、ヒポグリフは荒っぽくなかなかうまく乗ることができません。
しかし、リリーは美しいエルフに会うためにヒポグリフに乗る練習を頑張りました。
幾日も幾日も、朝早くから日が暮れるまで、リリーはたくさんヒポグリフに乗る練習をしましたが一向に飛べるようにはなりません。
リリーは困ったのでAIにどうすればヒポグリフに乗れるかを尋ねました。
すると、AIは
「リリーにはヒポグリフに乗ることができません。」
と回答しました。
こんなにも練習したのに、ヒポグリフに乗れないなんて!
これではナイトメアの森に行くこともできない!
その現実にショックを受け、目に涙を浮かべるリリーでした。
しかし、AIはすぐに別の回答をしました。
「インスタンス ガーディアンという魔法を使えばガーディアンを生成でき、ガーディアンに乗ることによりナイトメアの森へ行くことができます。」
その回答を聞き、さっきまで涙目だったリリーの表情が一気に明るくなりました。
回答と同時に記述されたプロンプトが現われました。
急いでそれをスマホに入力し、実行すると羽が生えた真っ白な馬が現われました。
それはおとぎ話によく出てくるペガサスそのものでした。その美しい芦毛のペガサスを見てリリーは夢の中で美しいエルフと一緒にペガサスに乗って散策したことを思い出しました。
リリーはどうやら夢の中でもガーディアンを呼び出していたようです。
一刻も早く美しいエルフに会いたいリリーはペガサスに乗り一人でナイトメアの森まで駆け飛びました。
純白のペガサスは風のような速さでナイトメアの森に向かい、途中、町や泉、洞窟などで休憩をしながら7日間、ナイトメアの森への旅をしました。
旅先での宿の確保や必要なことはすべてAIに聞き、必要な資金に関してもAIがマイニングという魔法で1日1枚の金貨を生み出してくれたので十分に賄うことができました。
幼い子どもだけの旅であることもあり、少なからずの人がリリーに話しかけてくれましたが、人と話すことが苦手なリリーは必要最小限の会話をすると、逃げるように人から離れました。
そんなリリーでしたが、以外にも一人旅には慣れていました。
リリーは教会での暮らしが嫌になりよく家出をして野宿をしたりしていました。もっとも、数日で神父に見つかりそのたびに罰を受けていましたが・・・
また、リリーの魔法力と思考力は徳逸しており、モンスターに襲われても旅路で困ることはありませんでした。
さらにはマイニングにより、1日1枚の金貨を掘ることができるため旅行資金にも困ることはありませんでした。
ナイトメアの森の入口に到着したリリーはペガサスに「ありがとう」とつぶやき首を撫でました。
長旅を終えたペガサスは役目を終え、スッと消えていきました。
ナイトメアの森。
「悪夢の森」と呼ばれているだけありその見た目は他の森林に比べ、明らかに暗く、黒い森でした。
不気味なほど静かな中、かすかにうめき声のような低い声が聞こえてくる気がします。
リリーは今まで感じたことのない不気味さを感じていました。
ナイトメアの森に入った明かりを灯す魔法を使い、周囲を照らして進みました。
途中、比較的小さめなモンスターと多数遭遇しましたが、魔法によりそれを簡単に退けました。
トライアルを通じて、リリーは人並み以上の魔法使いになっていました。
森に入り1時間ほど奥に進むと、遠くに黒い馬がいました。暗い森の中でも一際目立つほどの漆黒の馬です。
その馬を見たリリーは背筋に冷たいものを感じました。言葉にはできないゾクっとした感覚がリリーを包みます。その馬はゆっくりとリリーに近づいてきました。リリーがその馬を見ていると辺りがみるみるうちに闇に包まれていきました。
その黒い馬「ナイトメア」はこの森の主で近づく者に悪夢を見せる魔力を持っています。しばらくすると、リリーの周囲は完全に闇に包まれ、孤独が押し寄せてきました。
気が付くとリリー小学校の教室にいました。
クラスメイトが楽しく遊ぶ中、誰とも話ができないリリーは深い孤独を感じています。
その後、さらに暗くなると、リリーは教会の前にいました。
雨の中、リリーは扉の前に置き去りにされ、泣き続けています。
リリーは赤ん坊の頃の記憶はすでにありませんが、それでも当時、教会の前に置き去りにされたことを、心のどこかから引き出してしまいました。
降り続く雨、低下する体温、削れていく命、リリーは大声で泣き叫びました。
しかし、叫んでも、叫んでも闇はますます深まるばかり。
ナイトメアはこうして人々の心を闇で埋め尽くし、真っ黒になった精神を食べてしまいます。
食べられた人は抜け殻のようになり、生きる希望を失い弱っていきます。
そして、そのまま動かなくなり、森の至る所に転がっている白骨と同じ運命をたどるのです。
リリーは幼いながらも今まで孤独に包まれて生きてきました。
しかし、今感じている孤独はその比ではありません。
この世のすべてが自分の敵で自分の居場所がこの世にはない。
そのような感覚がリリーを包みます。
本当の孤独の中でリリーの目からは自然に涙がこぼれ、口からは自然に叫び声が溢れ出ました。
「助けて!助けて!!」
孤独と恐怖が漏れ、叫ぶリリーの声が漆黒の暗闇の中でこだまします。
しかし、誰も答えてくれません。
孤独と絶望の中、リリーは藁をも掴む思いで希望を探し求めました。
リリーはとっさに今までの人生を振り返ってみました。
リリーは今まで人の優しさに触れることがなかったので、人に頼ることを知りませんでした。
しかし、本当の闇に囲まれた中、本当の孤独の中でリリーは気が付きました。
周りのクラスメイトの中には声をかけてくれた子もいました。しかし、そのたびに嫌われることを恐れ、仲良くなることを避けていました。
教会では神父さんに厳しく育てられましたが厳しいのは宗教のためでもありましたが、リリーのためでもありました。
リリーが一度高熱を出し、倒れた時、寝ずに看病してくれたのは神父さんでした。
リリーは意識がなかったので気づきませんでしたが、今その時の情景が浮かんできました。
本当の暗闇の中ではかすかな幸せも眩い光に見えます。
今まで孤独だと思っていた自分は実は孤独ではなかった。
それに気づいたリリーの心は恐怖から祈りに変わりました。
「助けて!助けて!!」
先程と叫ぶ言葉は変わっていませんが、それは恐怖や孤独ではなく、この世界の人々と共に生きたいという祈りの叫びに変わっていました。
すると、あたりの闇が消え、代わりにアレクサーが現われました。
アレクサーはリリーを心配して後を追ってきていたのです。
リリーはアレクサーに助けを求めるとアレクサーの氷魔法により、ナイトメアは氷漬けになっていました。
闇から逃れたリリーはアレクサーにしがみつき泣き続けました。アレクサーは幼くか弱いリリーを抱きしめて言いました。
「頼ってくれてありがとう。これからも人に助けを求めて人と協力していくんだよ。君は一人じゃないんだから。君が呼んでくれたら僕はいつでも力になるよ。」
リリーは泣きじゃくりながら「ありがとう」と言いました。
リリーはアレクサーに初めてまともに話しかけました。
本当の孤独の中で、リリーは今まで生きてきた中でたくさんの人に助けられていたこと、一人で生きていたのではなかったことを学びました。
それから人が変わったようにリリーは自分のことやテラマジカに対する疑問など、たくさんのことをアレクサーに話しかけました。
アレクサーもリリーが話してくれて嬉しそうです。話ながら歩いているうちに気がつけば暗かった森には光が差し込んでいます。
森を抜けると、エルフィーナ軍のものと思われるバラックがありました。
バラックは木でできた一般の住宅程度の大きさのものでそれほど大きくありませんでしたが、木の割には頑丈に作られていました。
アレクサーが門番にシリーからの知り合いだと伝え、フレイム・グラウンドの紋章が入ったペンダントを見せると、門番はリリーたちをバラックの中へ案内してくれました。
バラックに入ったリリーを迎えたのは家臣たちと玉座に座る王でした。
しかし、よく見るとエルフ王は女性でした。
しかも、その姿はあの夢で見た美しいエルフでした。
そのエルフ王はリリーに向かってこう言いました。
「お久しぶりね、リリー」
リリーはようやく美しいエルフに会うことができました。
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